神はよそ者――「アンデッドガール・マーダーファルス」10話レビュー&感想

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

内と外の「アンデッドガール・マーダーファルス」。10話で鴉夜は村長に、犯人は村の中にいると思うか問う。「よそ者」は外から現れるとは限らない。

 

 

アンデッドガール・マーダーファルス 第10話「霧の窪地」

undeadgirl.jp

 

1.犯人の属性

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村長「(犯人がこの村にいるとは)思わん。狼が狼からしか生まれんように、人狼人狼からしか生まれん」

 

殺人事件の解決と引き換えに人狼の隠れ里への鍵となる「最後から二番目の夜」の使い方を教わる契約をホイレンドルフの村長に取り付けた鴉夜達。聞き取りを進める中で見えてきたものは……?

リアル人狼ゲームの様相を呈する「アンデッドガール・マーダーファルス」。事件についての鴉夜の推理は未だ語られていないが、今回重要なのは冒頭で彼女が村長に問うた点だ。「犯人はこの村の中にいると思いますか?」……村長の答えは否だ。狼が狼からしか生まれないように人狼人狼からしか生まれない。村人の大半はこの村で生まれ育って出自がはっきりしているから、犯人はよそ者以外ありえない。そして村に住む3人のよそ者はかつて人狼特有の五感の鋭さを利用したテストにも合格したから人間に違いない、と。

 

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村長「村人の多くは生まれも育ちもこの村だでな。怪しい者がいるとしたらよそから来てこの村に住み着いた者……」

 

村長の答えで注目したいのは、犯人の属性が特定されている点だ。ホイレンドルフ出身でない医師のハイネマン、技師のクヌート、絵描きのアルマの3人はテストの結果人狼ではないと判定されたが、これは彼ら個人が犯人でないだけに過ぎない。8年前に正体を暴かれ焼き殺されたというローザとユッテの親子がそうであったように、人狼に「よそ者」の属性があること自体は村長の話では否定されていないのだ。だから村長を除く村人達は今回の事件で再び「よそ者」に疑いの目を向けている。村を訪れた鴉夜達が前回歓迎されなかったのも「よそ者」に人狼の可能性を感じているからなのだろう。……ただ、「よそ者」は外から現れるとは限らない。

 

 

2.神はよそ者

「よそ者」は外から現れるとは限らない。奇妙に聞こえるかもしれないが、これは実は村長が劇中で語っていることだ。

 

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村長「奴らは進化をする。血筋を操る。どんな個体とどんな個体を混ぜりゃ子がより強くなるか、奴らはそれを計算し尽くして、交尾をして子を増やす。そうやって力を手に入れたんじゃ」

 

亀の甲より年の功と言うべきか、村長は人狼についての様々な知見を鴉夜達に語っている。五感の鋭さを利用すれば人に化けていても判別できること、そして彼らの最大の強みが「血」だという指摘……人狼はどの個体とどの個体をかけ合わせればより強い子が生まれるかを知悉しており、自分達である種の品種改良を行いより強い力を得てきたというのだ。新世代の人狼には既に銀や聖水も効果を発揮しなくなっているほどで、いずれは急所への攻撃や火も効かない究極の人狼「キンズフューラー」が生まれるかもしれない。今までのどんな人狼よりも速く硬く賢く強いその存在は、彼らにとっての神である……と。

 

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クヌート「口数は少ないけど、不思議な雰囲気のある子でしたね。ルイーゼまで襲われるなんて……あの子は村の英雄だったのに」

 

村長の話で注目したいのは、究極の人狼は他のそれと区別・・されている点である。キンズフューラーは人狼から神と崇められる存在であり、裏返せばそれはもはや人狼であって人狼ではない。神は敬して遠ざけられるものであり、すなわち究極の「よそ者」だ。よそ者は外から現れるとは限らず、内側からの崇敬によっても生まれ得るものなのである。そして神はこのホイレンドルフの村にもいる。そう、人狼にさらわれまだ亡骸の見つかっていない少女・ルイーゼだ。

 

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ハイネマン「ルイーゼが放置されてたと言いたいのか?」
鴉夜「そこまでは言いませんが、近寄りがたい存在だと思われていたのではないですか。彼女は村の守り神なんでしょう?」
ハイネマン「……そういうこともなくはなかったろう」

 

鴉夜達の聞き取りによって分かったことだが、ルイーゼは単なる子供ではなく人々から尊敬を集める存在であった。8年前にユッテの正体が人狼だと暴いたのが他ならぬ彼女であり、以来村人から守り神として敬われていたのだ。両親であるグスタフやデボラすらある種の近寄りがたさを感じていたのではとの鴉夜の推理をハイネマンは否定しておらず、ここからはルイーゼが間違いなく村の出身でありながら神=「よそ者」同様の扱いを受けていたことが伺えるのである*1

 

 

3.よそ者の生まれ方

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アルマ「5年前かなあ、滝を描きにふらっと来てそのまま住み着いちゃった。あの景色見た? すごいよ、もう一目惚れ!」

 

「よそ者」の定義は案外流動的である。ホイレンドルフ村も8年前の事件までは他所から来た人間を今ほど警戒していなかったし、クヌートは自分達よそ者3人を等しく見てはおらず絵描きのアルマに疑いの目を向けている。また鴉夜達は宿泊させてもらうハイネマンの家で敵対するロイス保険組合のエージェントであるアリス・ラピッドショットとカイル・チェーンテイルに遭遇しあわや殺し合いという状況に陥るが、人狼という共通目標を提示することでなんとかその場は収めることに成功した。ロイスにとって人狼は鴉夜達以上に「よそ者」なのだ。

 

以上のように「よそ者」が生まれる理由はいつも同じとは限らない。だが、経緯はどうあれよそ者が受ける扱いだけは古今東西変わらない。すなわち排除、仲間はずれ……当然だろう、輪の中に入ることを許されぬから「よそ者」なのだから。それは実は鴉夜達鳥籠使い一行にしても変わらない。

 

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津軽「毎度そんなに妬かなくてもいいでしょう!? 医療行為なんですから……」
静句「……妬いてはいません」

 

鴉夜のメイドである静句は彼女の傀儡となることが誇りという筋金入りの鴉夜の身内であるはずだが、それでも今の彼女にはどうしても鴉夜に近づけない瞬間がある。そう、鴉夜の弟子の津軽は鬼の混ぜられた体で生きるために定期的に鴉夜の唾液を接種する必要があるが、傍目には恋人同士の振る舞いにしか見えぬその行為の間静句は何をすることも許されない。「よそ者」でしかいられない。ほんの1,2年前は津軽の方こそ縁もゆかりもない「よそ者」だったはずなのに、これほどの屈辱があるだろうか。

 

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「よそ者」に待つ運命は排除のみである。それを証明するように今回は、姿を現した人狼の攻撃から鴉夜を守ろうとした静句が滝壺に落ちるという衝撃的な引きで幕を下ろす。彼女の帰還に必要なのはきっと、己が鴉夜にとって「よそ者」ではないと信じられることなのだろう。
よそ者は外からやってくるとは限らない。神が私達の心の中に在るように、身内とよそ者の境界線は心の持ちようでいかようにも動くものなのだ。

 

感想

というわけでアンファルのアニメ10話レビューでした。正直、今回は今日中に書けない可能性を覚悟しました。「ルイーゼがよそ者同然」とはすぐ感じたものの、キンズフューラーや静句も同然というところになかなかたどり着かず全体像がまるで見えてこなかったのです。

8年前に人狼の正体が露見したきっかけが、ローザがルイーゼ(よそ者)をユッテ(身内)と見間違えたから……というのを考えるとなんとなく秘密が見えてくる気もしますが、はてさて。そして静句の安否やいかに?

 

 

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*1:少し話がズレるが、絵描きのアルマが依頼される殺された少女の遺影は変化によって消えたもの=この世から「よそ者」になってしまったものへの寂寥の現れと言えるかもしれない