鳥籠の呪縛ーー「アンデッドガール・マーダーファルス」6話レビュー&感想

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

取り違えの「アンデッドガール・マーダーファルス」。6話ではホームズがまんまとルパンにしてやられてしまう。怪物ならざるルパンはしかし、人に呪縛をかけることができる。

 

 

アンデッドガール・マーダーファルス 第6話「怪盗と探偵」

 

 

1.先入観の罠

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静句「レースの柄が違う……!?」

 

怪盗ルパンがフィリアス・フォッグの所有する宝石「最後から二番目の夜」を盗むと予告したその日がやってきた。事件に備える名探偵ホームズは友人ワトソンの訪問を受けていたが、そこへやってきたホームズの兄マイクロフトは弟を見るなり「君は誰だね」と言い出し……? 

怪盗に名探偵に怪物と絢爛豪華に活劇を描く「アンデッドガール・マーダーファルス」。6話は変装してルパンがホームズに変装して彼の家を訪れるなど序盤から火花を散らすやりとりが見ものだが、一方で主役である輪堂鴉夜達の様子はなんともコミカルだ。不死にして首から下がない生首の鴉夜は鳥籠暮らしをしているが、なんとオウムを飼っている老人が自分のものと勘違いして鴉夜の鳥籠を持っていってしまうというのだから振るっている。鴉夜の助手の津軽が「これがほんとの鳥違い」ととぼける様がまさしく<笑劇>的な一方、我々の思考の穴として非常に分かりやすいのも事実だろう。老人も津軽も、レースのかかった鳥籠なら中身は自分の知ったものに違いないと決めつけてしまった。先入観があったのだ。

 

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この先入観の問題はルパンとホームズのやりとりでも顕著なところで、序盤でホームズの家を訪ねた際、ワトソンは年来の友人でありながら自分の前にいるのがホームズに変装したルパンだと気付かなかった。違和感は覚えていたようだが、まさか堂々と家に居座っているのが別人とは思わなかったのだろう。つまりそこにも先入観がある。


先入観の怖さは自覚できないところにあり、例え名探偵であっても逃れることはできない。偽ホームズを見破ったマイクロフトに続いて帰ってきたホームズは彼から助言を受けるが、それは宝石の警護に参加しているロイズ保険組合のエージェントについての警告であった。怪物撲滅を目指す彼らは「最後から二番目の夜」に隠された人狼の隠れ里を探すヒントをこそ狙っており、故にルパンに宝石を盗ませた上で更に奪取することで彼に罪を着せるだろうというのだ。ホームズは頼りにこそしないものの味方として勘定していたが、それは先入観に過ぎなかったのである。……そして、彼が陥った先入観の罠はこれだけではない。

 

2.鳥籠の呪縛

ホームズは先入観の罠に陥っている。そして先入観の罠は知識の不足などで偶発的に落ちるばかりとは限らない。

 

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ホームズ「あの金庫の鍵もかい?」
ルパン「あれは人外の技術だからそう簡単にはいかないが……フォッグという人間が開けられたのなら俺にも開けられる」

 

ホームズの家に現れたルパンは、「鍵という道具が持つ最大の特徴は何か?」と問い、開けられることだと答えると共にホームズの私物の箱を解錠してみせた。針金1本でそんなことをして見せる彼の「(宝石の収められた金庫のある)「余罪の間」のディテクターロックなんてしょせん3つの鍵穴さ」という発言には説得力があるが、同時にこれは見た者に一つの先入観を与えている。すなわち「鍵開けに自信があるなら必ずそこを破ってくるはずだ」という先入観である。実際、余罪の間に入ったホームズはディテクターロックを拳銃で破壊して鍵そのものをなくすという暴挙にも近い対策を採ったが、これは先の先入観にすっかり囚われてしまった結果と言えよう。

 

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ホームズ「やられた……! 堀の水だ。液体なら通気口を通れる」

 

「破るべき錠が最初から無ければどんな名手も鍵を開けられない」というホームズの対応は一つのロジックとして完璧だ。だがいささか観念的だし、それは先入観が正しい状況に限定された正答に過ぎない。予告の時刻になって突如、地下の余罪の間に入ってきたもの……それは天井の曲がりくねった通気口から流れてきた大量の水であった。ルパンの部下となって屋敷に潜入した”オペラ座の怪人”ことファントムが屋敷の外壁を爆破し、堀から大量の水を流れ込ませたのだ。ルパンがホームズの家を訪れた目的の一つはこの先入観のためであり、ディテクターロックへの言及などはブラフに過ぎなかった。

 

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津軽「さて師匠。不肖真打津軽、釜泥を勉強させていただきます」

 

かくてホームズは絶体絶命の危機に陥った。金庫そのものはまだ盗まれたわけではないが、彼の置かれた状況を本作は的確に形容している。地下の余罪の間ではなく地上を担当すると言って塔に登り、この様子を眺めていた鴉夜の助手・津軽の言う「釜泥」である。
不勉強にして初めて聞いたのだが、調べてみると釜泥とは「釜を盗まれまいと中に入っていたら釜ごと盗まれた」という落語であるらしい。すなわちホームズは、余罪の間という釜に入っていたら釜ごと盗まれた人間である。何を? 先入観を植え付けられた彼が盗まれたものとはすなわち、思考だ。

 

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ルパン「シャーロック。鍵という道具が持つ最大の特徴はなんだ? 本質的な機能とは?」

 

ルパンに鍵の本質的な機能を問われた際、ホームズは「何かを閉ざし得ること」だと答えた。ルパンの答えとは違っていたが、これは確かに本質をついている。ルパンはホームズの家を訪れることで、彼に先入観を植え付け、その思考を「閉ざして」しまった。そして中身の見えない箱というのは案外簡単に持ち出せるものだ。例えば今回の冒頭、老人が自分のものと勘違いして津軽の入った鳥籠を持っていってしまったように。鳥籠とは鳥を飼うために閉じ込める籠であるから、ホームズはまさにルパンによって鳥籠に閉じ込められてしまったと言える。

 

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ルパン「首尾は上々。種は2つともまいた」

 

ルパンは怪物ではないが、人の心に呪縛をかけることができる。鳥籠の呪縛に囚われた時、相手は既に思考を盗まれているのだ。

 

感想

というわけでアンファルの6話レビューでした。思考でホームズを、格闘で津軽を上回り今回はルパンが主役の回だったなと思います。変装を解いて素顔を見せた時のルパン役・宮野真守の息遣いがまた色っぽいこと。原作既読のタリホーさんはホームズは最初から騙すつもりで細かな振る舞いや装いを仕込んでくる相手に弱い、という指摘をしていましたが、そのあたりを突かれてしまっていると言えるかもしれません。

 

tariho10281.hatenablog.com

 

さてさて、ルパンはここから更にどうやって金庫を盗むつもりなのか。ファントムとの会話で確認していた列車の時間が自分が乗るためのものではないだろうと考えると……?とも思いますが、これは先入観なのかどうなのか。ロイズ保険組合やモリアーティ教授もこれから絡んでくるのを考えると、事態は更に混沌としていきそうです。

 

 

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