不完全な怪物ーー「アンデッドガール・マーダーファルス」8話レビュー&感想

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

ユーモアを忘れぬ「アンデッドガール・マーダーファルス」。8話ではダイヤ争奪戦の決着がつく。思わぬ終わりから見えるのは怪物の条件である。

 

 

アンデッドガール・マーダーファルス 第8話「夜宴」

undeadgirl.jp

 

 

1.完全な怪物

人狼の隠れ里が記されているというブラックダイヤ「最後から二番目の夜」を巡る戦いは佳境を迎えていた。津軽はルパンと共闘して保険組合のレイノルドを退けようとするが……?

 

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ジャック「今の仲間からはジャックと呼ばれている」

 

夜を舞台に描かれる「アンデッドガール・マーダーファルス」第二章ダイヤ争奪戦だが、今回は一人の恐ろしい人物が登場する。切り裂きジャックーー純然たる連続殺人犯でありながら、その残忍な手口と正体が不明なことからホラーの領域に名を残す男。モリアーティ教授率いる一党でも最強と思われる彼が大暴れするのがこの8話であり、その強さは圧倒的だ。

 

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前回は超人的な身体能力を誇るロイス保険組合のエージェントやモリアーティ教授達によって探偵(ホームズ)vs怪盗(ルパン)のミステリーが破壊され、怪物である主人公の鴉夜や津軽によって再生される話であったが、そこには奇妙な均衡もあった。ルパン、津軽、レイノルドの3人がそれぞれの強みを生かして戦う一方、ダイヤが誰の手にも収まっていなかったのがその証明だろう。だがジャックはその三すくみを一蹴する。保険組合のもう一人のエージェントであるファティマの肉体を指で文字通り「切り裂き」、頭上からオルガンを落とされても起き上がれるレイノルドを一撃で戦闘不能にし、吸血鬼を一ひねりできるはずの津軽すら相手にならない……早々に逃げ出したルパンは「あんな怪物から取り返せるはずないだろう」と部下であるファントムに語っているが、これは言い得て妙だろう。人間に絶滅させられそうになっている本作の吸血鬼や鬼はもはや人間にとってそこまで恐怖の対象ではないが、怪物とは本来人間の手に負えない恐ろしいもの。ルパンの言う「こんな怪物」とはすなわち、怪物を超えた怪物にして本来の意味を取り戻した怪物に他ならない。

 

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ワトソン「おたくの組織には今、人間の体に不死の免疫力と鬼の攻撃力、吸血鬼の再生能力を混ぜ合わせた弱点のない怪物がいる……」

 

ジャックこそは本来の怪物である。そのことは、モリアーティ教授が語る彼の強さの秘密からも明らかだ。ジャックは津軽を始めとした人体実験から得られたデータを元に適切な配分で鬼の細胞を移植された「鬼混じり」の完成形であり、更には吸血鬼や「不死」たる鴉夜の細胞まで混ぜられ高い再生能力はおろか十字架や銀への耐性すら持っている。彼は怪物の長所だけを選りすぐった人造のキメラなのであり、そんな彼がドワーフの作ったブラックダイヤを「作り物だから美しい」と評するのには一定の説得力がある。ジャックはこの時、自分こそが争奪戦の中心たるダイヤの、物語の決定権の所有者に相応しいと宣言していると言えるだろう。探偵も怪盗も保険屋も寄せ付けない彼は、確かに場を好き放題に支配しているーーだが、それは本当に決定権を所有していると言えるのだろうか。

 

 

2.不完全な怪物

ジャックの強さは怪物を越えた怪物であるが、だからといって彼がダイヤの所有者に相応しいわけではない。それを考えるために、ジャックと津軽とは別の場所で行われた2つの戦いを取り上げたい。

 

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ホームズ「魔術には代償が必要だ。初歩だよ、アレイスター君」

 

1つ目はホームズと教授の部下の1人アレイスター・クロウリーの戦いである。アレイスターの針を飛ばす攻撃にホームズは苦戦を強いられるが、逆転の一手となったのはなんとホームズに弾き飛ばされアレイスター自身に刺さった針であった。毒物、薬物を含み本物の魔術にすら見えるこの針は確かに強力な武器だが、それが刺されば死の危機に瀕するのは使い手も同様だ。当然ながらアレイスターは解毒剤を用意してはいたが、彼の弱点はもっとも身近なところにあった*1

 

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2つ目は鴉夜の従者である静句と、同じく教授の一党であるカーミラとの戦いだ。カーミラは吸血鬼故の高い身体能力と再生能力に加え体液に含まれる媚毒で相手を虜にしてしまう力を持っており、静句もそのせいでおよそ戦闘など不可能な状態に陥ってしまう。こうなれば勝敗は決し後は「食事」するだけ、と考えていたカーミラはしかし思わぬ反撃を食った。彼女は前回このフォッグ邸の警備に当たっていたレストレード警部の持つ十字架を切り落としていたが、静句は咄嗟にそれを拾いカーミラの脇腹に突き立てたのである。俊敏にして仕込み刀で戦う彼女が小さな十字架に刺されるなど本来ならありえないが、吸血鬼にとって至福であるはずの吸血の瞬間にこそ隙は潜んでいた。

 

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鴉夜「お前というやつは……」
津軽「えっへへへ。育ちが悪いもんで、つい手癖ってもんが」

 

アレイスターとカーミラの受けた痛撃が示すように、強みは常に強みであるとは限らない。静句がカーミラに言われたように長柄の武器は小回りがきかないし、ホームズがルパンに騙されたように知恵はかえって目を曇らせもするものだ。ならば、怪物の長所だけを選りすぐったキメラであろうとその強弱の反転から逃れることはできない。ジャックは津軽を退け悠々とフォッグ邸を後にしたが、教授達にダイヤを披露しようとした彼が気付いたのは、津軽は最初に仕掛けた際に攻撃を外したように見せかけてダイヤを失敬していたことーー自分がすっかり騙されていた事実であった。
振り返ってみれば、ジャックは悪い意味で完璧な存在でもある。怪物嫌いのレイノルドにしてもその度の過ぎた潔癖症にはかわいげがあったが、登場してまずダイヤを確保し躊躇いなくファティマを殺害するこの男には一切の愛嬌がない。長所だけを集めたキメラ故の完璧さはここにも反映されているわけだが、しかし完勝したはずの津軽に実はすっかりコケにされていたのが明らかになった瞬間に彼の完璧さは反転してしまった。最強の怪物は一転してこの8話最大の間抜けに、つまり<笑劇>の対象になったのだ。これこそ津軽の「鬼殺し」の真髄であろう。

 

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鴉夜「お前は鬼殺しだろう? お前の持ち芸じゃないか」

津軽「こりゃ一本取られました」

 

強みは常に強みではなく時に弱みになり、逆に弱みこそが強みになる場合もある。ホームズとルパンの腹の探り合いからも言えるように、探偵には怪盗の、怪盗には探偵の素質がある。世の全ては裏返しになる可能性を秘めており、重要なのはその表裏を自覚し己のものとすることだ。例えば一般的なミステリーを崩壊させてしまう怪物であるはずの鴉夜達が、逆に怪物だからこそのミステリーとして本作を成立させているように。その点で、ブラックダイヤを「盗んで」「守った」鳥籠使い一行こそはやはり宝石の真の所有者にーー物語の決定権を持つ主人公にーー相応しい。
完璧な存在は怪物ではない。不完全であればこそ、鴉夜と津軽は本当の意味で怪物なのである。

 

感想

というわけでアンファルの8話レビューでした。ファ、ファティマが……! 画面外できっとたいそう残酷なこともしてきたと思うのですが、こんな無惨な死に方をするとは思いもせず。探偵と怪盗に代表される対照性を上手く落とし込んだ内容で、考えてみると喋る生首である輪堂鴉夜はミロのヴィーナスみたいなものなのかもしれません。
ルパンが盗めなかった宝石を盗みホームズが解けなかった暗号を解き、鳥籠使い大勝利といった結末でした。さてさて、人狼の隠れ里に行くのであろう第三章ではどんなお話が待っているのでしょう?

 

 

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*1:魔術には代償が必要というホームズの台詞は、模倣であっても魔術のいいとこどりは許されないよという諧謔である