ストーリーから逃げる方法――「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」26話レビュー&感想

©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
運命を見つめる「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」。26話では敵スタンドによる童話や絵画通りのストーリーがウェザー達に襲いかかる。このストーリーから逃れる方法はあるのだろうか?
 
 
スタンド「自由人の狂想曲(ボヘミアン・ラプソディー)」の攻撃を受け体と心が分離してしまったアナスイは、自らの肉体を取り戻すべく、ウェザー・リポートとは別行動をとる。だが、ウェザー・リポートにも「自由人の狂想曲(ボヘミアン・ラプソディー)」は襲い掛かる。町から離れつつあるスタンド本体の位置を察知したウェザー・リポートは雨で道路を封鎖するも……
 

1.運命とストーリー

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アナスイ「敵スタンドの目的は俺の肉体ではない! 俺は引きずり込まれていた、既にストーリーの中に!」
 
シリーズの宿敵DIOの息子の一人にして、主人公・徐倫達からプッチ神父を守るべく戦うウンガロのスタンド「ボヘミアン・ラプソディー」。絵本や漫画のキャラクターを実体化させ、そのキャラクターが好きだった人間の心と体を分離させる能力に徐倫の仲間ウェザーやアナスイが苦しめられるのが前回だったが、26話ではこの能力に更に先があることが明かされる。なんと分離させられた人間の心は絵本や漫画のキャラクターと同じストーリーをたどることになっており、ウェザーやアナスイは後にピストル自殺したゴッホの自画像や「オオカミと七匹の子ヤギ」で母ヤギに殺されるオオカミの役割を割り当てられてしまったのだ。
 

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子ヤギ「石だ! 石を持って来い!」
子ヤギ「ママーッ!」

 

ゴッホ同様のピストル自殺やオオカミ同様の母ヤギによる殺害などから逃れるべく、ウェザーやアナスイスタンド能力を駆使して危機を脱しようとする。「ウェザー・リポート」による天候操作でウンガロの逃走を防ごうとしたり、アナスイの「ダイバー・ダウン」で母ヤギから離れようとしたり……だがこれらはいずれも上手く行かず、実体化したキャラクターはその度にこう言う。「ストーリー通りだ」と。ウェザーはどうやっても頭に銃弾を受けるし、アナスイはどれだけ距離をおいても母ヤギに追いつかれてしまう。本作3部にはどれほど無茶苦茶な内容であっても漫画に浮かび上がった展開を成就させるスタンド「トト神」が登場したが、「ボヘミアン・ラプソディー」もこれに近い性質を持ち合わせていると言えるだろう。そう、今回繰り返されるストーリーとはすなわち「運命」なのである。
 

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子ヤギ「ストーリー通りだ! バンザーイ!」
 
運命に抗うために必要なものは何か? 冷静な頭脳か? 人知を超えた超常の能力か? 違う。ウェザーとアナスイはその両方を持ち合わせているが、彼らは抵抗虚しくストーリー通りに動かされていく。ただ、この逃れがたき運命という問題に直面しているのは二人だけではなく敵であるウンガロも同様だ。
 
 

2.逃れがたき運命

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前節で示した通り、ウンガロは強力なスタンドの使い手である。「ボヘミアン・ラプソディー」の射程範囲はなんと全世界に及び、劇中では舞台であるアメリカから遠く離れた日本で「北斗の拳」のケンシロウラオウを倒したことが(わざわざニュース音声に千葉繁を起用して!)語られている。だがこのスタンドは直接的な攻撃力を持たず本体を襲われれば為す術がない弱点を抱えており、彼はその欠点を解消するため飛行機に乗るという手段に出た。時速400km以上で動く飛行機にはウェザーの天候操作ですら追いつけず、ウンガロは同様の能力を持つスタンド使いがこれまでたどってきた運命にもっとも有効な抵抗を示せたと言える。
 

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ウンガロ「充実感だ! これが俺の燃える目的だ!」
 
飛行機の座席で飲み物を片手にくつろぎ、地上の混乱を伝えるニュースを聞くウンガロは心地よげだ。何をやっても上手くいかず麻薬中毒にまでなっていた彼にとって、人々がストーリーに翻弄される一方で自分だけは安穏とできるここはファーストクラスの特等席なのだろう。だが能力によるストーリーに取り込まれる恐れがないからといって、ウンガロが運命=ストーリーから逃れられたわけではない。彼は自分の戦いについてこう述べている。
 

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ウンガロ「俺は今まで、転がり落ちていくだけの運命をただ理由も分からず生きてきた。だが今は理解できた! 俺はこの能力のために存在していたんだ! あの神父を命がけで守る!」
 
台詞から分かるように、ウンガロが生き生きとしているのは自分の人生に理由が見つかったためだ。失敗ばかりが脈絡もなく積み重ねられてきたこれまでに、プッチ神父が意味を与えてくれたからだ。彼を守れば自分は有意義な一生を過ごせた人間になり、そこにはストーリー・・・・・が生まれる。全ては物語性のある運命だったのだと自分に言い聞かせることができる。ウンガロは「ストーリー通り」に翻弄される人々を天上で嘲笑っているが、誰よりもストーリーを欲し誰よりもストーリーに縛られているのは自分なのである。このことを彼は、同乗していた少女の持っていた「アラジンと魔法のランプ」の絵本にキャラクターが戻っている異常事態から知ることになる。
 

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ウェザー「このゴッホに今、ヒーローを作って描いてもらった! ストーリーも作った! このヒーローには能力がある! 全てのファンタジー・ヒーローを元に戻す能力ッ!」
 
実体化したはずのアラジンやランプの魔神がなぜ絵本に戻っているのか? それはウェザーがゴッホの自画像を脅し、彼に全てのファンタジー・ヒーローを元に戻す能力を持つキャラクターを描かせたためだった。実体化したそのキャラクターはそのストーリー通り、自分を含め全てのキャラクターを絵本や漫画の世界に返していくことになる。実体化の対象を選別できない「ボヘミアン・ラプソディー」は、発動した瞬間に無効化される全く意味のないスタンドにされてしまったのだった。
 

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少女「この本、退屈? 希望がいっぱい詰まってるお話なのに」
 
自分のスタンドが無効化されたことを知ったウンガロは、ショックのあまり声をかけられても反応しない廃人と化す。飛行機に乗り安全を確保した彼は、確かにその身に傷一つ負っていない。しかし「ボヘミアン・ラプソディー」を無効化されることは己の運命が何のストーリー性も持てなくなったことを意味し、故に彼はもはや自分の人生に意義を見出だせない。反則的な方法で抗っても結局、ウンガロは敵役の運命から逃れられなかったのだった。
 
 

3.ストーリーから逃げる方法

「敵がキャラクターを実体化させるなら、実体化を無効にするキャラクターを生み出せばいい」……ウェザーの考えた打開策は明瞭であり、何よりトンチが効いている。それはこれが単なるメタ的な攻略法の域を超え、ストーリー、いや運命に対する一つの示唆になっているからだ。
 

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ゴッホの自画像「ゴッホは2発の弾丸を頭に撃ち込んだんです。1発では死ねなかった……そう、人生の決着にはあと1発必要だった」
 
既に述べたように、ボヘミアン・ラプソディーは最終的には現実の人間に架空のストーリーを運命として割り当てる力を持っている。そして運命は普通目に見えないものだが、童話や漫画が元である以上この運命はストーリーの形で私達の目に見えるようになっている。キャラクターを実体化するところにばかり目が行きがちだが、ボヘミアン・ラプソディーの真髄とはキャラクター以上に運命の実体化・・・・・・なのだと言える*1
 

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ウェザー「戻るぞ、ストーリー通りだ! アナスイ、お前も俺も無傷の肉体のところへ!」
 
ゴッホの役を割り当てられたウェザーはピストルから離れても結局二度も頭を撃ち抜かれ、オオカミ役のアナスイはチョコを口に入れただけなのに子ヤギを食ったことにされる。どんなに理不尽であっても彼らのたどる道はストーリー通りで、運命そのものを変えることはできない。だが、それは私達の生が運命に弄ばれるだけのものでしかないことを意味しない。実際、ウェザーはストーリーを直接変えるのではなく別のストーリーを用意することでそれを塗り替えてしまった。運命は変えられないという摂理に逆らうことなく、しかし運命の意味を変えることに成功したのだ。これは実は、ウンガロ戦の後の徐倫の描写からも見て取ることができる。
 

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徐倫「あんたのこと、恨んでなんかいないわ。ロメオ、ここに来たのはあんたに頼みがあるからなの」
 
神父を追うための交通手段を求めていた徐倫は元恋人ロメオの家を訪ねるが、彼女がシーズン2まで投獄されていたのはそもそもこの男の裏切りがきっかけだった。交通事故の際に同乗していた徐倫に隠蔽を手伝わせた挙げ句、嘘をついて罪をなすりつけたのだから彼の行為に同情の余地はない。しかし一方で、同じ立場になった時そんな風にせずに済む強い人間がどれだけいるだろうか? まして、事故や裏切りはDIOの復讐を果たすためその部下ジョンガリ・Aが仕組んだものなのだ。ロメオはジョンガリ・Aの「ストーリー通り」に動いた弱い人間に過ぎない。徐倫が彼に恨みをぶつけるどころか憐れにすら思うのは、そこに人間の運命への抗いがたさを感じているからなのだろう。
ロメオが裏切った事実は、裏切る運命にあったことは変わらない。しかし、陰謀という別のストーリーによってその意味は変わっていたのである。
 

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ロメオ「僕は彼女のためなら……罪を許してもらえるなら」
 
運命は変えられない。しかし、運命の意味は変えられる。それはつまり、運命に見る物語性は――ストーリーは変えられるということだ。徐倫に許しを請うロメオの姿はあまりに嘘くさく、事実彼は徐倫が去った後すぐに警察に通報の電話をかける始末だった。しかし仲間であるエルメェスのスタンド「キッス」によってこっそり2つに増やしていたロメオの舌でそれを盗聴していた徐倫は、彼が警察に嘘をつき捜査が遅れるよう計らってくれたことを知る。そして徐倫の求めに応じて彼が提供した移動手段とはなんと、自動車ではなくそれより遥かに速く移動できるヘリコプターであった。ロメオはまたしても徐倫を裏切ったが、しかしその裏切りの意味はかつてと同じではなくなっていたのだ。故に徐倫も、念のためと「キッス」のシールを剥がしてそれに伴う破壊で彼を黙らせはするがその様子はコミカルで復讐の陰惨さは無い。裏切られたのは事実ではあるし、この程度はおあいこの範疇であろう。
 

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徐倫「行くわよ。ヘリなら数時間で目的地に着ける!」
 
運命は偶然がまるでストーリーのように見えるものであるから、私達はしばしば両者を全く同じものだと思ってしまう。結末が同じなら逃れようがないとも錯覚しがちだ。だが、運命は同じでもそこから見出だせるストーリーは無数に存在する。新たなストーリーを提示することで、人は与えられたストーリーから逃れることができるのである。
 
 

感想

というわけでジョジョ6部アニメ26話のレビューでした。「ストーリーから逃げる方法」というタイトルは浮かぶもなかなかそれが具体化せず、書きながら考えていったのですが自分でも思わぬ形になってびっくりしています。でも非常にジョジョらしい運命論なんじゃないでしょうか。ロメオと徐倫の描写について、ようやく納得ができました。
最近は歴史的な運命というものを感じざるを得ない状況でもあり、その中で自分がどうすべきか考える一助にもなってくれる回だったと思います。出番は短いながらも山崎たくみのウンガロはよく合っていたし、あといきなり千葉繁の声が聞こえてきた時はさすがに吹きました。さて次回はリキエル戦、古川慎の配役は既に納得の一言なので吠えっぷりに期待したいところです。
 
 

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*1:この能力が実体化の対象を選別できないことも、運命の不可侵性の現れとして見ることができる