ブラックダイヤの秘密ーー「アンデッドガール・マーダーファルス」5話レビュー&感想

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

「アンデッドガール・マーダーファルス」5話ではロンドンで多くの人々が入り乱れる。探偵が対立する第二章「ダイヤ争奪編」で争奪されるのは、ダイヤであってダイヤではない。

 

 

アンデッドガール・マーダーファルス 第5話「倫敦の不死者」

1899年、ロンドン。鉄人フォッグの元に、若き大怪盗アルセーヌ・ルパンから人工ブラックダイヤ<最後から二番目の夜>を狙うと予告状が届き、二人の探偵に依頼が舞い込む。それは世界最高の探偵シャーロック・ホームズと、鴉夜たち<鳥籠使い>一行で―――。

公式サイトあらすじより)

 

 

1.仲の悪い探偵

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フランス東部の陰惨な吸血鬼殺人事件を終え、今回から第二章の始まる「アンデッドガール・マーダーファルス」だが、ロンドンという都会を象徴するようにその内容は華やかだ。「八十日間世界一周」のフィリアス・フォッグの持つ宝石を盗むと怪盗アルセーヌ・ルパンから予告状が届き、彼に付き従う「オペラ座の怪人」のエリック。そしてこれに対するはもちろんイギリス生まれの名探偵シャーロック・ホームズ……見る者の期待を煽らずにはおかない、豪華絢爛という言葉がぴったりの面々である。ただ、主人公の生首探偵・鴉夜達を加えた実際の布陣は必ずしもドリームタッグとは言えない。ホームズと鴉夜の仲が非常に悪いのだ。

 

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ホームズ「正しいご判断ですが、探偵二人は雇い過ぎかもしれませんね」
鴉夜「そう、私一人で十分」

 

鴉夜もホームズも共にフォッグから依頼を受けた身ではあるが、彼らの間柄は協力関係とは言い難い。共に探偵は自分ひとりで十分と自負し、生首では戦力になるかどうかと疑問視するホームズと頭さえあれば探偵の仕事はできる返す鴉夜の間には見えない火花がバチバチと散っていて、本来捕縛すべきルパンの存在はどこかへ行ってしまったのではと思えるほど。
こうまで二人が対立している理由は、一つには出会いが最悪だったことが挙げられるだろう。鴉夜達はロンドンで(おそらく鴉夜の体を奪った男を探すため)ステッキの店の顧客名簿を盗み、ホームズはそれを止めようとしたがどちらも不審人物として警察に捕縛されてしまった*1。誤解はすぐに解けたがとばっちりと言う他なく、これで好感を持てという方に無理がある。……ただ、彼らが相容れない理由はそれだけではない。

 

2.泥棒以上の泥棒

鴉夜とホームズはなぜ相容れないのか? それを考えるためには、話を一度5話の始まりに戻さなければならない。

 

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エリック「なぜ私をさらった?」
ルパン「『盗んだ』。ルビーのついでだ」

 

今回の話の始まりを告げるのは、「オペラ座の怪人」のエリックの目覚めだ。ぼんやりとした意識の中で彼は、己のただれた右顔を隠すための仮面を目にすると共に自分が後ろ手に縛られていることを理解する。犯人は怪盗アルセーヌ・ルパン……だが彼はエリックをさらったとは言わない。ルパンに言わせれば宝石もオペラ座の怪人も自分が所有すべきものであり、これはいつもと同じように「盗んだ」に過ぎない。

 

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ルパンの言葉には、「盗む」のが目に見えるものとは限らないことが示唆されている。「ルパン三世 カリオストロの城」の「ヤツはとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」という台詞はあまりに有名だし、そこまでロマンチックにならずとも目に見えない盗みは世にありふれているものだ。論文の盗用、名誉の盗用、尊厳の強奪……そうした盗みの中には法に触れるものもあれば触れないものもある。後者の最たる例は「役割の泥棒」だ。

 

「役割の泥棒」として分かりやすいのは発展を続ける科学技術であろう。自動改札であるとかタブレットによる注文であるとか、かつては人力でする他なかった行為が機械に担われていくケースは数え切れないほど多くある。ただ、役割の泥棒とはそのように抗いがたい絶対的なものとは限らない。資格を持っている人間が一人から二人に増えるだとかいったことでも「役割の泥棒」は生まれるし、それは物語の中でだって起きることがある。立場や行動が被ってしまうためキャラクターの影が薄くなってしまう、というパターンだ。

 

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ホームズ「密輸品だ。陶製の美術品」
鴉夜「なぜ分かります?」
ホームズ「二人共、爪におがくずのかけらが……」
鴉夜「ガラス製かもしれないぞ?」
ホームズ「そこまで脆い品なら鞄なんぞに入れない。どうだい君達、陶器で合ってるだろう?」

 

立場や行動の重複は「役割の泥棒」の原因になる。そう考えた時、鴉夜とホームズの対立は必然だ。事件を解決する究極的なひらめきを見せる「探偵」は物語に一人しか存在できない以上、彼らはどちらかが噛ませ犬にならざるを得ない。事実、千年近い時を生きる鴉夜の頭のキレはホームズに匹敵するものだ。今回もホームズと一緒に放り込まれた馬車の中で指の関節に着目した名推理を見せているが、3話で言われたようにこれはホームズがふだん見せる類のそれである。鴉夜には分からなかった盗品の正体を指摘してホームズは格を保ったが、この時二人の内心にはメラメラと対抗意識が燃え上がったことだろう。鴉夜とホームズは互いが互いにとって「役割の泥棒」になり得る商売敵なのであり、しかも更にややこしいことに本作は通常のミステリーではない。

 

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ホームズ「ダイヤを守るのは警備員20人とヤードの警官が80人、僕とワトソン君に鳥籠使いが3人。レストレード警部と君とフォッグ氏合わせて108人か」
津軽「煩悩の数たあ縁起悪い。ちょいと増やすか減らすかしませんか?」
パスパルトゥー「明日にはフランスからガニマール警部が見えるそうです。それとあと2人、ロイズの諮問警備部がエージェントを派遣してくださるそうです」

 

通常のホームズが主人公の作品ではないのを考慮しても、この第二章の登場人物はほとんど過積載だ。警部はロンドンのレストレードに加えてルパンを追うガニマールまで登場予定、ロイズ保険組合なる組織からレイノルドとファティマの二人のエージェントが派遣され、更には鴉夜の首から下を奪った教授なる男の一党まで戦列に加わろうとしている。ホームズが指摘するように盗みには変装が利用される可能性があり、すなわち誰が誰の役割を変装しているかーー役割の泥棒を狙っているかーー分かったものではない。まして怪物が実在する本作においてはフォッグの宝石「最後から二番目の夜」の怪物関連のいわくはただの伝説に留まらないし、馬車での推理では一歩譲ってもこの点では鴉夜はホームズに勝る知見を持っているのだ*2。この第二章がどう転ぶか、つまりどんな内容になるか現時点で予想できる原作未読者は誰もいまい。

 

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鴉夜とホームズの対立は、互いが互いにとって「役割の泥棒」になり得る商売敵の必然である。そして本作は同時に、誰がどの役割を獲得するかで物語の様相が変わる万華鏡のような代物だ。万華鏡の決定権はある意味で「最後から二番目の夜」と呼ばれるブラックダイヤ以上に唯一無二のものであり、その争奪には実は探偵だとか怪物だとかいった社会的な役割は関係ない。鴉夜が教授を追うため盗みに手を染めたように、決定権を手中に収めようとする者はすなわち誰もが泥棒である。
第二章「ダイヤ争奪編」で争奪されるのはブラックダイヤのことであってブラックダイヤのことではない。物語の決定権こそは、登場人物全てを泥棒以上の泥棒にする唯一無二のダイヤなのだ

 

感想

というわけでアンファルの5話レビューでした。仕切り直しということもあって悩みましたが、鴉夜とホームズの対立から「役割の泥棒」が思い浮かび、書いていく内にブラックダイヤが何なのかという締めに。大人げないと言えば大人げない探偵二人ですが、好敵手の前ではそうなれるというのは<笑劇>らしい微笑ましさという気もします。ホームズの宿敵のはずのモリアーティ教授が怪物側になってる時点でだいぶ「盗まれてる」と言えますが、この第二章はどう落とし所をつけるんでしょうね。


事件自体はまだ起きていないにも関わらず、とてもスリリングな始まりでした。これが動き出したらどうなってしまうんでしょう……!?

 

 

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*1:このあたり、直前のホームズの「彼ら(警察)は僕ほど有能ではない」という台詞が裏書きされていて面白い

*2:宝石に彫られた言葉を解読する鴉夜へのホームズの苛立たしげな指の動き、そして得意げな鴉夜の顔ときたらもう