【ネタバレ】ワルの上限ーー「SAND LAND(サンドランド)」レビュー&感想

©バード・スタジオ/集英社 ©SAND LAND製作委員会

20年を経て鳥山明の一作を映像化した「SAND LAND(サンドランド)」。「悪魔よりワルだなんてゆるされるとおもうか?」のキャッチコピーは、伊達ではなく本作の根幹である。

 

 

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1.ベルゼブブの言葉は意味深

見渡す限り砂漠に覆われ、誰もが厳しい生活を強いられる世界。貴重品となった水は国王に独占され、老保安官ラオの村は困窮に喘いでいた。ラオは水源を探す旅に悪魔の協力を請い、王子ベルゼブブとお目付け役のシーフが同行するが……?
ドラゴンボール」で世界的な漫画家となった鳥山明は、同作の終了後にも何度か短編を週刊少年ジャンプで連載している。その内の一作を原作と同名で映像化したのが2023年公開の「SAND LAND(サンドランド)」であるわけだがーー予告で一番目を引くのは主人公・悪魔の王子の少年ベルゼブブのこの一言だろう。

 

「悪魔よりワルだなんてゆるされるとおもうか?」

 

悪魔の矜持を感じさせる、人間にはけして言えないこの台詞は実に洒落ている。ただ、本作は人間と悪魔が悪逆非道の知恵比べをする作品というわけではない。ベルゼブブが自慢する悪事とは例えば「夜更かしした上に歯も磨かずに寝る」だとか「ゲームを1日1時間以上やる」だとか、つまり不良気取りの子供の反抗程度のものだ。年齢こそ2,500歳だが背丈や思考は子供そのものなベルゼブブの考える悪事とは、まさしくカタカナ書きの「ワル」に過ぎないと言えよう。鳥山明らしい、なんともユーモラスで愛嬌に満ちたキャラクター造形……ただ、考えてみるとこの台詞は意味深だ。ベルゼブブの基準からすれば、現実に行われているような悪事はたいてい「悪魔よりワル」ということになってしまう。実際ベルゼブブは暴れることはあっても人を殺したりすることはなく、ラオがかつて戦争で人を殺したと聞いた時は驚きを隠せなかった。キャッチコピーともなっているベルゼブブの台詞は、ただ洒落ているだけでなく善悪の基準について問い直す意義を秘めているのである。

 

2.ワルの上限

悪魔よりワルだなんて許されない、しかし悪魔のワルとは夜更かしや歯磨きなしの入眠程度のことである。……この基準に則って振り返った時、人間の所業はあまりにも非道だ。国王は人々が生きるために欠かせない水を金儲けの道具にしているし、人々には禁止した飛行機を自分だけは独占運用(することで水源が見つからないようにしている)。国王を傀儡として操るゼウ大将軍に至ってはダムを作って川の水をせき止めてしまったり、水不足解消のための発明をしていたピッチ人を大量破壊兵器を開発しているとして滅亡させ、あまつさえその際の攻撃で自軍の反抗的な部下を一緒に始末させた過去すら明らかになるなど悪事の枚挙に暇がない。加えて物語が進むと共に明かされたのは、ラオの正体が実は伝説的な軍人・シバ将軍であり彼は自分の行いを正義と信じてピッチ人への攻撃を行っていたというあまりに重い事実であった。

 

人は純粋な正義や善にはなれない。それは劇中きっての人格者で正義感の強いラオですら悪魔の如き所業から無縁ではいられなかったことからも明らかだ。だが、ここで考えてみたい。「悪いこと」は本当に何もかもがしていけないことなのだろうか?
例えば私達は嘘をつく生き物であり、それはいけないことだと教わる。だが、元軍人であるラオは国王軍から戦車を奪ったりその戦車で見事な戦いぶりを見せるがその際には嘘が幾度も活用された。ヘアスプレーを毒ガスと偽って兵士を殺すことなく戦車から追い出したり、位置を誤認させて敵の隙を突いたり……
また、ベルゼブブは生活のため国王軍から水を盗んでいるが窃盗が悪事なのは言うまでもない。だが水がなければ死んでしまうのも確かだし、彼らは必要な分を奪うだけで国王のように金儲けをしているわけでもない。困っている人間を見れば分けてやるという、ほとんどお人好しとしか言えないこともしている。劇中では当初ラオたちに敵対していたアレ将軍がゼウ将軍の企みを知るに至って逆に援護のために様々に嘘をつく場面があるが、これらも悪いことではあるがしてはいけないことではーー「悪魔よりワル」と言われるようなことではあるまい。

 

人は悪事と無縁でいられない。しかしそれは悪を認識した上で一定の範囲に留められるべきものだ。かつてラオはピッチ人への攻撃をやむを得ない犠牲だと考え彼らを滅亡させたが、それは人殺しには変わりないし、真相としては純然たる悪事に過ぎなかった。悪ではないのだと、正当化しようとしたところに真の悪は潜んでいた。だから彼はゼウ大将軍と決着をつける際も、怒りに震えながらも彼を銃殺はしない。それが一定の範囲に留まる悪事でないことを、彼は自分のしでかしたあまりに大きな過ちによって知っている。もちろん改心する相手ばかりとは限らないのも事実で、ゼウ大将軍はやけくそとばかりに敵も味方も爆弾で吹き飛ばしてしまおうとするのだが、それを断罪すべきは人間ではない。悪魔よりワルなのを許さない者は、悪魔以外に存在し得ない。だからベルゼブブは「悪いと思いつつも」ラオとゼウ大将軍の対決に最後に横槍を入れて殴り飛ばし、彼を退場させてしまうのだ。

 

悪魔にしてワルの中のワルを自称するベルゼブブがするのは当然、悪いことだ。彼は自分の悪事を正当化などしない。「清濁併せ呑む」などと小難しい言葉もおそらく知らない。けれど悪事にもやっていいことと悪いことがあるという”悪魔的事実”をこの少年はよく知っている。誰よりもまっすぐでいい魂を持っているというラオの褒め言葉をベルゼブブは喜ばないが、きっとそれこそが悪魔の王子に必要な資質なのだろう。だから彼はワルの中のワルであり続けられる。

「悪魔よりワルだなんてゆるされるとおもうか?」……この言葉はすなわち、犯してはならぬ罪を私達に教えるワルの上限なのである。

 

感想

というわけで映画サンドランドのレビューでした。連載は読んでいたはずですがあまり記憶には残っておらず、公開の話を最初に知った時は「なぜ今になって?」と思ったものですが、戦車の描写を見ているとこれは確かに今の技術だからこそやる価値があるのだと感じました。物語としてもとてもあいまいな部分を注意深く扱っていて、犠牲の存在が今後どんどん軽くなっていくであろう世の中で心に留めておきたい内容であったと思います。

やんちゃ小僧にして悪魔の王子なベルゼブブを演じる田村睦心山路和弘の声から感じるラオの誠実さや苦悩、シーフ役のチョーの声が生み出す軽やかさ、とことん悪役を演じきった飛田展男のゼウ大将軍などキャスト陣もはまり役。夏休みにぴったりな、とてもワクワクする映画でした。

 

 

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