水族館とは世界である――「白い砂のアクアトープ」24話レビュー&感想

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©projectティンガーラ
未来を紡ぐ「白い砂のアクアトープ」。24話ではいくつもの終わりと始まりが描かれる。まとまりがないようにも思える本作の作りを象徴するようなこの最終回からは、何を読み取ることができるのだろう?
 
 

白い砂のアクアトープ 第24話(最終回)「白い砂のアクアトープ」

くくるが企画した結婚式と新エリアのプレオープンを目前に控え、準備に励む「アクアリウム・ティンガーラ」の職員たち。一丸となって準備した甲斐があり当日、会場は新郎新婦や来場者の笑顔が溢れる。無事、大きな企画を終えてここで一度、別々の道を歩むことになるくくると風花。新たな道へと踏み出す2人に再び、優しい奇蹟が起きる……。
 

1.結ぶ難しさ

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ウミやん「搬入は時間との勝負さ!全力で作業に集中するよ!」
 
水族館での結婚式や新エリアオープンなど様々なイベントが描かれる24話だが、最初に目を引くのは新エリア・ホワイトサンドドームへの魚達の搬入の様子だろう。事前に「時間との勝負」と言われるように専用車両からの搬入には緊張感が満ち、多くの人員のリレーやクレーンで魚達は水槽へ慎重にしかし速やかに運ばれていく。彼らの本来の住居である海と水族館は本来隔絶された環境であり、両者の間が繋がるのは簡単でないことが伝わる場面だ。
 

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三浦「明日からのオープン、頑張ってください」
くくる「はい!」

 

繋がることは希少で難しくて、時に奇跡のようですらあること。新エリアを訪れる櫂や1クール目の子ども達、魚への薬は人間用のものを量を調整して使っているという竹下先生の説明など、最終回の30分からはそういった描写を多く見ることができる。水族館で結婚式を挙げる新郎新婦ががまがま水族館で初デートをしたという縁や、ホワイトサンドドームがプレオープン日は1回限りの結婚式会場(つまり結婚式場として使われることは今後ないのだ)、翌日からは一般入場の水族館へ変わる変化などもこの例に含めることができるだろう。式の終了後にウェデイングプランナーの三浦がくくると握手を、手を"繋ぐ"場面は象徴的だ。

 

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くくる「ねえおじい、わたし、これから何をすればいいの?」
 
しかし繋がりとは希少な一方、ありふれてもいるものだ。最終回らしくすっかり答えを出してしまっているようにも見えたくくるも、新エリアの仕事が一段落すればまた以前のようにこれからどうしたらいいのか迷ってしまったりもする。一見しただけでは全く無縁に思える人と海の生き物も、特徴を探せば結婚式のウェルカムカードで参列者を一人ひとりなぞらえられるほど似ていたりもする。これまでにしても、くくるは嫌っていた知夢や諏訪に自分と似た部分を……繋がっているものを見つけ出してきた。
 

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おじい「選んだ道を、自分の力で正解にしてあげなさい」
 
また、いつもにこにこして見えたくくるの祖父は、がまがまで働いていた時に辛いことはあったかと問われたくさんあったと答える。くくるにとってがまがまは楽しいことばかりだった(そしてティンガーラでは辛いことがたくさんあった)が、祖父にとってのがまがまは楽しいだけの場所ではなかった。つまり繋がっていないわけだが、しかしそれは祖父にとってのがまがまとくくるにとってのティンガーラが繋がっているということだ。
 
繋がっていることと繋がっていないことはコインの裏表のようなもので、ならば答えは一つではなく、自分自身がどう繋げるか――結ぶか自体にある。祖父が言う「選んだ道を自分の力で正解にする」とは、これまでの話でも描かれた"波打ち際"で、悩みながらも立ち止まらず何かを結ぶことでこそ果たされるものなのだろう。
 
 

2.水族館とは世界である

繋がりというものを考える時、本作はおそらく評価の分かれる作品だ。一つの評価は「多くの人物が登場するがメインストーリーにさほど繋がっていない」、もう一つの評価は「様々な描写が過去の回の時点で伏線になって繋がっていて、よく練り込まれている」……簡単に言えば前者は繋がっていない、後者は繋がっている側に分けることができる。対照的な両者は、おそらくどちらも間違いではない。
 

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本作はけして劇的な、驚きに満ちたストーリーとは言えない。皆の力を合わせて巨大な何かに立ち向かっていくわけではないし、人間関係も結婚のような変化があるわけではない。前半のポイントであるがまがま水族館の閉館ですら「ラブライブ!」シリーズの廃校と違って当初からどうなるか予想できる(というより、閉館は避けられないと想像できるよう描かれている)ものだし、くくるの両親の死や生まれなかった双子の真相もそれ自体が物語を大きく動かしはしなかった。最初から最後まで女性が苦手なまま特に話に絡まなかった空也や、くくるに恋しながらそれを目に見える行動にしなかった櫂の扱いなどに不満を覚える人もいるだろう。
 

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夏凜「大人になったねえ!ていうかもういい歳だもんね、大人通り越して老けただけとか?」
空也「同い年だろうが!」

 

しかし同時に、本作は始まりから終わりまでに人々がみな変化した作品でもある。舞台は古い小さな水族館から大きな新設水族館に移り、くくる達は就職や転職し、登場人物が増えたことで人間関係も変化した。あまり変化していない例として挙げた空也も嫌がっていたがまがま以外での仕事に適応しそこでは女性に接しているし、櫂も恋心で仕事を手伝ったのがきっかけで水族館に就職し最終回では復職後はペンギン飼育に所属を変えていたりする。
こうした変化がもっとも目に見えるのはもちろん、元アイドルから飼育員、更には水族館からの留学組に選ばれた風花であろう。最終回での彼らの姿を1話で想像できた視聴者など、誰一人としていないのではないだろうか。
 

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ウミやん「いいねえ!マーサムン食べたいさ月美シェフ!」
月美「もちろん!お土産話たっぷり聞きたい、私も話したいこといっぱいあるし」

 

劇的な何かだけで全てが変わるのではなく、しかし1話と最終回を見ればみな小さなことがきっかけで大きな変化を遂げている。本作の登場人物が遂げた変化はロング・スパンで捉えた人生を連想するのに十分なスケールであり、その点で極めてリアルだ。登場人物が何か一つのテーマに奉仕するのが物語のシンプルな形だが人はそのためだけの存在ではないし、一方で全てが無関係なほどバラバラでもない。先に書いたように、繋がっていることと繋がっていないことはコインの裏表なのだから。
 
 

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例えるなら本作のありようとは、異なる生き物達がただ生きる姿が展示物となる水族館そのものだ。上記の登場人物のありようもそうだし、様々なジャンルの要素がサラダボウルのように取り込まれながらも中心にならないストーリーも同様だろう。本作はソフトな百合アニメであり、P.A.WORKSおなじみのお仕事アニメであり、水族館アニメであり、知育作品であり、ファンタジーであり、トレンディドラマであり、エトセトラエトセトラ……しかしそのいずれでもない。それら全ての本物であり、偽物だ。
 

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最終回においても再会(出会い)と別れ、繋がっていることと繋がっていないことを繰り返すくくると風花は、しかしその度に結びつきを強めていく。竹下先生が再び妊娠したり朱里が正式にティンガーラに就職したたように、これまでも、これからもそうしたことは繰り返されていくだろう。
世界はあらゆる人と要素が別れと再会を繰り返しながら紡がれている。くくると風花を案内役に、そうした世界そのものを展示した水族館が「白い砂のアクアトープ」という作品なのである。
 
 

感想

というわけで「白い砂のアクアトープ」最終回24話のレビューでした。なんというかこう、本作に対して見かける評判を作品全体と照らし合わせたものが書きたくてですね。気がついたらだいぶ観念的な内容になっておりました。
 
本文中でも書いたように本作は様々なジャンル要素を持ちつつそのどれを中心とするわけでもない作品でしたが、それがとても良かったなと思います。どれか一つのジャンルに徹底していたら、たぶん僕は飽きていたでしょう。いやきっと楽しみはしたけれども、それほど気に入りはしなかったはずです。
どういう作品として捉えたらいいのかずいぶん悩んだし力不足を感じること多数でしたが(前回の"半熟"、くくるも風花も互いが互いを必要としたこと自体が"半熟"のバランスと言えるのではと後から思ったり……)、今回ようやく自分なりの答えを出すことができました。
 

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くくる「この場所が、ここで働く人が、ここにいる全ての生き物達が……水族館が好き」
これは彼女が世界を好きになれた、ということ。
 
沖縄、環境、水棲生物、水族館、育児等、このアニメを入口に何かに興味を持ったり、進む道を考えた人がいたら、それはスタッフにとって何よりの幸せなのではないでしょうか。
年間20本もTVアニメを見られない身で恐縮ですが、今年指折りの素晴らしい作品だったと思います。スタッフの皆様、お疲れさまでした。
 
 

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