夢のありかは境界線上――「異世界美少女受肉おじさんと」4話レビュー&感想

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© 池澤真・津留崎優・Cygames / ファ美肉製作委員会
ファンタジーぶち壊しの「異世界美少女受肉おじさんと」。4話冒頭、レベルアップしても「うんのよさ」しか上がらなかった橘は現実と変わらないと嘆く。"夢"はどこにあるのだろう?
 
 

異世界美少女受肉おじさんと 第4話「ファ美肉おじさんと黒の剣士」

冒険を続ける橘と神宮寺は、ついに市場や建物が立ち並ぶ大きな街にたどり着く。
 
そこでも「絶世の美貌」によって次々と男を魅了してしまう橘に、神宮寺はついにとあるアイテムを購入する。
 
時を同じくして、神宮寺のスーツ姿に反応した黒の剣士に戦いを挑まれるが、その正体は橘と神宮寺の同郷者だった!?

公式サイトあらすじより)

 

1.夢があるから夢がない

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© 池澤真・津留崎優・Cygames / ファ美肉製作委員会
神宮寺「パンデミックを防ぐためだ、我慢しろ」
橘「人をゾンビや病原菌みたいにさあ!」

 

町を訪れたりクエストが発生したりとファンタジーらしい要素の出てきた4話だが、前半に共通するのはアバンで示されたように「夢のなさ」だ。いかにもファンタジーといった雰囲気の町にやってきても橘はトラブル防止で紙袋を被っていなければならないし、森の守り神の毛皮は胸に穴が空いていたせいで買取は半値。橘の美貌で武器屋と価格交渉しようとすれば店主は値切り交渉に応じるどころか、店の権利書まで持ち出して結婚を迫る始末。場所はファンタジーに相応しくても、橘達の身に起きる出来事にはファンタジーらしい夢はない。……が、それは別にこのファンタジー世界が極めてリアルだからというわけではない。
 

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© 池澤真・津留崎優・Cygames / ファ美肉製作委員会
店主「なんなら店ごとあげようか」
橘「効き過ぎたわ」
神宮寺「言わんこっちゃない」

 

注目したいのは、夢のないガッカリ具合は本来はむしろ夢のある要素に起因する場合が多い点である。例えば橘が顔を隠さなければならないのは夢のような美貌のせいだし、毛皮が半値なのは神宮寺がワンパンで現実離れした穴を空けてしまったせい。武器屋の店主の暴走に至っては、夢のような値下げぶりを通り越して悪夢じみているからこそ夢がない。
 

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神宮寺「よく見ろ橘。運が3も上がってるぞ」
橘「運てお前……こんなの現実と変わらねえよ!異世界来ても夢見れねえのか俺は!」

 

「夢がない」とは、夢を幻視していたからこそ生まれる感覚だ。レベルアップすれば腕力や知性が上昇するだとか*1、美貌に恵まれればチヤホヤされて楽ができるだとか、夢という名の期待が高ければ高いほど人は現実に落胆することになる。そしてこうした夢と現実を考える上で重要になってくるのが今回の新たな登場人物、シュバルツ・フォン・リヒテンシュタイン・ローエングラムだ。
 
 

2.手垢のついた設定のキャラを出す意味

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シュバルツ「シュバルツ・フォン・リヒテンシュタイン・ローエングラム!この世界の勇者になる男だ!」
 
復讐のため橘と神宮寺に襲いかかった野盗を一蹴し現れた少年・シュバルツ。彼は橘達と同じく日本から召喚された人間であり、コテコテの「異世界転生に憧れる少年」だ。漆黒の外套に身を包み剣には北欧神話の魔剣の名を付け、自らもわざわざ仰々しい名前を新たに名乗る。だがそんな彼に対して「見ているこちらが恥ずかしい」と感じる視聴者は2022年となっては多くないだろう。
 

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神宮寺「持ち主が死ぬ呪われた逸話があったと思うんだが、聖剣とは?」
橘「あるがままを受け入れろ、あれは聖剣グラム。彼がそう言うんならそうなんだよ」

 

シュバルツのように仰々しい設定を妄想する少年少女を大きく取り扱い、コミカルさを交えて描いた「中二病でも恋がしたい!」のアニメ1期放送は既にほぼ10年前だ。それ以後、ネットゲームものや異世界転生ジャンルの隆盛で多少の変化があったとは言えシュバルツのような「イタい」キャラはもはや出オチの域に達するほど数多く生まれてきた。
率直に言えば、異世界転生に夢をふくらませる彼のようなキャラは既に夢のない・・・・存在と化している。だがならばシュバルツは単に手垢まみれのつまらない存在に過ぎないのか?と言えばそうではない。彼に独自性を与えているのはこうしたキャラに必要不可欠なもの――たくましい妄想である。
 
 

3.夢のありかは境界線上

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シュバルツ(こ、これは……まさか!?男の方は親代わりの感覚で面倒見ていたけど娘の方が勝手に恋愛感情を抱いてしまったパターン!)
 
シュバルツは神宮寺のスーツ姿から相手が自分同様日本から来た人間と推測し接触を図るが、そこでのやりとりはほとんど彼の勘違いだけで構成されたに等しいものだ。神宮寺と橘が疑似親子の関係にあるだとか橘は神宮寺に惚れている一方で神宮寺は現世に婚約者がいるだとか、橘を救うためには神宮寺"お義父さん"に自分が認められる必要があると考えるだとか……
 

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シュバルツ「まさか、こんなに早く実力を示せる機会が来るとはな……」
領主「人の話聞かないタイプかあ」

 

シュバルツが妄想をたくましくする対象は自分の設定に留まっておらず、彼は見るものほとんど全てを見誤っている。上述した夢と現実になぞらえるなら「夢のないところに夢を見てしまう」のがシュバルツなのだ。彼という人間の個性なのだ。既に手垢にまみれた夢のない設定が、シュバルツに独自性の夢を与える奇妙な理屈がここでは発生しているのである。そしてこの奇妙な理屈は実は、橘がレベルアップに夢を幻視するから夢のなさにガッカリするのと方向が逆なだけで原理は変わらない。
 

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橘「神宮寺、これって」
神宮寺「ああ」
橘・神宮寺(ゲームでよくあるお使いクエスト!)
橘「あるんだな」
神宮寺「ああ、本当にあるんだな」

 

「夢がある」と「夢がない」は一方通行ではない。剣風で建物を両断してしまうシュバルツの剣は夢のような切れ味だからこそ夢見たようには迂闊に振るえないし、橘は夢のような美貌を得たからこそ夢見たようには振る舞えない。また逆に勇者であることを現実に証明するためのモンスター退治はファンタジーのお使いクエストを具現化したようなものであったり、橘にとっては夢のような美貌を人避けの魔法で中和する髪飾りこそが夢のようなアイテムだったりもする。
 

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© 池澤真・津留崎優・Cygames / ファ美肉製作委員会

橘「ありがとう神宮寺!これで紙袋から解放されるわ!」

 
夢とは非現実の彼方ではなく、現実と非現実の境界線の上にこそ存在する。それはきっと、愛と友情の境界線上を漂う橘と神宮寺の関係にとっても大きなヒントになることだろう。
 
 

感想

というわけでファ美肉おじさんのアニメ4話レビューでした。今更シュバルツみたいなキャラを出されても……みたいな印象が最初はあったのですが、この度の過ぎた妄想はなんなんだろうと考えてみたらこんなのが出てきました。好みの分かれそうなキャラとは思いますが、今後いったいどうなるんでしょう彼。あと店主の暴走っぷりが笑える怖さで楽しかったです。
さてさて、リビングアーマー退治なるファンタジーものらしい依頼をこの作品はどう取り扱うのか。次回に注目。
 
 

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*1:運の良さがレベルアップで上がるのはそれはそれでファンタジーでは?