秘密が孵化する「白い砂のアクアトープ」。16話ではくくると知夢の関係に変化が訪れる。今回は知夢がくくるによく投げかけていた言葉をヒントに、彼女の迎えた限界とその先について考えてみたい。
白い砂のアクアトープ 第16話「傷だらけの君にエールを」
ペンギンの卵の孵化が近づく「アクアリウム・ティンガーラ」。新たな命の誕生を見守るため、泊まり込みで孵化を見守ることになった風花たちペンギン担当の飼育員。だがなぜか、知夢だけは泊まりのシフトを免除される。知夢だけ特別扱いされていることが納得できないくくる。しかし、飼育部長・雅藍洞凡人から知夢が周囲に隠しているある事情を聞いてしまい!?
(公式サイトあらすじより)
1.知夢の苦悩の正体
知夢「あなたはお仕事ごっこをして楽しいかもしれないけど、私は必死なの」
9話の初登場でがまがま水族館を否定した時、13話でくくるがバックヤードツアーの予行を果たせなかった時、知夢は彼女の働きぶりを「お仕事ごっこ」と呼んで否定した。本物と偽物、仕事とお仕事ごっこをきっちり分ける線引が己の中にあるからこうした発言ができるのだろうが、今回その線引は大きく揺らぐことになる。ペンギンの卵の孵化を控えた特別態勢において知夢だけが負担の少ないシフトになり、その後も不意の休みなどを入れたからだ。これまで文句を言われてきただけにくくるは腹が立ち、その矛盾を批判せずにはいられない。
くくる「あの人!偉そうなこと言うくせにシフトは入らないわ急に休むわ、迷惑かけまくりじゃない!?」
事情を知らない人間からすれば、確かに知夢の勤務状況は奇妙だ。泊りのシフトが必要な状況で一人それを免除され、人手不足を招く状況でも急な休みを入れすらする。もしくくるが同じことをすれば、間違いなく知夢はかつての言葉を繰り返すだろう。「お仕事ごっこ」だと。だがもちろん、そんなことは知夢自身 が一番分かっている。
知夢「わたしだって仕事したいのに!わたしの仕事を奪わないで!」
知夢は、見かねたくくるの一時的なシフト代行を「人の家を土足で踏み荒らすような」行為であるとして涙ながらに怒鳴りつける。彼女は本当はくくるに怒っているのではない。代行によって自分が「お仕事ごっこ」しかできない状況を突きつけられるのが耐え難いからこそ、理不尽な怒りをくくるにぶつけてしまうのである。
2.本物志向の限界
知夢「まだ若かったから仕事との両立が難しくて。協力的だった職場の人達も、だんだん冷たくなっていった……」
知夢は本物と偽物、仕事とお仕事ごっこをきっちり分ける力を持っている。だがそれは実は子持ちだった彼女が以前勤めていた水族館で育児との両立ができず、自分の働きぶりを「お仕事ごっこ」と否定されクビになった過去によるものだ。すなわちこれはプロ意識というより、ブラック企業での働いた人間のトラウマにも似た"呪縛"と言った方が適切だろう。
かつての繰り返しが怖いからこそ彼女は息子の存在を周囲に明かせなかったし、「お仕事ごっこ」への目線は自分に対しても他人に対しても厳しかった。本物でなければと強迫観念に駆られれば、待っているのは自己の消尽である*1。
風花「知夢さんがどんなに嫌でも、がまがまの人に助けてもらって仕事が回っているんです」
しかし彼女が思い詰めるほど、世の中は本物だけでできてはいない。保育園は保育士が父母の偽物として代行するものだし、知夢の家を訪ねた風花はその日のペンギン飼育に空也がヘルプで=偽物として入っているから仕事が回っているのだと釘を刺す。知夢が風花に出したインスタントコーヒーにしても、本来コーヒーを淹れる手間暇を考えれば偽物のようなものだ。
どれだけ本物を志向しても、人は偽物なしでは生きていけない。いや、時には偽物こそが必要とされる場合もある。
3.ママは二人で一人
くくる「こんなにしんどいのに仕事もやってるなんてすごいです……!」
知夢が子育てしながら働いていると知ったくくるは、自分も子育て体験をすれば彼女の苦労が分かるのではと考える。これは本来、二重の意味で「偽物」だ。出産経験もなければ養子をとったわけでもないくくるが本当に子育てできるわけはないし、獣医の竹下の赤ん坊を2時間預かって苦労したところでそれは知勇の苦労と同じものではない。本物とはとても呼べない。しかしそのたかだか2時間で、くくるの子育てに対する意識は大きく変わった。
本物には限界がある。孵化を控えたペンギンの卵を泊まりで見守ると言っても一人の人間が24時間張り付けはしないし、やりたいことが複数あっても体は一つしか無い。
だが、偽物には本物を拡張する非常に大きな可能性がある。シフトを敷けば擬似的に24時間の見守りはできるし、保育園に預けられれば育児も仕事もできる可能性は上昇する。そしてこれはけして「両立」ではない。両立と考えてしまったら、それは互いが互いを食い合う対立関係になってしまう。ふとしたことで片方が、あるいは両方が「ごっこ遊び」になってしまう。ここまで偽物とごっこを並べて書いてきたが、本来両者は別物なのだ。ティンガーラを訪れた知夢の息子・雫と館長の会話を思い出してみよう。
星野「雫くん。ママね、ティンガーラにとってとーーっても大切な人なんです。生き物たちのママでもあるんですよ」雫「ママ、かっこいい!」
雫の言う「ママ」は、けして「雫のママ」だけを指していない。この「ママ」の中では「雫のママ」「生き物達のママ」の両方が渾然一体となっている。両方が溶け合えばこそ、雫の中の「かっこいいママ」は成立している。
知夢「しずくん、ありがとう」
言うまでもないが「生き物達のママ」というのは単なる比喩だ。生物学的には「雫のママ」だけが本物であり、「生き物達のママ」は偽物に過ぎない。だがこの時、本物と偽物は対立どころかむしろ互いを助け合っている。「雫のママ」「生き物達のママ」の両方あればこそ、雫の中の「かっこいいママ」は成立している。それはつまり、知夢のしていることが無責任で中途半端な「ごっこ遊び」ではない何よりの証明だ。だからこそ知夢は、この言葉に涙ぐむほどの喜びを感じるのである*2。
本物と偽物はけして対立しない。
生き物に対する祖父の言葉をくくるが人間に拡張して認識を改めるように。
母に笑顔で語りかける雫の姿を見てかつての自分を思い出し、両親を喪ったくくる自身も救われるように。
本物を志向してきた知夢と彼女にその偽物さを指摘されたくくるが、雫を通してペンギンの赤ちゃんの誕生を抱き合って喜ぶように。
たかだかペンギン1匹の誕生を、水族館の皆が我がことのように祝福してやまないように。
どちらもが助け合って、そこにこそ新たな何かが産声をあげる。
本物と偽物は対立するものでも、両立するものでもない。両者が結び合うところにこそ、「ごっこ遊び」でない真実があるのだ。
感想
というわけで白い砂のアクアトープの16話レビューでした。遅くなりましてすみません。当初は「知夢の秘密やくくるの成長も卵の孵化に重ねられるんじゃないか」と考えそれなりに分量も書いていたのですが結局筆が止まってしまい、そこから考え直して……と、想定よりずっと時間がかかってしまいました。
結局このアイディアは使わなかった(成立しなかった)わけで、要するに筆が止まってたのは脳内で全力で警告音が鳴ってたということですね。見切りをつけるのが遅かった。一言で知夢を救ってしまう雫くん、かっこいい……!
エモーショナルに訴えかける力に富んでいるのみならず複雑な関係性が埋め込まれ、また前回からの続き(何かが好きなのを通して別の何かも好きになれる)も踏まえた、とてもよく練られた回だったと思います。拍手。
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二人で一人のあなたにエールを――「白い砂のアクアトープ」16話レビュー&感想https://t.co/qR5bELsxt9
— 闇鍋はにわ (@livewire891) October 23, 2021
知夢がくくるになげかけてきた「ごっこ」批判から考えてみるお話。彼女を救った一言の話。#白い砂のアクアトープ#aquatope_anime#アニメとおどろう