真打は遅れてやってくるーー「アンデッドガール・マーダーファルス」4話レビュー&感想

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

日の出と日没の「アンデッドガール・マーダーファルス」。4話では事件の全貌が明かされる。副題の通り、今回は真打を巡るお話である。

 

 

アンデッドガール・マーダーファルス 第4話「真打登場」

ハンナ・ゴダールを殺害した犯人が分かったと、ゴダール家の面々と使用人を呼び集める鴉夜。そして一つ一つ疑問を解消しながら謎を解いていき犯人を絞っていく。この滑稽で悲惨なファルスめいた事件の犯人とは一体―――。

公式サイトあらすじより)

 

1.トリックの真打

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人類親和派の吸血鬼ゴダール卿の妻が何者かに殺害された事件、解決のため招かれた生首の探偵・輪堂鴉夜はなんと一晩の内に真相を解き明かしてしまう。真犯人はゴダール卿の次男ラウールで、彼は凶器が銀の杭だと皆に思わせることで自分のアリバイを確保していた、つまり時間差のトリックを用いていたわけだがーーこの4話の面白いところは劇中の展開そのものにも時間差が活用されている点だろう。今回の種明かしは二段仕掛けなのである。

 

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鴉夜「犯人は聖水を凍らせて氷の杭を作ったんです」

 

最初に明かされたのは、ゴダール卿の妻ハンナの殺害に使われたのは倉庫にあった銀の杭ではなかったという驚きの事実であった。ラウールは銀の杭が入れられていた袋に満たした聖水を凍らせて同じサイズの杭を作成、銀の杭での殺害を装うことで犯行時間を誤認させていたのだ。だが、考えてみるとこれは怪物の登場する本作のトリックとしてはいささか弱い。聖水は確かに吸血鬼殺しとして分かりやすいしその際の高熱ですぐ解ける説明に使われているが、殺人事件での氷の利用自体はそこまで珍しいものではない。「金田一少年の事件簿」を読んだ世代なら雪夜叉伝説殺人事件あたりを思い出した人もいるのではないだろうか。だが、その欠点はややあって明かされたもう一つのトリックの前にかき消されてしまう。

 

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鴉夜「普通の人間であれば考えられない行為ですが、彼は吸血鬼だった。犯人はこの方法によって短時間で傷を消すことが可能だったのです」

 

鴉夜が犯人の特定で悩んだ一つの理由には、吸血鬼達の手が全員きれいなことにあった。銀の杭には(凶器と偽装するためかけた)血の上から指で触った跡が残されていたがゴダール卿の一族の手はみなきれいなもの。吸血鬼は銀に触れれば1週間は治らない火傷を負うのになぜ?という、この種明かしにこそ本作の設定は活かされている。「傷が消えないなら切り落として根本から生やし直せばいい」……ラウールはなんと自室に飾られていた剣で自分の指を切断、吸血鬼の再生能力で火傷のない手を新たに生やしていたわけだが、ゴダール卿の使用人ジゼルが思わず目を背けてしまうようにこれが人間には不可能なのは言うまでもない。そう、これは本作のような作品でしか成立しないトリックである。怪物のいる世界のミステリーとしての本作の説得力は二段仕掛けによって、時間差で姿を現していると言えるだろう。例えるなら、このトリックは遅れてやってきた”真打”である。

 

2.怪物の真打はいずこ

この4話には時間差が活かされている。真打は遅れてやってくる。そう考えると、その名に”真打”を背負った鴉夜の助手、津軽の振る舞いは象徴的である。

 

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津軽「一撃当てればピタリと殺す、文字の通りの必殺芸。殺せぬ怪物この世になし……いえいえお題は見てからで結構です。ただし、見た後生きていられたらのお話ですが」

 

犯行を暴かれたラウールは幼さの残る容貌から一転、牙をむき出しにして鴉夜に襲いかかる。窓を突き破って2階から落とされてもこともなげに着地し、その際の負傷はすぐに再生……怪物の面目躍如というところだが、だからといって彼は鴉夜達に何の危害も加えることはできなかった。ラウールの始末を1人引き受けた津軽がそれ以上に強かったからだ。上着や靴を脱いだその体には顔どころか全身に青い血の筋が走っており、身体能力は吸血鬼のはずのラウールの遥か上。鼻歌どころか噺家のように口上を並べながら吸血鬼を蹂躙していく男が人間であるわけがない。鬼と強引に一体化させられた津軽の体は怪物の再生能力を無効化する力を持つが、”鬼殺し”のあざなの真髄は物理に留まらず怪物を怪物でなくしてしまえるところにあるのだろう。怪物より遅れてやってくる、怪物に対する怪物。すなわち怪物の”真打”。

 

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ラウール「僕は……僕は他の奴らとは違うんだ」
津軽「あなたくらいの齢の子は、どいつもこいつもそんなことを言います。要するに皆同じです」

 

ラウールは言う。家族は吸血鬼としてあまりに軟弱だと。父は元は人間の母の言いなり、兄は口先ばかり。だが自分は彼らと違い気高く孤高の真の吸血鬼だ、僕こそは怪物なんだ……しかし津軽に言わせればそれは、幼い子供がみな抱く反抗期じみた考えに過ぎない。吸血鬼以上の強さを持つ相手の前ではラウールは肉体も精神も人間の子供と大差なく、怪物でありながら怪物たり得ずあっけなく命を落としてしまう。そんなところに怪物の”真打”は存在しないのである。

 

3.真打は遅れてやってくる

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ゴダール卿「私は……私はいったいどうすれば」

 

肉体が再生するだとか身体能力が優れているだとか、そんなところに怪物の真打は存在しない。実際、真犯人が発覚した後にゴダール卿の振る舞いはこれも人間と変わりないものだった。人間との共存を目指した妻の理想が息子に届かなかったことに呆然とし、不始末をしでかした息子を叱ることもできない。加えて事件の真相を公表すれば彼の名声は地に落ちる……いやほとんど死ぬことになるだろう。しかしそんな彼に鴉夜は別れ際、ささやかな励ましの言葉を贈る。何度だってやり直せばいい、自分達は死なない怪物なのだから……と。

 

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鴉夜「憂うことはありませんよゴダール卿。名声が地に落ちたってまた何度でもやり直せばいい。なにせ、私達は死なない怪物ですからね」

 

前回簡単に触れられたが、ゴダール卿が家族を失うのはこれが初めてではない。この地に落ち着くまでの長い年月、既に三度そのような目に遭ってきたのだという。劇中で津軽が引用する「二度あることは三度ある」のことわざが示すように、三度も同じことが続けば並の人間はうんざりだ。しかしそれにも関わらず彼は家族を立て直してきた。死ぬことなく蘇ってきた。その様は吸血鬼の体が傷を負っても再生するのと同じだ。そう、人間に迫害される側に落ちぶれた吸血鬼がそれでも死なない怪物でい続けられる真打があるとしたら、その所以は身体同様の不屈の精神にこそある。

 

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事件が終わり去ろうとする鴉夜がゴダール卿と語らうこの時間は夜明け前である。夜に生きる吸血鬼からすれば、夜明け前は私達の日没のように感じられる景色であろう。ゴダール卿の生もまた日が昇ろうと・・・・・・している。ただ、今回の事件では彼は家族の全てを失ってはいない。幼い末妹のシャルロッテを鬱陶しく感じている節もあった長男のクロードが彼女をあやしている姿から見えるように、きっと一族はこの深い傷からも再生していくことだろう。日はまた沈むものなのだから。そしてそれが彼ら家族に限ったものでないことは、新聞記者のアニーの取材に答えた際の津軽の答えからも言える。

 

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津軽「日本には二度あることは三度あるなんてことわざがありますが、ゴダール事件においてはそれさえも超えております。つまり『四度あることはゴダール』」
マルク「はい!」
津軽「ああ!」

 

「四度あることはゴダール」……妻に続いて息子の一人まで失った悲劇としか言いようのないこの事件について総括を求められ、津軽が繰り出すダジャレはあまりにバカバカしい。ほとんど不謹慎ですらあって、先に馬車に乗った鴉夜とメイドの静句に置いていかれるのもやむ無しの滑稽さだ。けれど、くだらない笑いもなしに終わるにはこの事件はあまりに救いがない。そんなものはファルス<笑劇>とは言えない。太陽が日没と日の出を繰り返すように、悲劇と笑劇もまた繰り返されなければならない。

 

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かくも悲しみと笑いに満ちていたこの事件この事件はしかし、鴉夜達ではなく彼ら同様馬車に乗る老人と一行を描いて幕を下ろす。怪盗ルパンのニュースを歯牙にもかけないその男は、津軽の肉体を改造し鴉夜の首から下を奪った宿敵。教授と名乗るこの人物はなんと、鴉夜達が招かれる少し前にーーつまり時間差でーーゴダール卿の城を訪れていた。
宿敵も理想の実像も、化け物の所以も、悲劇も笑劇も。真打とは遅れてやってくるものなのだ。

 

感想

というわけでアンファルの4話レビューでした。レビュー中では触れませんでしたが、静句が鴉夜の指示を後で思い出して津軽をぶん殴ろうとしたところなどから書いていくとこんな感じになりました。前回のレビューを改めて考えるなら、内部(家族内)でも外部(警察)でも解決できなかった事件とは言えるのかなあ(8/1追記、肉体(外側)の化け物さと精神(内側)の化け物さの違いの方がフィットしそう)。うーん、まだまだ作品に私が馴染めていない。でも、とても面白いです。最後は津軽にほとんど怯えんばかりだったラウールが自業自得とはいえかわいそうで、事件のような形で暴発することなく昇華できれば良かったのになと思いました。


さてさて、名前が出てきたということは次回はルパンの出番があるのかな。彼は怪物というわけではないでしょうし、今回とはまた違った展開が楽しめそうです。

 

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