独占への反逆――「富豪刑事 Balance:UNLIMITED」11話レビュー&感想

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©筒井康隆・新潮社/伊藤智彦・神戸財閥

無尽蔵のエネルギーにも世界を滅ぼす兵器にもなりうる物質、アドリウムの取り扱いが鍵となる「富豪刑事 Balance:UNLIMITED」11話。最初に述べた危険性ゆえにアドリウムの存在はこれまで秘密に――わずかな人間に「独占」されてきたわけだが、独占されてきたのは果たしてアドリウムだけだろうか?

 

 富豪刑事 BalanceUNLIMITED 11話(最終回)「輝くものすべて金にあらず」

 

いくつもの独占と、それとの戦い

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©筒井康隆・新潮社/伊藤智彦・神戸財閥
春に復讐が目的なのかと問われた大助はこう答えている。「俺は本当のことが知りたいだけだ」……大助は19年前の事件で両親を失いながら、そこで何があったのかを知ることを許されていなかった。アドリウムだけでなく、真実もまた一部の人間に「独占」されてきたのである。ならば事件の真相を究明せんとする大助には当然、独占との戦いが運命づけられている。
 
小百合が金儲けと非難したように、アドリウムを公開せず独占したことは神戸家に莫大な利益をもたらしていたはずだ。毎回冗談かと思うような出費額でも神戸家がびくともしないのは、それだけこの家が金を「独占」していた証明に他ならない。ならばそんな金は使ってしまった方が――独占から解放してやった方がいい。大助の金に物を言わせた捜査は、彼自身も知らぬ内に独占への反逆となっていたのである。
 
 

独占とは思い上がりである

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©筒井康隆・新潮社/伊藤智彦・神戸財閥
同時に大助が幸運だったのは、真相を究明する意思の「独占」が許されなかったことだろう。身内の事件であるがゆえに大助は周囲を巻き込むまいとしてきたが、その気遣いは一歩間違えば自分自身も同じ「独占」の穴のムジナに陥りかねない危険を秘めている。彼の独特の立場を思えばむしろそうなってしまうのが必然なほどだが、春という存在は大助にそれを許さなかった。立場も過去も財力も意見もまるきり縁が無かったはずの春がむしろ大助の最良の相棒となったことは、独占という行為の馬鹿らしさを――自分と近しい者だけで何かを専有しようとする馬鹿らしさを、大助に何よりはっきり教えてくれたはずだ。
 
最たるはアドリウムの情報の取り扱いで、負傷で意識朦朧としていた春は何も知らぬままアドリウムの情報を各国の研究所に送ってしまった。「アドリウムを独占した方が世界のためではないか」「どちらにしても、自分はそういう判断をする責務を負わなければならない」などと考えていたであろう――つまり自分を特別なのだと、世界の運命を「独占」する立場にいるなどという大助の思い上がりを吹き飛ばしてしまった。どれだけ賢かろうと力があろうと、全てを掌握などできない。そんな権利はない。傲慢や過ちに陥りかけた自分を救われたからこそ、大助は春に感謝するのだ。
 
 

解放という進歩

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©筒井康隆・新潮社/伊藤智彦・神戸財閥
独占されないことはもちろん、喜びだけを生みはしない。19年前の事件の真相は大助に自分の祖母に手錠をかけさせ、生きていた茂丸はしかしもはや茂丸と言える状態ではなくなっていた。しかし、もし大助が独力で事件を解決していればその悲しみには1人耐えるしかなかっただろう。けれど彼の傍らには春がおり、その行為には私人ではなく「刑事」と呼ばれる余地がある。独占しなければまた、分け合う余地もある。そしてその相手はけして、自分と価値観を等しくするような者だけに限らない。
 
人の歴史は、一部の人間が独占するものをあまねく解放する歴史でもある。ヒュスクが現対本部に解放されたりASVを春も使うなど、神戸家が「独占」していたものはこの世界に次第に広がっていく。それは私達の世界にもだ。ガジェットコーディネートを担当したギズモードは本作のテクノロジーを「無限の財力があれば実現できそうな、5年〜10年先くらいの技術レベルにすること」を条件に設定しているのである。
 
実現すればそれらはしばらくは一部の人だけの独占的なものとなり、しかしやがては広く普及していくだろう。
 
技術、食物、権利、価値観――特権や特殊なものを普遍にすることで、私達の世界は(間違いながらも)進歩していくのである。
 
 

感想

というわけで富豪刑事BUL最終11話のレビューでした。未読で恐縮ですが、原作では神戸家の財産は大助の祖父がかつてずいぶん悪いことをして築いたもので、アニメと異なり生存している祖父は大助がそれを使い切ることが罪滅ぼしになると期待しているそうで。こうして見るとそのあたりの意識はこの最終回にも受け継がれているように思います。そして素晴らしいのは、それが金に留まらず意思決定や技術といったものにも及び、より普遍性を持っていることでしょう。
 
財力をバックボーンにした技術から財力を感じるのが意外に難しい、という悩みもありましたが、ダイナミックな舞台運びや近未来的なガジェット、無表情ゆえに想像できる大助のキャラクター性などに魅せられる興味深い視聴時間だったと思います。スタッフの皆様、延期を越えての製作お疲れ様でした。