日々が続き終わる「小林さんちのメイドラゴンS」。最終回12話は、トールが最後にやらかす馬鹿騒ぎで幕を閉じる。コミカルで日常を大切にしたこの作品らしい終わりと言えば終わりだが――トールはなぜ、最後の最後でこんなことをしたのだろうか?
小林さんちのメイドラゴンS 第12話(最終回)「生生流転(でも立ち止まるのもありですかね)」
いつも通りの朝。いつも通りのドラゴン娘たち。何一つ不満のない、かけがえのない平凡な日常。だが小林さんの中には、終焉帝の話を聞いてから、ほんの少しだけ重い何かが転がっていた。でもそれが何か判然としない。もやもやとする中、待ちに待った夏祭りが始まる――。
(公式サイトあらすじより)
1.嘘を付く理由
今回は小林さんの悩みがピックアップされるお話だ。前回トールの過去を聞いた彼女は、表面上は平静を装いながらもトールと共に過ごすことの重みを感じている。一見するとそれは前半で解決されて見えるが、本当にそうだろうか?小林さんの独白を振り返ってみよう。
小林さん(それは良い変化なのだと思う。ただね、ただ改めて考えてしまうんだよ。私はそんなトールに慕われるほどの人間かと)小林さん(いや、これは少し違うな。面倒がかからなくなっていくことが少し、寂しいのか?……まあ、こんぐらい飲み込んどこ)
「自分はトールに見合っているのか」「自分はトールが傍を離れるのが怖いのか」……小林さんは2つのことを思い、また後者の方が本心に近いと考える。だが、夏祭りで小林さんが打ち明けたのは「自分はトールに見合っているのか」の方だけだった。そう、一番の悩みは実は前半では明かされも解決もしていないのだ。
なぜ小林さんはトールに本心を打ち明けないのか?もちろん、恥ずかしさや情けなさといったものも大きな理由であろう。成長が寂しいなどと子離れできない親のような気持ちを口にするのは相当な勇気が要ることだ。彼女にも面子というものがある。
しかし小林さんが悩みを打ち明けない一番の理由は、口にしてしまえば自分とトールの関係が大きく変わってしまうからであろう。小林さんから見たものとしばしば同一化しているであろう夏祭りのトールの姿は艶かしく、美しい。いつものように自分を大好きと言ってくれるトールの背に咲く花火は小林さんの心の中に咲く花であり、実のところ彼女はトールにぞっこん惚れ込んでいる。でも、もしそれを口にすれば関係は今とは違うものになってしまう。この居心地のいい関係は、消えてなくなってしまう。
思いの成就はもちろん素晴らしいものだが、それに達する前の未完成の思いにはまた違った魅力があるものだ。例えば、タケトの言葉にドキンとしてしまったイルルが照れ隠しに彼をからかう様子などは恋人未満の甘酸っぱさに満ちている。だから小林さんもまた、トールの大好きという言葉に素直に答えない。
小林さん「重い!」トール「えー!?」
小林さんは、トールと今のまま(そのまま)一緒にいたい本心のためにこそ嘘を付くのである。
2.メイドラゴンは嘘を付く
人と人の関係には時に嘘が必要。これを前半から引き継いで考えると後半の役割もまた見えてくる。なにせ、こちらの舞台はルコアの知り合いの肉片が変化した桜そっくりの花を夏に見るという「嘘」の上に成り立った花見なのだ。そしてこの後半、ルコアが花見を提案した時点でトールの挙動は不審であった。
トール「いいじゃないですか!小林さんを楽しませるお花見をわたしが仕切ってみせますよ」小林さん「なんでそんな乗り気なの?」
ここで留意すべきは「小林さんを楽しませる花見」だとこの時点でトールが口にしていることだろう。事実、この花見での彼女は小林さんにつきっきりだ。なんだかんだ世話焼きのはずなのにカンナやイルルの食事のフォローもしなければ、エルマとの掛け合いなどもない。余興の腕相撲大会も小林さんは審判で、敗退後に退屈を味わうことのない立場になっている。もちろん他の参加者も楽しませてはいるが、この花見でのトールの行動はいつも小林さん中心にある。ここでトールの挨拶を思い出してみよう。
トール「本日は小林さんの花見のために集まっていただきありがとうございます!小林さんを楽しませるレクリエーションをご用意しましたので、精々そのために力を惜しまず……」小林さん「わたしの居心地悪くなるからやめろ!」
そう、トールが挨拶したようにこれは正真正銘小林さんのための花見だ。アバンで小林さんの様子のおかしさに気付き、悩んでいることを夏祭りで知ったトールが彼女を元気づけるためにトールが仕組んだものなのだ。しかも小林さん自身にツッコませることでそれを意識させない、巧みなカモフラージュまで施されているのだから手が込んでいる。
トールが小林さんの心情をどこまで正確に察していたのか?前半と異なりモノローグのない後半、私達視聴者はそれを正確に把握することはできない。ツッコミ待ちのカモフラージュにしても、案外彼女は本心を並べ立てただけなのかもしれない。だが、それらが正確である必要は必ずしもないだろう。1話の小林さんの言葉を思い出してみよう。
小林さん「争ったり傷もできたりするんだけど、それを見て見ぬ振りをしたり汚いもので埋めたりしても構わない。気持ちなんて正しく把握してなくても自分なりに合わせてきたし、なんとかやっていく。わたしそういう人間」
1話でイルルに自分の考えを話した小林さんは、他者との関係は正しい気持ちの把握やきれいな感情だけでなくとも保たれるという考えを語った。今回起きたこともそれだ。トールがどこまで気持ちを把握していたにせよ、仕組んだにせよ、彼女が提供したひとときは間違いなく小林さんを元気づけてくれるものだった。
かくて安らぎの時間が過ぎ、トールは最後に馬鹿をやる。花見のメインイベントに結婚式をぶちあげ、小林さんに結婚を迫る色ボケドラゴン――全く困ったものだが、それは小林さんに「面倒をかける」トールだ。彼女を寂しがらせない、二人を今のままの関係にしてくれるトールだ。だから小林さんは「アホー!」と叫びつつも、追いかけられて逃げ惑いながらも笑顔を浮かべる。これはつまり、彼女が前半から持ち越していたトールが離れる寂しさが解消されたということであろう。そう、この馬鹿げた結婚式もまた、小林さんを元気づけるためにトールが仕組んだ「嘘」だったのだ。
「小林さんちのメイドラゴンS」のタイトルを冠しながら、メイドになりたかったのだと前回語りながら、この作品の最後でトールはメイド服に身を包まない。だが小林さんに不自然さすら感じさせることなく、トールの「奉仕」はここに完成していると言える。嘘のメイドのはずのトールの、完璧なメイドの仕事がここにある。
トール「大事なのは心です!」
メイド服を着ていない時でも、トールは確かに「小林さんちのメイドラゴン」なのである。
感想
というわけでメイドラゴン2期12話レビューでした。ひええ、祝日が潰れてしまった。ぶっちゃけた話、トールの最後の行動に対して「いつものバカをやって終わるだけ」というフィルターを外すのに1日かかりました。それまでは前半と後半を結ぶものが弱くて退屈にすら感じていたのですが、こうして見るとすごいダイナミズムで最終回はこれしかないという気になります。トールの「いい感じ」の変化が結実して小林さんをスーパーマンから解放してあげる……という結末は、二人の関係(バランス)を見直す流れになっていてとても良かったなと。
再び彼女達に会えたことに、心からの感謝を。スタッフの皆様、ありがとうございました。
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メイドラゴンは嘘を付く――「小林さんちのメイドラゴンS」12話レビュー&感想https://t.co/ADrQBfSwLb
— 闇鍋はにわ (@livewire891) September 23, 2021
成長したはずのトールがなぜ最後にあんな馬鹿なことをするのか?というお話。#maidragon#小林さんちのメイドラゴン#小林さんちのメイドラゴンS#アニメとおどろう