幻はもうひとつ――「白い砂のアクアトープ」10話レビュー&感想

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藁にもすがる思いの「白い砂のアクアトープ」。10話では逃れ難い終わりに焦るくくると彼女を助けたい櫂の姿が描かれる。鍵となるのは風花もかつて見たがまがま水族館の幻だが、今回それはくくるの前に現れない。彼女の前に現れるのは、もうひとつの幻だ。
 
 

白い砂のアクアトープ 第10話「置き去りの幻」

閉館の時が迫り、一発形勢逆転のアイデアを探すくくる。以前、風花も目にした水槽の幻を宣伝しようと提案する。だが、夏凛たちから不確かなものは宣伝できないと反対されてしまう。それでも諦めきれないくくるは、幻が確実に見える方法を探し始める。一方、風花は自身に映画主演のオファーがきていることを知り悩んでいた……。
 

1.暴走の理由

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くくる「うどんちゃんのお母さんに、お客様呼ぶいい方法を占ってもらう!」
 
8月の終わりまで後1周間と迫り、今回のくくるは焦っている。それは閉館のタイムリミットであり、未だ決定を覆すようなことはできていないからだ。逆転の秘策にすがるくくるは今回、占い果ては幻の奇跡にまですがろうとする。いかにも困り果てていることが伺えるが、これは単に苦境だけの表現とは言えない。占いも幻も突然降って湧いてきたのではなく、既に風花や入場者が経験したものではあるからだ。くくるはいわばそれらを先行事例として"共有"しようとしているのである。
 

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くくる「これが話題になれば、お客さんいっぱい来てくれると思うんだ」
 
"共有"は現代において、人を呼び集めるのに極めて有効な手段だ。SNSでバズればそれ自体が新たな関心を呼ぶし、口コミサイトの評判はそれだけで客の入りを左右したりもする。占いや幻だから胡散臭く見えるが、くくるの採った手法それ自体は極めて現代的なものであるとは言えるだろう。ただもちろん、現代的であることは完全無欠の正解を意味してはくれない。
 

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夏凜「くくる、気持ちは分かる。でもそういう不確かなものを宣伝するわけにはいかないよ」
 
幻を売り物にして客を呼べないかというくくるの案に、夏凜はいい顔をしない。くくるや風花と違って彼女はその幻を見ておらず、つまり"共有"していないからだ。がまがま水族館の存続に向けて自分と考えを"共有"してもらえるとばかり思っていたくくるにとって、これは歯がゆいことであった。
 

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風花「実は……わたしを映画の主役にしたいっていう監督さんがいるって後輩が連絡くれたの」
 
これまでもくくるは、がまがま水族館に絶対に閉館してほしくない自分の思いが共有されないことに悩んできた。祖父は彼女がどれだけ頑張っても閉館しないとは言わないし、故障したエアポンプを巡るやりとりからも分かるように海やんも空也も閉館は自明のものとして認識している。くくるのように閉館を阻止しようとしている人間はおらず、故に自分に寄り添ってくれる風花に姉のような感覚すら抱いていたわけだが――それとて"共有"ではないことを今回、くくるは知る。アイドルを辞めたはずの彼女に、映画の主演をしてほしいという連絡が入っていたのだ。
 

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くくる「わたし、がまがまが続けば風花もずっとここにいてくれるんじゃないかって思ってた。わたしが勝手にそう思ってただけなんだけどね」
 
もちろん、風花ががまがま水族館にいられるのはもともと夏休みだけという話にはなっていた。それはくくる自身、分かっているつもりだった。けれどくくるの中にはいつの間にか、がまがま水族館が続けば風花もずっとここにいてくれるのではないかという思いが生まれていた。いや、風花もそう思ってくれている・・・・・・・・・・・・・のではないかと、一緒にいたい思いを"共有"できているのではないかと期待していたのだ。だからくくるは、それは自分の勝手な思い込みに過ぎないと理解しても風花の迷いにショックを受けずにいられない。その孤独に耐えられない。奇跡体験イベントを開くなどとくくるが一人勝手にSNSに投稿してしまったのは、彼女が"共有"にすがらずにはいられなかったからなのだ。
 
 

2.幻はもうひとつ

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櫂(あいつに、どんな言葉をかけてやればいいんだろう)
 
"共有"の相手を失い、孤独に震えるくくる。そんな彼女を支え続けるのが今回のもう一人の主役・仲村櫂だ。
くくるの幼馴染である彼の脳裏には、初めて彼女と出会った時の記憶が鮮明に残っている。それは両親を亡くして祖父母に引き取られるも、「うち」に帰りたいと泣き叫び震えるくくるの小さな背中であった。
 
 

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人は自分の背中を見ることはできないから、櫂のこの記憶は当然くくると共有されていない。むしろ極めて一方的だし、それは彼の片思いが今もくくるには全く届いていないことからも言える。幻を見る相談相手としてくくるが櫂を思い浮かべたのが最後だったように、共有という点で櫂はくくるからもっとも離れてしまっている存在なのだ。なら、なぜ今回くくるに最後まで付き合うのが彼なのだろう?
 

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櫂(あいつの背中、また震えていた)
 
櫂は今回、くくると最初に会った時の記憶を幾度か思い出す。孤独に押し潰されそうな彼女の背中に、初めて会った時の背中を何度も思い出す。"重ねて"いる。それは同じものを見ている点で"共有"とも似ているが、"重ねる"行為が異なるのは他者からの承認を必要としない点だろう。むしろ重ねる行為は自分の中に留めることに価値がある。例えば親が子に自分を"重ねる"のは当然の心情だが、だからと言って子に自分の果たせなかった夢を果たさせようなどと、"共有"させようとすれば単なるワガママになってしまう。
 
 

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くくるにとってがまがま水族館は大切な場所だ。親を亡くした彼女は同時に居場所としての「うち」も失っていて、がまがま水族館をそれに重ねることで悲しみから立ち直ることができた。けれどそれはあくまで彼女だけの感覚に過ぎない。水族館に救われた点で似ている空也にも、ここでの日々に心を整理させてもらっている風花にも、くくるの感情を共有することなどできはしない。いや、できてはいけない。だから今回彼らはくくるに寄り添えない。
最後まで付き合う櫂もまた、水族館で見た幻に救われながらもそれをくくるには告げない。震えるくくるの背中に声をかけられなかった過去も、かけられなかった自分の背中を押せた幻も、全ては彼だけのものに過ぎなかった。
 
 

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櫂「くくる、来い!」
 
これまで同様、櫂はくくると"共有"しようとはしない。くくるが欲していたのであっても、それは彼女の救いにはならないからだ。代わりに櫂はやはりまた、"重ねる"ことで彼女を支えようとする。それはきっと、風花にはできなかったことだ。
 

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彼がくくるにボクシングの真似事を勧めたおかげで、悲しみと悔しさを拳に"重ね"させたことで、くくるはそれを一人真正面から受け止めずに済んだ。もちろんそれはがまがま水族館を現実に救ってはくれないが、やり場のない思いをただ抱えるよりはくくるにとってずっとマシだったことは間違いないだろう。
 

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くくる「櫂!ありがとう!」
 
幻は現実を救ってはくれない。けれど心の重みを少し取り去ってやることはできる。そして今回、くくるの"共有"できない苦しみは"重ねる"に変わることでわずかに和らげられた。今回櫂がくくるに果たした役割は、かつてのがまがま水族館のそれと同じものだ。
"共有"から"重ねる"への変化。それこそは、くくるが見たもうひとつの幻だったのである。
 
 

感想

というわけで白い砂のアクアトープの10話レビューでした。「共有」と「重ねる」の2つで物語が構成されているという仮説を立てるも「重ねるって具体的にどういうことよ?」と自分の中で答えが出ずうんうん悩むことに。こうして答えを出してみると、櫂というキャラクターにぐっと近づくことができたように思います。いやー健気だなこの子……一昔前ならメインヒロインを食う人気のサブヒロインポジションでは?
さてさて、くくるの心の決着は、風花の選択やいかに。
 
 

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