シカのツノが書き換える世界――「しかのこのこのここしたんたん」1話レビュー&感想

©おしおしお講談社/日野南高校シカ部

出会いの「しかのこのこのここしたんたん」。なぜかシカのツノが生えた少女、鹿乃子のこは教室と共に常識の枠を破壊する。そのツノがこじ開けるものはいったい何か?

 

 

しかのこのこのここしたんたん 第1話「ガール・ミーツ・シカ」

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1.二重の仮面

©おしおしお講談社/日野南高校シカ部

虎視虎子(こしとらこ)は容姿端麗成績優秀、スポーツ万能にして品行方正な優等生。実は元ヤンだった過去を周囲には隠して学校生活を送っていた彼女はある日、電線に吊り下げられた女子高生に出会うこととなった。その少女・鹿乃子のこ(しかのこのこ)の頭にはなぜかシカの角が生えていて……!?

 

おしおしおがマガジンポケットで連載中の漫画をアニメ化した「しかのこのこのここしたんたん」。OP曲オープニング曲「シカ色デイズ」イントロの1時間耐久動画が放送開始前から500万再生を突破するなど話題を呼んでいたが、1話を視聴して私が印象的に感じたのは作風が極めてメタ的な点だった。鳥海浩輔のナレーションは作品世界の背景に留まらない主張の強さがあるし、主要人物の1人虎子はアバンの時点で「おはようございます、視聴者の皆さん!」と第四の壁をぶち破っている。もう1人の主要人物の「のこ」が死体のように電線にぶら下がっているのを見つけた時の虎子の「深夜アニメでよかった」「コナンくん!? じゃない、はじめちゃーん!」などといったアニメオリジナルの反応、ルックの統一を明後日の方向に放り投げたシカのCGを含め、本アニメはフィクションであることの自覚を強める方向で作られていると言える。そして注目したいのは、このメタ性がキャラクターの内面にも及んでいることだ。

 

冒頭で紹介される虎子のキャラ付けは、一言で言えば仮面優等生である。美貌・頭脳・身体能力・素行全てで周囲から称賛されているが、実は中学時代は元ヤンであり何故かその過去を見抜いたのこに自分の正体をバラされないよう彼女と行動を共にするようになっていく……というのが物語の建付けだが、実のところこの「元ヤンの優等生」は虎子の正確なキャラクター像ではない。なにせ彼女が一時期ヤンキーになったのは少年漫画の影響(どう見ても東リベ)であり、タイプとしてはグレたというより「漫画の中の選手に憧れてスポーツを始めた」の同類なのが実態だからだ。そう、荒んだ人生からの更生者というよりむしろ極めてピュアな――劇中で自分の優等生以前の人間性に悩んだり、処女なのか注目されて赤面してしまうような――精神のまま育ってきたのが虎視虎子という女の子なのである。

 

虎子は自分が「元ヤンの優等生」だと思っているが、それは自覚すらないまま被ったメタ的な仮面、二重の仮面に過ぎない。しかし周囲の人間は彼女の1枚目の仮面にも気付いていなから、虎子はずっと自分のもう1つの仮面に気付かぬまま日々を過ごすはずであった。一人の少女……いやシカ?に出会うまでは。

 

2.シカのツノが書き換える世界

©おしおしお講談社/日野南高校シカ部

自覚なく仮面を被っている虎子の前に突如現れた人物(?)、鹿乃子のこ。その存在は虎子にとってあまりに衝撃的であった。なにせ頭にはシカのようなツノが生えているし、その言動は時に整合性が取れているかすら怪しい。この歩くツッコミ待ちのような相手を前にすれば誰だって常識人の側に回らざるを得ないのが道理というものだろう。のこ相手には誰も彼もが素の自分に戻ってしまう。そう、仮面を何重にも被った虎子であろうが、だ。

 

のこと対峙した虎子が見せるもの。それは飾らない自分である。いや、正確には彼女はなんとか飾ろうとはするのだ。電柱に吊り下がったツノの生えた少女というわけのわからないものを目にした時はそそくさと立ち去ろうとしたし、助けた後は通学(=仮面を被った日常)に戻ろうとした。過去をなぜか見抜かれた際は、元ヤンらしく悪ぶって正体をバラさないよう脅しをかけすらした。つまり自分をどうにか飾ろうとしたのであり、これまでならそれで仮面を被り通せたのだろう。だが、のこ相手の今回ばかりはそうはいかない。

 

学校の教室(=これまでの日常の象徴)は良くも悪くも狭いもので、その扉は当初のこ=イレギュラーの侵入を許さないはずだった。しかし、のこがのこたる所以である「シカのツノ」の前ではその鉄壁の防御も無意味で、「ヌンッ」の一言と共にたやすく破壊されてしまう。あまりにも当たり前に。あまりにもあっけなく。
のこが教室に入ることは一種の侵略である。虎子が彼女と出会った時点で本作の世界は既に一般的な常識から外れかけていた(日本にハゲタカだかコンドルだかハイエナが生息していてたまるか!)が、のこが教室に入った瞬間、「シーカ、シーカ♪」の劇伴と共に扉や壁の破片が飛び散ったあの瞬間、この世界の常識は並行世界に移動するように書き換えられてしまった。だから同級生や教師はのこを異常ともなんとも思わなくなり、虎子が1枚目の仮面でたやすく騙せてきた世界は彼女のツッコミなしでは成立しない特異点に変わってしまうのである。

 

シカのツノで書き換えられてしまった世界は虎子にとって大変な世界だ。のこの存在や行動がいかに辻褄の合わないものか把握できるのは彼女しかいないし、ツッコミを入れていくといつの間にか更にわけの分からない事件に巻き込まれてしまう。けれど一方で、この世界の虎子は表情豊かだ。絵に描いたようなツンデレぶりも、のこや担任の鵜飼先生に簡単に乗せられてしまうチョロさも、仮面優等生で通せた以前の世界ではけして彼女は出すことができなかっただろう。どちらの虎子が、どちらの世界が魅力的かは言うまでもない。

 

「しかのこのこのここしたんたん」1話の副題は「ガール・ミーツ・シカ」である。言うまでもなく語源はボーイ・ミーツ・ガール(少年が少女と出会う)だが、この物語類型が数多作られる理由の一つは出会いが世界を変える力を持っているからだろう。逆に言えば、世界を変える出会いであればそれは全て広義のボーイ・ミーツ・ガールたり得る。出会ったのが少女とシカであろうと、これほど世界を変える出会いはボーイ・ミーツ・ガール以外の何物でもあるまい。

 

少女とシカは出会った。そして、シカのツノは世界を書き換えたのである。

 

感想

以上、しかのこアニメ1話のレビューでした。レビューを書いてみていっそう感動することはままありますが、いっそう笑えたのはなかなかに珍しいです。ボーイ・ミーツ・ガールが本格的に始まるのって出会いが1度だけのもので終わらず、世界がその相手に侵食されていく=例えば転校してくる場面にあるわけで。それをこんな重厚かつギャグとしか思えない形で描いてくるやつがあるか! 期待通り頭のネジを外してくれそうで楽しみです。

 

©おしおしお講談社/日野南高校シカ部

のこが虎子を指ではなくシカのツノでツンツンするのが地味に好きです。明らかに硬度が変わってるが何かそこに独特の距離感があるというか。

 

 

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