揃わない二つ――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」20話レビュー&感想

© 創通・サンライズMBS
どん底の「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。20話では学園の争いに決着がつく。今回は「逃げれば一つ、進めば二つ」の重さを教えてくれる話だ。
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第20話「望みの果て」

サリウス拉致の首謀者がシャディクであることを知ったグエル。
父ヴィムを謀ったことへの怒りに燃えるグエルは、証拠を押さえるため学園へ急ぎ戻る。
一方、シャディクはサリウスの移送を進めつつ、グエルを迎え撃つ準備を整えていた。

公式サイトあらすじより)

 

1.グエルとシャディク

© 創通・サンライズMBS
グエル「急いでくれ! 奴を、シャディクを捕える!」

 

© 創通・サンライズMBS
シャディク「気取られる前に確保しろと言われなかったのか? お前がそんなだからミオリネは……!」
 
シャディクの陰謀の発覚と共に戦闘が勃発、学園が破壊される「機動戦士ガンダム 水星の魔女」20話だが、序盤で強調される要素として挙げられるのはグエルの直情径行ぶりだろう。苦労を経て視野こそ広がったものの、根が真っ直ぐな彼はまだ腹芸ができるような人間ではない。シャディクに乗せられ先に攻撃を仕掛けてしまう有様は、同行していた特殊部隊ドミニコス隊司令ケナンジが呆れるのも無理もない浅はかさだ。シャディクはそんなグエルを罵るが、彼は彼で知恵は縦横無尽に働くもののかつて恋したミオリネに一歩踏み出せなかったように肝心な部分の勇気がない。二人はどちらも一人でやっていけるような人間ではなかった。
 

© 創通・サンライズMBS
グエル「テロに加担した逆賊が何を!」
シャディク「その俺を生んだのは誰だ! 戦争シェアリングで全てを奪い、他者を蹴落とす生き方を強いてきたのはお前たちだ!」

 

もしグエルにシャディクのような周到さがあれば。もしシャディクにグエルのような真っ直ぐさがあれば。あるいは二人が手を取り合えていたら、彼らの背景にあるスペーシアンとアーシアンの対立の解決にも寄与できていたかもしれない。しかし現実には二人はMSに乗って争い、周到さと真っ直ぐさが並び立つことはなかった。"二つ"は揃わなかったのだ。
 
 

2.思わぬ二つ

© 創通・サンライズMBS
ペトラ「何してんのあんた、死にたいの!?」
スレッタ「ご、ごめんなさい!」

 

揃えば完璧にも究極にも思える"二つ"は簡単には揃わない。しかし一方で人は、欠けたもう一つを別の人との関わりで埋められる場合がある。今回で言えば、主人公スレッタと行動を共にする少女、ペトラ・イッタがそれだ。
 

© 創通・サンライズMBS
ペトラ「ほんと最悪、ラウダ先輩がデートすっぽかすからこんな目に……そうだよね!?」
 
アスティカシア高等専門学園御三家の一つジェターク寮の生徒である彼女は、これまではどちらかといえばグエルを敗北させたスレッタに敵意を向けてきた人間だった。しかし前回の事件で家族とも言えるMSエアリアルの真意を理解するもまだ立ち直りきれていないスレッタに対し、今回の彼女はむしろ非常に親切に振る舞っている。悪態こそつくもののスレッタが聞き逃した授業の箇所を教えてやり、逃げ遅れていれば手を引いてやる……この行動に、かつてスレッタの花嫁だったミオリネの1話での振る舞いを連想するのはおそらく誤りではない。スレッタの幸せを願って離れたためミオリネは今彼女の側にいないが、今回はペトラがその代役を果たしてくれたのだ。ペトラはペトラで恋人のラウダにデートをすっぽかされたのに立腹してこんな行動に出たのであり、今回スレッタとペトラは欠けたもう一つを互いに別の人間によって補ったと言える。
 

© 創通・サンライズMBS

© 創通・サンライズMBS
エラン「スケッチにあった風景画、あれが君だろ? 不安で、死ぬことに怯えて、殴り描くことでしか逃げられなくて!」
 
「比翼の鳥」の伝説もあるように、人は誰かと揃って"二つ"になることで飛躍できる。そして多くの場合、もう一つの翼は思わぬ人間が持っているものだ。シャディクは状況を撹乱すべく学園内に軟禁していたテロ組織『フォルドの夜明け』の少女ノレア・デュノクを解放しガンダム・ルブリス・ソーンとその遠隔操作MSガンヴォルヴァで暴れさせるが、ノレアを止めたのは彼女と共に拘束され、さんざん悪罵されてきたエラン・ケレス(強化人士5号)であった。ノレアは相棒の少女ソフィ・プロネを失って以来精神的に不安定だったが、誰もソフィと同じにはなれないことを認めた上でエランが自分のもう一つの翼になろうとしてくれたことに安堵したのだ。
 

© 創通・サンライズMBS

© 創通・サンライズMBS
セセリア「いるじゃん、うってつけのやつ」
ニカ「皆……」

 

またガンヴォルヴァの攻撃で学園内の生徒はほとんど死を待つばかりとなっていたが、人手の不足は思わぬ組み合わせを生みも蘇らせもした。スレッタと同じ地球寮の少女チュチュは自分の機体(デミトレーナー)を失い迎撃もできない状態にあったが、ブリオン寮のセセリアから新型MSデミバーディングの提供を受けたのは逆にブリオン寮にはパイロットがいなかったためだ。またチュチュに合わせた機体のセッティングはテロリストの協力者でもあったニカ・ナナウラにしかできなかったため、ノレア達と同時に軟禁から逃れて戻ってきたニカはチュチュ達と和解の機会を得ることとなった。
 

© 創通・サンライズMBS
チュチュ「おいスペーシアン」
フェルシー「お、お前ポンポン頭!?」
チュチュ「手伝え、こいつらぶっ潰すぞ」
フェルシー「あ……アーシアンが仕切んじゃねえ!」

 

「逃げれば一つ、進めば二つ」……スレッタが母から教わった本作のキーワードが示すように、人が進む時には二つがありそれは失われても補われたり蘇ることがある。ラウダもペトラもいない状況で孤軍奮闘していたジェターク寮パイロット・フェルシーがチュチュの救援で元気を取り戻す姿からも言えるが、それはとても幸福なことだ。しかしだからといって全てが丸く収まるほど本作は、いや世の中というのは優しくはない。
 
 

3.揃わない二つ

人は時に、進むための"二つ"を他者から補ったり他者と取り戻したりすることができる。手を取り合うことができる。けれどそれだけで済むなら世の中から悲しみはもっと簡単に取り除けているだろう。現実も本作も、そうはならない。
 

© 創通・サンライズMBS
グエル「俺はお前を許さない。だが、死ぬことも認めん」
 
グエルとシャディクの対決は、シャディクのミカエリスに乗機ダリルバルデを真っ二つにされるも逆にその四肢を奪ったグエルの勝利に終わった。スペーシアンによるアーシアンへの搾取構造やそれに安住していたことへのシャディクの指弾を受け入れ、父ヴィムを殺すきっかけを作ったことを許さないと言いつつもシャディクの死も認めないグエルの態度は堂々としたものだ。彼はシャディクという自分へのアンチテーゼを止揚したのであり、その立場が主人公であれば物語はフィナーレを迎えていただろう。しかし実際にはシャディクの敗北はグエル達の巨大企業ベネリットグループと宇宙議会連合の本格的な衝突を誘発するものであり、事態も問題も全く解決などしていなかった。弁証法が終わらない繰り返しであるように、"二つ"が揃えばそれはもう別の何かの不足した一つになってしまうものなのである。
 

© 創通・サンライズMBS

© 創通・サンライズMBS
 
またノレアはエランの説得にようやく心を開いたが、次の瞬間エランが目にしたのはドミニコス隊のMSベギルペンデに狙撃され蒸発するルブリス・ソーンのコックピットであった。ノレアが操作を止めていたガンヴォルヴァは彼女の死にショックを受けたエランの搭乗していたガンダム・ルブリス・ウルによって再び起動、逃亡の時間稼ぎをするが、これなどはノレアという主や彼女の怒りをエランが補ってしまった例と言えるだろう。
二つが揃うことそのものすら、時には新たな絶望のきっかけになり得る。スレッタにしても、学園への攻撃から生き延びた彼女が目にしたのは血まみれになったペトラの姿であった。
 
 

© 創通・サンライズMBS
シャディクの敗北とノレアの死。とにもかくにも学園での戦闘は終了し、スレッタと再会した地球寮の仲間達は彼女の無事に安堵する。しかしスレッタが見せたのは笑顔ではなく、まだ瓦礫の下に取り残されている人を見つける手助けをしてほしいという願いだった。
今回の戦闘はオープンキャンパスの時以上に被害が大きく、多数の生徒が死亡したことが描写されている。MSで瓦礫をどかすチュチュが見ているように、スレッタ達も多くの遺体を目にすることだろう。生存者を見つけられたとして、おそらくそれが亡骸の数より多いことはない。いや、そもそも数で差し引きできるような話ではあるまい。それでもこのままでは、瓦礫の下にいる人達に待つのは死だけだ。死という一つだけだ。助けようとしなければ生と死の"二つ"を得ることはできない。
 

© 創通・サンライズMBS
スレッタ「すみません、手伝ってもらってもいいですか」
ニカ「え?」
スレッタ「中に取り残された人がいます。きっと、まだたくさん。でも、まだ助かる人いるかもしれませんから」

 

「逃げれば一つ、進めば二つ」。意地悪な見方をすれば、この言葉には功利主義的な響きもある。しかし本作はこの"二つ"が喜ばしいことばかりではないと何度も描いてきた。そして更にしかし、祝福や希望、理解といったものは、呪いや絶望、誤解と"二つ"のセットを得た先にしかない。前者だけを誰かから奪うことはできない。そう考えた時、この言葉から見えてくるのはむしろ願いだ。せめて二つを得させてほしいという、切なる願いだ。
たった一つの欲しいもののためにこそ、私達は二つを得なければならない。進むという行為は、揃わない"二つ"を手にするためにあるのだ。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の20話レビューでした。
 

© 創通・サンライズMBS

© 創通・サンライズMBS
14話のソフィの死が自分で考えていたより悲しくて、ノレアには彼女の分も幸せになってほしいと願っていました。望んでいた形とは違うけれど、それは今回叶ったのではないかと思います。彼女は笑顔で、たぶん自分が死んだことすら気付かないまま逝った。5号エランの本当の名前を教えてほしいと言った時の彼女は間違いなく幸せな気持ちだったはずで。それだけで、私は悲しさ"一つ"にならないで済む。彼女の死は"二つ"だったと信じられる。
 

© 創通・サンライズMBS
あとチュチュはデミトレの時みたいにライフルで敵を殴ろうとするのやめてください。
 
ぐいぐい進んで、突き落として。でもやっぱり進んでいる。そんな話だったと思います。さて、更に変転する事態はどこに向かうのでしょう。

 

<いいねやコメント等、反応いただけるととても嬉しいです>