新境地へ踏み出す「バーディーウィング」。2期初回となる14話では静岡・香蘭女子とのダブルス対決が描かれる。物語の鍵を握るのは香蘭の飯島薫子――いや、彼女の特技「イン・ザ・ゾーン」だ。
BIRDIE WING -Golf Girls' Story- 第14話「少女の記憶の中に眠っている確かな真実」
イヴと葵は「ダブルス選手権」準決勝へと勝ち進む。相手は静岡・香蘭女子の飯島&伊勢芝ペア。イヴたちの試合をみていた姫川は、勝敗の行方を左右するのは飯島になるだろうと分析する。その飯島は、並々ならぬ決意で試合に臨んでいた。中学時代、亜室の教え子だったが、特技である「イン・ザ・ゾーン」の方針を巡って決裂した過去があった。自分のゴルフが正しかったことを亜室に証明するため、勝利を誓う飯島。しかしその特技を使えるのは、彼女だけではなかった。
(公式サイトあらすじより)
1.「イン・ザ・ゾーン」という生き様
昨春放送されるやその破天荒な展開や強烈なキャラクター性でダークホースとなったゴルフアニメ「バーディーウィング」。魅力の一つに主人公のイヴの「直撃のブルーバレット」を始めとした必殺技の存在があるが、このダブルス選手権でイヴと相棒の葵が挑む相手、香蘭の飯島薫子もそうした必殺技を持っている。「イン・ザ・ゾーン」……その名の通り「ゾーン」状態を狙って作り出す驚くべき技だ。
薫子「イン・ザ・ゾーン……」
ゾーンとは、高速で動いているはずのボールが止まって見えたりするような極限的集中状態を指す。このある種の奇跡的体験も近年は研究が進んでおり、緊張とリラックスのバランスや個々人の条件付けなどが鍵であることが分かってきた。薫子の場合は五感の一部を意図的に制限してゾーンを起こしているとされてきたが、今回の話ではそれだけではなかったことが暗に示されている。
亜室「ゾーンが切れた時、君のゴルフは破綻する」
薫子にはかつて、イヴと葵が所属する雷凰の亜室コーチに教えを受けていたが「イン・ザ・ゾーン」を巡って対立した過去があった。反動でショットの正確性が著しく低下する欠点から亜室はゾーンを使わないよう提案したが、薫子はゾーンなしでは自分は凡庸なゴルファーになってしまうからとそれを拒否したのだ。その後彼女は香蘭の伊達監督の指導でいっそうゾーンに磨きをかけ、今回の試合では雷凰を打ち破って亜室にゾーンを認めさせることがモチベーションともなっていた。
今の薫子は、ゴルファーとしても教え子としても「イン・ザ・ゾーン」が全ての存在になっている。ダブルスでペアを組む伊勢芝九葉にしても優秀ではあるもののあくまで後輩であって、相棒として並び立つ実力は備えておらず薫子頼りが否めない。五感を制限するように他のあり方を制限している薫子は生き様自体が「イン・ザ・ゾーン」的であり、だからこそこの技は彼女の代名詞なのである。
伊達「どうした集中切れか? まだたったの30回じゃねえか。ゾーンで100回打てるようにしろ、亜室を見返したいならな!」
消耗の激しいゾーン状態を意図的に、しかも何度もできるようになるまで自分を磨き上げた薫子の努力は称賛に値するものだ。だがゾーン状態そのものは現実にも存在するように、これは彼女の代名詞であっても専有物ではない。彼女はこの試合でそれを悲喜こもごもに味わうこととなる。
2.秀才のたどり着くゾーン
ゾーンは薫子の代名詞であっても専有物ではない。それを証明する1人目は彼女のもっとも側にいる人物、伊勢芝九葉である。
九葉「薫子先輩!」薫子「勝つわよ九葉!」九葉「はい!」
先程触れたように九葉は優秀なゴルファーである。カップに向けて理想のラインをなぞる「サーチ・ザ・ライン」の特技を持ち、薫子と共に全国大会常連の実力を持つ選手。だが薫子と同格かと言えばそこには至っておらず、初登場の10話ではイヴとの勝負で彼女はほとんど潰されかけたところを薫子に救われている。秀才ではあっても天才ではない。
このダブルスの試合でもイヴの挑発に反応して窘められたり、カップから遠い位置に打ってしまったボールをフォローしてもらうなど九葉は薫子に助けてもらう立場にある。だが同時に薫子の負担の大きさを誰よりも知っているのが彼女でもあり、それが今回の彼女の発奮材料となった。
九葉(認めるわ、相手は強い。だからこそ勝ちたい!)
過集中の更なる過集中とも呼ぶべきゾーン状態に入る「イン・ザ・ゾーン・ディープ」を薫子に使わせてしまい、これ以上負担をかけられないと彼女がゴルフクラブを振るう瞬間は画面の色が変化する演出がなされている。おそらくこの瞬間、彼女はこれまでにない高い集中力 を発揮していたはずだ。気負い過ぎているわけではないし、イヴと葵のペアが強敵であることは知っているが勝てないとも思っていない。緊張と集中のバランスと程よいハードル――つまりゾーン状態に突入する好条件がここには揃っている。結果彼女のショットは250ヤードを超える飛距離を記録し、以前彼女が足を引っ張っていると評した灘南体育女子学園ゴルフ部の及川楓をして「一皮むけた」「手強くなった」と言わせるほどに至った。
もはや香蘭のゴルフは薫子頼り一辺倒ではない。言い換えればゾーン的でない 。だから次の一打、薫子の集中力は遂に限界を迎えて「イン・ザ・ゾーン・ディープ」に失敗してしまうのだ。
薫子「お願い九葉、絶対グリーンに乗せて! わたし一人では無理でも、二人なら勝てるわ!」
自分の不足を素直に認め、九葉にカバーを求める薫子の姿はゾーンの美しき破綻である。そしてこの破綻は更にこの後、雷凰側の一打によって更に決定的なものとなる。ゾーンは占有物ではないと証明する2人目の人物、雷凰のイヴである。
3.解放のゾーン
姫川「なぜなの。絶体絶命のピンチだというのに、なぜ笑っていられるの?」
雷凰は葵が突如体調不良に見舞われ、ミスショットをしてしまったことで大ピンチに陥ってしまった。成長した九葉がカップインこそ逃したものの次の一打で終わりという状況を作ってみせたことと合わせてみれば、絶体絶命と呼ぶしかない状況――だが楓とペアを組む最強の高校生ゴルファー、姫川みずほが見たのはむしろ不敵に笑うイヴの姿であった。
イヴ(葵とのペアも楽しかったけど、ようやくいつもの自分に戻れたような気がする!)
なぜ笑うのか? イヴは心の内でひとり呟く。葵とのペアも楽しかったが、この状況でようやくいつもの自分に戻れたような気がすると。振り返ってみれば、イヴが求めていたのは常に強敵であった。逆境であった。ならばこれまでの試合のようにモブ扱いの選手を蹴散らす状況は彼女が最も求めるものではない。むしろこんな危機こそ望むところ、闘志が燃えるところであろう。すなわちこの状況だからこそイヴの集中力はいっそう高まるというもの。
イヴ(飯島。その技はあんただけのもんじゃない!)
「レインボー・バレットのイヴ」の異名をとる彼女はしかし、劇中ではまだ5色の弾丸しか披露していない。その理由には、未使用の弾丸の1つには使うと頭が痛む副作用があって積極的に使いたい代物ではないということがあった。だが今はそんな出し惜しみをしていられる余裕はないし、それ以外の弾丸では事態を打開できない。この1発に懸けるしか無いという状況は極めてゾーン的である。故にイヴが放つオレンジ色の弾丸もまた、ゾーン以外ではありえない。
亜室「なぜ打てる!? それは一彦だけが打てるショットのはずだ!」
極限まで高めた集中力で放つ「確信のオレンジバレット」は薫子の「イン・ザ・ゾーン」と同じ原理で放たれるショットであり、しかしゾーンを専有物から解放する一打である点でそれは決定的に性質を異にしている。そのことは彼女のショットに驚愕する人々の反応からも明らかだ。虹を纏うようなそのフォーム、そのショットは、葵の父一彦のみが打てるはずの一打――すなわち幻のショットを専有から解放するものであった*1。徹頭徹尾、イヴのゾーンは薫子のゾーンを殺す弾丸なのだと言えるだろう。
ゾーンはある種の選択と集中、他のものを切り捨てることによって生まれる。薫子の「イン・ザ・ゾーン」は正にそういうものだった。だが、物事は常に反転し得る性質を持つ。イヴにとってのゾーンとは、そしてゴルフとは、集中の果ての解放をもたらすきっかけなのである。
感想
というわけでバディゴルの14話レビューでした。ジョジョ6部の最終回と放送期間が被ったので1日遅れです、すみません。昨日も4,5回は見たのですが、やっぱり集中力切れで考えがまとまらず。数時間後には水星の魔女の13話も始まるんですが、どれくらい回復できるかなあ。
葵の頭痛やイヴの回復する記憶、このダブルス選手権は天鷲グループの野望という外的な部分だけでなく二人の内部からも物語を揺さぶることになりそうですね。九葉はなんだか好きなキャラなので、彼女の奮闘が見られたのは嬉しかったです。次回も楽しみ。
<いいねやコメント等、反応いただけるととても嬉しいです>
解放のゾーン――「BIRDIE WING -Golf Girls' Story-」14話レビュー&感想https://t.co/HTxFtK4tnC
— 闇鍋はにわ (@livewire891) April 9, 2023
薫子の生き様としての「イン・ザ・ゾーン」、そしてその破綻について書きました。#バディゴル #BW_golf#バーディーウィング