その嘘の名は――「アンデッドガール・マーダーファルス」13話レビュー&感想

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

終着の「アンデッドガール・マーダーファルス」。最終回13話では2つの村の事件の真相が明かされる。副題にある「犯人の名前」が指すのは名であって名ではない。

 

 

アンデッドガール・マーダーファルス 第13話(最終回)「犯人の名前」

undeadgirl.jp

 

1.敵味方を超えて

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人狼村での戦いは様々な形で決着がつき、物語は鴉夜による真相の開示に移る。人と人狼、2つの村を股にかけた恐るべき事件の真犯人の正体は……?

怪物のいる世界で独自のミステリーを繰り広げてきた「アンデッドガール・マーダーファルス」。第三章そしてアニメの最終回となる13話は前回の引きであったバトルを早々に終わらせ、鴉夜の推理と事件の決着にエンディングを描くなかなか慌ただしい1話だ。盛り沢山な内容に視聴者が思うことは様々だろうが、私が印象的に感じたのは「敵味方を超えた関係が多い」ということだった。

 

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ヴィクター「俺達の拠点はロンドンだ。待っててやるから取り戻しに来い」

 

本作は多くの人物が入り乱れる作品であり、第二章では先程まで対立していた相手と協力したりその逆も珍しくはなかった。この複雑さは第三章でも同様だが、ただ今回見られるそれはもはや協力や対立といった枠に収まっていない。鴉夜と敵対する夜宴<バンケット>のヴィクターは彼女の助手である津軽に自分達の本拠地という貸し借り以上の情報を伝えるが仲間になったわけではないし、同じく夜宴のカーミラは鴉夜の従者・静句に単なる敵以上の執着を抱いている節も見受けられる。更に言えば事件の真犯人である人狼ノラ――8年前の事件の生き残りの少女ユッテ――は自分にそっくりの少女ルイーゼを1年半に渡って拉致監禁の上殺害していたが、彼女の話によれば当のルイーゼはむしろ協力的ですらあったという。当初から嫌がらなかった点からすればこれはストックホルム症候群の類ではなく、ここにも敵味方を超えた関係があったと言える。また鴉夜にしてもノラの犯行の全てを見抜けなかったことから敢えて彼女を見逃しており、第二章の最後で名探偵シャーロック・ホームズが敵のはずの怪盗ルパンを称賛したのと同様の、フェアネスとでも呼ぶべき精神がこうした描写からは見て取れる。

 

敵であっても味方であっても、内なる何かが共鳴すれば私達はほんのわずかに手を取り合うことができる。13話単体に注目して語るなら、そのような説話としてまとめることも可能だろう。ただ、これは第三章の締めにして本アニメの終わりである。もう少し総括するためのヒントとして、私はこの第三章で多用された「嘘」を念頭に置いて考えてみたい。

 

 

2.その嘘の名は

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鴉夜「ノラくんすまない、私は推理を間違えていた。怪物専門が聞いて呆れるよ」

 

思えば第三章は嘘を巡る話であった。3つの姿に変化する人狼は肉体で嘘をつくし、人間の村と人狼の村で起きた連続殺人事件も互いが互いを犯人だと思い込ませる嘘が憎しみをかき立てていく。容姿のよく似たルイーゼの死体がノラのものとして使われるなどもし、本章は嘘を忌むべきものや恐ろしいものとして描いてきた。ただこの13話、嘘は少し違った姿を見せている。

今回の事件で鴉夜は、真犯人がノラであることは言い当てたがその動機については推理を誤っていた。ノラは人間と人狼の村それぞれで少女を殺していたのではなく、さらった人間の少女の亡骸を身代わりに人狼の少女達を村から逃していたのだ。彼女の動機は復讐ではなく女性の人狼を”品種改良”のための配合の道具として扱う人狼村の因習から自身や少女を逃がすことにあり、嘘もまた憎悪や諍いではなく人助けのため用いられていたのである。

 

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アリス「詐欺師が……」
アレイスター「魔術師と呼んでください」

 

詐術を魔術と言い張る夜宴のアレイスター・クロウリーのような者もいるが、白を黒に見せたりあるいは逆をやる嘘にはもともと一つの可能性が秘められている。それは本来越えられないはずの境界線を越える力だ。例えば敵でしかないはずの相手に抱いてしまう親愛の情であるとか、復讐の権利を持つ者と加害者が協力し合う姿であるとか……そもそもがこの事件は、人狼の少女が母と共に焼き殺されたという嘘から始まったものであった。

 

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ノラ「ルイーゼは全然嫌がらなかった。あなたにはその権利があるし、復讐なら応援するって言ってくれた。ルイーゼも自分の村にうんざりしていた。……信じてもらえないかもしれないけれど」

鴉夜「信じるよ」

 

嘘には夢がある。ノラはルイーゼが協力的だった理由として贖罪意識ではなく村へのうんざりした思いを挙げているが、厄介者から一転して守り神や英雄として崇められても彼女の心は満たされていなかったのだ。とはいえ、足の悪いルイーゼが村から出て自活することはこの時代では到底考えられない。彼女は自分とよく似たユッテが、ノラが同じく閉鎖的な村から出ていこうとする姿に自分を重ねて夢を見たのかもしれない。

 

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ノラ「津軽、あなた馬鹿じゃないの?」

津軽「こいつはどうも。馬鹿をやるのが仕事でして」

 

また、嘘は現実的なものではない。人狼村の村長レギ婆は究極の人狼・キンズフューラーがノラによってあと一歩のところまで来ていると考えていたが、津軽は「どんなに強い犬でも体から水を払う瞬間は無防備」という理屈で彼女を捕えてしまった。人狼の神とすら考えられてきた存在の実際は、しょせん夢物語でしかなかった。

 

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ノラ「犯人は私よ」
鴉夜「でも動機は復讐じゃなかった。君は人狼の少女達を逃したんだ」

 

そして、嘘は人の想像を超えるものである。鴉夜はノラが事件を起こした動機の推理を間違えていたが、それはおそらく文字通り彼女の想像を超えていたからだ。事件を経ても人間の村も人狼の村も何も変わらないだろうと想像するほどたくさんの出来事を見てきた彼女にとって、目的が復讐ではなく自身や少女の解放などというのは現実的とは思えなかったのだろう。生まれにしても8年前の事件にしてもあまりに重い過去を背負った少女がそれに押しつぶされなかったことはまさしく嘘のような出来事だ。途方もなくにわかには信じがたく、しかし見た者に夢を持たせるのもまた嘘なのである。

 

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ノラ「さよなら静句。もしまた会えたら、お茶の淹れ方を教えて」
静句「……はい」

 

私達は嘘に、存在しないと分かっているものに願いを託す生き物である。だが本作の世界は嘘のはずの怪物の存在する世界であるが、現実の存在となっている彼らの姿はあまりに窮屈だ。迫害される一方で自身も旧弊を抱え、けして小さなユートピアに生きる善男善女というわけではない。その姿はマジョリティが並べ立てるマイノリティの瑕疵のようでもある。だがそんな中で、人にも人狼にも染まりきれなかったよそ者のノラは逆にそのどちらからも自由になった。狙ったわけではないが憎しみを超えて人との協力関係すら結んだ。人間の少女を始めとした犠牲を生んだ点で完璧ではないが、彼女がキンズフューラーに近いとすればそれは犬の弱点を克服できない肉体などではなくその精神性にこそあるのだろう。

ノラは怪物が実在するがゆえに「怪物」なき本作の世界でもっとも「怪物」に近い者であり、すなわち嘘の――虚構の存在である。そんな者は一つ所に留まっていたり、誰かの手元に留められるべきではない。ひょっとしたら世界のどこかにいるのではないかと、ほんのわずか期待できるくらいがちょうどいい。

 

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

本作のラストを飾る13話のタイトルは「犯人の名前」であった。この壮大な事件を起こした彼女はユッテであるか、ノラであるか、それともルイーゼであるか。その過去を全て統合できるのはおそらくノラの名であるが、私はそこに一つの嘘を見る。単なる一人の少女に留まらない、託された願いを見る。

人間も人狼も捨てられぬ愚かさから逃れた犯人とは、何よりも希望という名の嘘ではないかと思えてならないのだ。

 

 

感想

というわけでアンファルの最終回13話レビューでした。日付は変わってしまいましたが、金曜夜まで持ち越さずに済んでホッとしました。犯人の動機が本当に意外で、不思議な味わいの決着だったなと思います。レビューを書くにあたっては自分を上手く作品に合わせられなかった感が強く(*1)、まだまだ力不足なのを感じる視聴時間となりましたが良い経験をさせてもらえたと思います。楽しかった。

ドラキュラも名探偵も、そして主人公すら愚かさから逃れられない。それでも。スタッフの皆様、お疲れ様でした。

 

 

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*1:結局ラストの「ヤッホー」については上手く書けなかった。敵味方を超えて届く遠吠えという感はあるのですが、鴉夜の鳥籠の掛け布が浮き上がってくるところとかどう受け止めたらいいのだろう