偽物になれる場所――「白い砂のアクアトープ」17話レビュー&感想

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©projectティンガーラ
安らぎの時が訪れる「白い砂のアクアトープ」。17話ではくくるや月美と休日が揃った風花がやってみたいことを提案する。「くつろぎ処 海月風」――風花が提案したそれは、いったいどんな場所なのだろうか?
 
 

白い砂のアクアトープ 第17話「くつろぎ処 海月風」

久しぶりに休みが揃ったくくると風花と月美は、「アクアリウム・ティンガーラ」の職員たちとの親睦会を開催することに。やってきたアルバイトの真栄田朱里や、飼育員の米倉マリナに料理をふるまい、もてなすくくるたち。その後、勤務明けの知夢や薫も合流し、さらに空也、櫂、同僚の比嘉瑛士も加わり、賑やかな休日を楽しむ。
 

1.偽物達のもてなし

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マリナ「くつろぎ処……うみつきかぜ?」
 
くくる達に招かれてやってきた水族館の仲間、マリナや朱里は扉の前に吊るされた「くつろぎ処 海月風」の看板に困惑する。親睦会と聞いてやってきた先がお店のようになっているのだから戸惑うのは当然だろう。しかも「くつろぎ処」では何の店だかちょっと分からない。
実際、この海月風でのくくる達のもてなしは一様でない。軽食屋のように月美が料理を振る舞ったかと思えば風花がスキンケアのレッスンをし、くくるは後から来た知夢達にアロママッサージ……時間帯や相手によって内容が変わるのだから、食堂やサロンよりは確かに「くつろぎ処」の方が相応しくはある。
 
 

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そして注目したいのは、くくる達のもてなしはどれだけ本格的でも本物ではない点だ。月美はカフェで修行中だがまだ本当に料理人になったわけではないし、風花のスキンケアレッスンも自分で勉強したのではなくヘアメイクのアドバイスを元にしたもの。くくるに至っては当人の自信と裏腹にマッサージの腕前は下手くそで、祖父がマッサージ機を買ったのはそれが原因ではないかと疑惑が生まれるほど。
くくる達がやっているのはあくまで「偽物」に過ぎない。……だがこれまでの話がそうであったように、偽物であることはけしてマイナスばかりにはならない。
 
 

2.増える偽物達

くつろぎ処は偽物の集合体。そのように考えた時、偽物はけしてもてなす側のくくる達に留まらない。後から訪れる空也達にとっても、また彼らの行動も同様だ。
 

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例えば女性恐怖症の空也にとってくつろぎ処が女性だけの状態は本来耐え難いはずだが、くくるの祖父の梅酒があれば彼はその苦手を一応ごまかせてしまう。偽物にできてしまう。
 

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例えば実はマッサージが苦手だった薫はくくるにアロママッサージを受け、普段の彼女からは考えられない奇声を発する。耳にした比嘉が一瞬勘違いするように、その声のキテレツぶりはまるでアザラシの偽物。
 

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例えば後半ではたこ焼きパーティが開かれるが、工程が比較的シンプルなそれは月美の調理を必要としない。漁師の息子でそれなりに覚えがある櫂が料理人の偽物になれば、月美も少しは楽ができる。
 
そう、偽物がくつろぎを提供する海月風では実は、訪れた者もまた偽物になる。そしてそこにこそ、風花がやりたかったことの精髄はある。
 
 

3.偽物になれる場所

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風花「わたしは、いつも忙しい知夢さんに少しでも休んで欲しかっただけ」
 
海月風のアイディアを褒められた風花は、自分はいつも忙しい知夢に少しでも休んで欲しかっただけだと言う。描写としてはティンガーラでのくくるの周辺人物の多くが賑やかに過ごす17話だが、この催し物の主旨自体は知夢の慰労にあった。当然と言えば当然だが、これは知夢にスポットを当てた前回の続きなのだ。
 

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雫「こんばんは!」
知夢「お疲れ様でーす」
薫「お招きありがとう」

 

前回知夢が憔悴してしまったのは、育児も仕事も「ごっこ遊び(≠偽物)」になってしまう恐れが大きな原因だった。故に息子の雫がどちらも合わさってママ=本物なんだと認めてくれたのが救いになった。ただ、これはあくまで知夢への肯定や激励に過ぎない。息子の存在が明かされ周囲から理解は得たものの、知夢の疲れそのものを解消してくれるわけではないからだ。風花が今回用意した慰労とはすなわち、知夢が必要としていたものの残り半分だったと言える。
 

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月美「2人揃っての休みがこんなに貴重になるなんてね」
くくる「だって、休み全然合わないんだもん」

 

人が疲れるのは何かを背負っているからだ。仕事、夢、愛……それが本業であろうと本当に好きなものであろうと、いつも背負ったままでは人は休息できない。くくるを始めとした本作の登場人物は基本的に仕事に前向きだが、そんな彼女たちですら24時間365日働けたりはしない。時には背負った荷物をどこかに預ける必要がある。普段の自分でなくなる必要がある。人は時に自分の「偽物」になる必要があるのだ*1
 
 

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知夢を始めとして、くつろぎの中で皆は普段の自分を手放していく。偽物になっていく。比嘉がクイズの仕切りで普段と違うキャラを見せたり、たこ焼きを櫂が作ることで月美が料理から離れたり……
 

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マリナ「知ってる。わたしがまがま行ったことあるよ」
くくる「ホントですか!?」
マリナ「のんびりしてて居心地良かったなあ……」

 

そしてそうやって手放すからこそ、普段は見せないものが見えたりもするものだ。マリナの過去や空也の祖母思いな部分、ウミやんの妻の存在。くくるの下手なマッサージが知夢と打ち解ける一助になったように、偽物になるからこそ本物の別の側面に光が当たる時もある。そして、雫の世話や家事を代行してもらい仕事中でもないこの時間が知夢を"偽物"として解放してくれる時間だったことは、最高の慰労の場となったことはもはや言うまでもないだろう。
 

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人は本物だけでは生きて行けず、偽物に支えられまた自分自身偽物になる時もまた必要としている。それはかつてがまがま水族館が果たした機能であり、くくると風花が今回したのは更にその"偽物"による慰労だ。今は閉じてしまった場所はしかし、確かに彼女達の中に受け継がれている。
 

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風花が知夢のために提案した海月風とはがまがまと同じ場所、「偽物によって人もまた偽物になれる場所」だったのである。
 
 

感想

というわけで白い砂のアクアトープ17話レビューでした。気軽に楽しめる回ですがそれだけに流れを見つけ出すのが大変で、「偽物によって人も偽物になれる場所」と結論らしきものを思いついてもすぐには足が定まりませんでした。風花の目的が知夢の慰労だったことに目が向いてようやく、前回の焼き直しでなく延長線上だと自信が持てた感じですね。前回どっちも本物なんだと肯定したからこそ、それを偽物にできる場が効果を発揮する。素晴らしい連携だ。
16話は雫の言葉に感激しつつも知夢を救うにはまだ足りないのではとボンヤリ感じていたので、その疑問が明快になった上に解消されたこの17話は良い始末の付け方をしたなと思います。
 
諏訪副館長を除く人間関係は解決した状況を見せつつ、今後に繋がりそうな要素もチラホラ出してきたりと、小休止回でありながらいぶし銀の仕事ぶりの回だったと思います。次回からの展開はどんな風になるのかな。
 
 

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*1:美容のためフェイスパックを付けた状態が普段とかけ離れるのも一例と言えるだろうか