かくてダイヤは転がれりーー「アンデッドガール・マーダーファルス」7話レビュー&感想

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

混迷の「アンデッドガール・マーダーファルス」。7話ではホームズとルパンのブラックダイヤ争奪戦が終わりを告げる。四つ巴の戦いの今、ダイヤは誰の手にもない。

 

 

アンデッドガール・マーダーファルス 第7話「混戦遊戯」

undeadgirl.jp

 

1.ホームズvsルパンの終わり

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人狼の隠れ里が記されたブラックダイヤ「最後から二番目の夜」とその金庫を盗むため、固く閉ざされた「余罪の間」に堀から水を流し込む奇策に出たルパン。ホームズ達はどうにか脱出に成功するが、ダイヤと金庫はいつの間にか消えてしまっており……
ミステリーにしてミステリーにあらざる「アンデッドガール・マーダーファルス」。第二章であるダイヤ争奪編は探偵と怪盗の代名詞であるホームズvsルパンから幕を開けているが、怪物が登場する本作において彼らの対決は物語の中心にはない。実際、探偵と怪盗の二項対立はこの7話の前半も済まない内に終わりを告げている。

 

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ルパン「さて、この場合どちらの勝利になるのかな?」

 

鉄人フィリアス・フォッグの所有するブラックダイヤとドワーフが作った金庫を盗むため、ルパンが講じた策は実に巧妙だった。事前に変装してホームズを訪ねることで彼の意識を鍵に集中させ、地下の余罪の間に通気口から堀の水を流し込んで度肝を抜く。更には訪問時より手の込んだ変装をすることで自分が護衛の一人ガニマール警部に化けているとは思わせないようにし、水とともに余罪の間に垂らされたロープにどさくさに紛れて金庫をくくりつけて部下のファントムに回収させる……名探偵の意識すらまんまと欺いてしまう、鮮やかな手口。一方のホームズもルパンが完璧と自負していた変装を足音の軽さから見抜き、ダイヤを実は金庫ではなく刻みたばこの箱に移しておいたことを明かすなど、劣勢ながらけしてやられる一方ではない。

 

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ホームズ「土壇場でこんな手とは……!」

 

ルパンは結局はダイヤも盗んで逃げてしまうが、そのために煙幕を使わざるを得なかったのは失点である。合流したファントムが「あれだけ色々計画しておいて」と呆れるように、煙幕には怪盗が見せるべきドラマ性が無い。正体を見抜かれて進退窮まった状況=敗北が決定的な場面を仕切り直すため使われるのがせいぜいの最後の手段……怪盗が煙幕を使うのは「また会おう、明智くん!」と発言するに等しいと言ったらミステリー愛好家から不勉強を叱られるだろうか?*1 ともあれ、ルパンが煙幕を使ったことは第二章における一般的な探偵vs怪盗のフェイズの終了を意味する。そして、次のフェイズのための布石はホームズとルパンの対決の間にも”穿たれて”いる。

 

2.ぶち壊しのミステリー

探偵と怪盗の対決は7話で終わりを告げている。だが、次のフェイズの用意は既にルパンとホームズが知恵比べをしている内に既に仕込まれている。分かりやすいのは表向きはブラックダイヤの保護を謳いながら実際は怪物撲滅のためそれを奪取しに来ているロイズ保険組合のエージェント、ファティマ・ダブルダーツの存在だ。

 

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狂信的な怪物廃絶主義者にして高い戦闘能力を持つという触れ込みに反して大人しさが目立っていたファティマは今回、意外な形でその強さの一端を見せる。なんと彼女は両腕にクロスボウを装備しており、それを穿つことで余罪の間の壁をあっさりと破壊してしまったのだ。これはフォッグ達の脱出のための行為だから責められる謂れは無いのだが、しかし考えてみてほしい。余罪の間はさっきまで「誰も侵入できない」はずだったのだ。4人がかりでなければ開かない扉、加えてホームズがルパン対策で鍵を破壊したため内部の人間も翌朝腕のいい鍵師が開けるまで半日は食事ができないと覚悟しなければならなかった閉ざされた場所……だから余罪の間は怪盗がどうやって宝を盗むかのドラマチックな舞台たり得た。それが特注とは言えクロスボウを何発も撃ち込めば壁を壊して出入りできるなどと言われては探偵も怪盗も立つ瀬がない。ファティマは壁と同時に一般的なミステリーをぶち壊しにしてしまっている。

 

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人ならざる力を持つ存在は、ミステリーをぶち壊しにする。この究極は、満を持して登場するモリアーティ教授率いる第四勢力だ。彼らは一瞬の内に人を細切れにしてしまったり、拳銃で急所を撃たれても死なない超常的な身体能力を持っている。フォッグの屋敷には盗難に備えて100人からの人間が詰めていたが、背後から大勢に囲まれ手を上げるよう言われた次の瞬間に相手の首を落とせてしまうような相手に対して常人が100人いたところで何の意味があるだろうか? 警備の厳重さはルパン相手ならいかに突破するかというミステリー要素の一つを担えていたが、教授達からすればそんなものはカカシも同然に過ぎない。だが、怪物がいてはミステリーが成立しないかと言えばそれも誤りだ。ホームズとルパンの対決が終わりを告げる中、本作はもう一つのミステリーの存在を明かしている。

 

3.かくてダイヤは転がれり

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ホームズとルパンの対決に続く、もう一つのミステリー。それはけして唐突に現れたわけではなく、むしろ最初から本作の中央に鎮座している。主人公である不死にして生首の探偵・輪堂鴉夜によるミステリーだ。彼女は第二章の始まりとなる5話のラストで、ルパン対策を一つ思いついたと口にしていた。ヒントは石川五右衛門、そして6話で助手の津軽が口にした落語の演目「釜泥」……そう、探偵と怪盗の対決にばかり目を奪われがちだが、本作は鴉夜がどんな対策を考えたかというミステリーを初期から提示していたのだった。

 

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津軽「落とし噺。釜泥という一席でございました」

 

鴉夜の考えた対策。それは驚くべきものだった。ホームズがブラックダイヤを金庫から移しているのを目ざとく見抜いた彼女は、生首の自分が代わりに金庫に入ることを提案。金庫を盗んだファントムとダイヤを盗んだルパンが合流したところで内側から金庫の扉を開けて叫び、声を聞きつけた津軽二人に追いつかせるというのだから並大抵の発想ではない。釜泥を語りながら津軽が塔を飛び降りてくるダイナミックな動きもあって種明かしはなんとも痛快だが、物語におけるこの対策はルパンのお株を奪っているところにその面白みがある。

 

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鴉夜「あの時君は、パリの新聞記者が私だと思い込んだ。つまり普通の肉体を持った人間だと」

 

ルパンはホームズと接触した際に巧みに先入観を植え付けその行動を操ったが、鴉夜がルパンに仕掛けたのもまた先入観の植え付けであった。前回偶然邂逅した際、鳥籠に入った生首がレースで隠れて見えないのを利用してその場にいた記者の少女アニー(当然ながら五体のある普通の人間である)を鴉夜だと誤認させたのだ。加えて津軽がわざと勝負を挑んで負けたことで、ルパンは「鳥籠使い」一行はただの雑魚だと高をくくってしまった。ホームズとの対決の際にその名を全く口にしなかったことからも、彼は鴉夜達の存在を全く警戒していなかったのだろう。更に言えば下方にいる鴉夜が手助けして上方の津軽に飛び込ませる構図はルパンが下方で金庫をくくりつけて上方のファントムに引き上げさせた手口に似た点があり、この点でも鴉夜のやり口はルパンのお株を奪って、いや”盗んで”いる。

 

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狙ったわけではないだろうが、鴉夜のやり口はルパンのミステリーを上書きしている。ただ、異なるのはこれがルパン達には実行不可能な点だろう。生首だけの鴉夜以外には金庫に入ることなどできないし、鬼の混じった肉体の持ち主である津軽でなければ塔から目的地まで飛び降りても死ぬだけだ。すなわち彼らはモリアーティ教授達と逆に、その怪物性をミステリーの破壊ではなく再生に用いているのである。鴉夜は後に教授の部下であるアレイスター・クロウリーと出会った際に「私も名探偵だよ」と答えているが、彼女は確かにホームズとはまた異なる名探偵の資格を備えていると言えるだろう。

 

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ルパン「はははははは!」

 

ロイズ保険組合の暗躍、そしてモリアーティ教授達の来襲。血まみれのフォッグの屋敷はすっかり活劇に移行してしまっている。だが、だからと言ってただの人間の出番がないかと言えばそれも正確ではない。ルパンは紳士的なスマートさを脱ぎ捨てコミカルでしたたかな男へと「装いを変える」ことで津軽やもう一人のエージェントであるレイノルドと渡り合うし、ホームズはその洞察力でアレイスターが魔術と称する攻撃が超人的ではあるが単なる指弾に過ぎないことを看破している。彼らはけして超常の存在を引き立てるための噛ませ犬などではく、その手にはまだダイヤを掴む資格が残されている。

 

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私は5話のレビューにおいて、ブラックダイヤは宝石である以上に本作がどんな物語かの決定権を仮託されていると見立てた。ならば混沌の只中のこの7話が、ダイヤを手にする者がいない状況で次回に続くのは必然だろう。争奪戦はまさしく佳境にあり、まだ何者が持つべき状況にもないのだから。
探偵、怪盗、怪物、超人。フォッグの手にあったブラックダイヤはいまや、誰かの手に渡る時を待ちながら転がっているのである。

 

感想

というわけでアンファルの7話レビューでした。予想していたガニマール警部への変装がすぐバレておや?と思ってたら金庫の中から鴉夜が出てきてびっくり。レビューを書くにあたっては5回やそこらは毎回見直すのですが、ルパンがアニーを鴉夜と見間違えている可能性には全く思い至りませんでした。この状況になるとルパンやホームズの奮闘に期待したくなってきますね。第二章がどういう収拾をつけることになるのか、次回が非常に楽しみです。

 

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ルパン達にタオルを渡していたメイドさんカーミラの毒牙にやられてしまうのだなあ。素晴らしきヒィッツカラルドみたいな指パッチン他で殺される人達もそうだが、凄惨。

 

 

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*1:実際、全然詳しくないので印象で書いております