鶯餡子は間違っている――「よふかしのうた」11話レビュー&感想

Ⓒ2022コトヤマ小学館/「よふかしのうた」製作委員会
もっと深い闇へ落ちる「よふかしのうた」。11話、添い寝屋の客引きをしていたコウは鶯餡子(うぐいすあんこ)という女性に出会う。今回はいかに彼女が間違っているのかを書いてみたい。
 
 

よふかしのうた 第11話「吸血鬼って知ってるかい?」

ナズナに促され、添い寝屋の客引きをしていたコウ。疲れていそうな女性に声を掛け、2人で喫茶店に入る。ふと、その女性の煙草や手袋が気になり、コウは女性に職業を尋ねる。差し出された名刺には“探偵”の文字が……。
 

1.場違いな人

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コウ(誰がどう聞いてもナンパだこれ……)
 
この11話は色々と間違った話だ。物語は主人公のコウが吸血鬼・ナズナに添い寝屋の客引きをするよう言われたことに端を発するが、添い寝屋はもともとはナズナが吸血するのを一番の目的としたもの。吸血についてはコウがいれば事足りるし、生活費稼ぎは副次的なものだ。しかし前回同属のミドリのメイド喫茶で働き始めたナズナは金銭の重要性を再認識し、そのためコウに客引きを指示した。ある種の本末転倒がここには見え隠れする。またコウは客引きがナンパに見られないか懸念したが、いざ客引きの際にかけた言葉は結局ナンパそのものだった。
 
 

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正しかったり正確だから間違っていない、とは限らない。これはアバンの最後、コウのとある女性との遭遇で大きく膨れ上がる。コウが客引きの対象として指示を受けたのは「疲れてそうな人」で、その点で彼が遭遇した女性――橋の途中に座り込んで煙草に火を点け大きく息を吐く――鴬餡子は条件によく合致している。しかしもう一段上の橋の影に隠れ、コウの立っている夜の世界より更に暗い場所にいる彼女はこれまでのゲストキャラ(白川清澄やアリサ)とは明らかに違った空気をまとっている。
端的に言えば、鶯餡子は場違いだ。市井の人々が夜に見せる悩みや惑いを描いてきた本作の登場人物として、彼女は決定的に間違っている。
 
 

2.餡子の居場所

鴬アンコは本作の登場人物として間違っている。そのことは、コウと喫茶店で過ごす際にも強く印象付けられる。
 

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餡子「『使用者は満18歳に満たないものを午後10時から午前5時までの間において使用してはならない』……動労基準法。意味は分かるね?」
 
例えば餡子は、コウが添い寝屋の客引きをしていると聞いた際に労働基準法を挙げる。児童に深夜の労働をさせてはならない……違反だと言われればコウの状況は間違いなく違反だが、彼とナズナの関係を知る私たちからすれば野暮な指摘に思える。そういう視点は確かに存在するが、本作の登場人物に相応しいものとは言い難い。実際は餡子も冗談で言ったに過ぎなかったが、彼女は本作にこの間違った視点を持ち込むことのできる人間だと言える。
 

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コウ「探偵ってホントにいるんだ!?」
餡子「……ま言いたいことは分かるがね」

 

また彼女の職業が探偵だと知ったコウは、その実在に驚き密室殺人のトリックを解いたりするのかとワクワクしたりする。前回のメイド喫茶での推理劇があくまで味付けに過ぎなかったように、本作の世界における探偵は現実同様イレギュラーな存在だ。浮気調査や人探しなど探偵を頼る状況はそうあるものではなく、実在は知っていても会ったことはない人の方が大半だろう。
 

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餡子「思ったよりデカい収穫だったな」
 
こうしたAパートの描写から見られるのは、餡子は一般的なところに所属する場所を持たない人間だということだ。日の当たる市井の人間ではなく、かといってコウが足を踏み入れている吸血鬼との時間を過ごす人間でもない。これまで登場したどの登場人物の分類にも当てはまらない彼女は、やはり本作の世界においては場違いだし間違っている。そんな彼女がどこの世界の住人なのか明らかになるのが、Bパートの深夜の学校での騒動であった。
 
 

3.招待状に必要だったのは

Bパート、コウは深夜の学校に忍び込んでいた。幼馴染のアキラと共に、旧友である真昼から遊ぼうと誘われたからだ。
 

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コウ「無いじゃん二ノ金、てか七不思議なのに7つ越えてんじゃん!」
 
学校が夜行く場所でないのは言うまでもなく、故に3人の行動は明らかに間違っている。しかし彼らの姿から見えるのは、むしろ少年少女としての圧倒的な健全さだ。ただの不法侵入にワクワクし、スカートに気まずくなり、学校の七不思議などと馬鹿げた話を確かめ……笑いあう3人は幸せいっぱいで、真昼が言うように「青春」がそこにはある。くだらないものちっぽけなもの、世界の全部に見えるような嘘っぱち。そういう間違ったものがキラキラ輝いて見えるのが青春の効用の一つだ、と言ってもいいだろう。
 
そして真昼による花子さんの声真似にアキラが本気で慌てるように、これが間違いなのは半ば自覚されていることでもある。くだらなくなければ、間違っていなければ、嘘っぱちでなければ正しくない。価値があったり正当であったり、事実であっては逆に困るのだ。……七不思議の検証を終えた3人が遭遇したのは、「失踪した教師が時々夜の教室に現れる」という中途半端にリアルな都市伝説が本当だったという恐るべき状況であった。
 

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コウ(なんで……なんで吸血鬼がここにいるんだ!?)
 
アキラに襲いかかり血を吸おうとする教師が吸血鬼であることをなんとなく理解しながら、同時にコウは戸惑う。吸血鬼は人を誘惑する美を持っているはずが、眼前の教師は服はボロボロだし片方は裸足。彼が知っている吸血鬼とあまりに違う。
 
間違いなく吸血鬼なのに、吸血鬼として間違っている。逆に言えば、間違っているにも関わらず吸血鬼以外の何物でもない。これは言ってみれば"謎"だ。そして漫画やアニメで謎を解くのはやはり"探偵"の仕事であろう。そう、ここに鶯餡子を召喚する条件は整った。
 
 

4.招かれざる賓客

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餡子「やあ、また会ったねえ夜守くん」
 
まるで呼ばれたように深夜の学校へ姿を現した餡子は、コウ達の抱えた疑問を次々と解いていく。教師が吸血鬼であること、彼が吸血鬼になって以来10年間一度も血を吸ってこなかったこと、今日あたりが餓死のタイミングだったこと、そもそも望んで吸血鬼になったわけではなかったこと……劇中で言及される「名探偵コナン」のように密室殺人に取り組む訳では無いが、謎を解き明かす点で彼女は紛うことなく探偵だ。
 

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餡子「あなたは人のままで死ぬ。もう朝だ、おやすみ」
 
餡子が明かす吸血鬼教師のこれまでは悲惨なものだ。騙されて吸血鬼になり、誰に話すこともできず誰の血も吸わないよう10年間孤独に耐えてきた。そんな彼に対し、これまでと異なりコウは何もしてやることができない。吸血鬼になりそれによって社会的な正しさの束縛から逃れようとする少年に、吸血鬼になったばかりに孤独と束縛に苦しめられ続けた教師を救えるわけはない。
本人が言うように、教師を救えるのは餡子しかいない。彼の苦衷を解き明かせる彼女だけが、牧師のごとくその懺悔を聞き届けることができる。最近は様々な人を助けてきたコウにしかし、今回出る幕はなかった。吸血鬼になることが光明になるように描かれてきた本作でしかし、教師はむしろ心だけでも人間に戻ることで救われてその生を終えた。
 

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餡子「夜守くん、君は吸血鬼を何も知らない」
 
今回の出来事は、これまでの本作からすれば間違っている。教師が騙されたのだとしても、餡子が相手にしてきたのが教師を騙したような吸血鬼ばかりだとしても、コウがナズナと過ごしてきた時間や得たものが嘘になるわけではない。
だが本作はこれまで、間違っているからこそ正しいものを描いてきた。ならば本作のこれまでに対して決定的に間違っている餡子は、コウ達へのカウンターとして圧倒的な正しさを持つ。彼女はコウに対し吸血鬼のことを何も知らないと言い放つが、吸血鬼への対処に慣れた様子からもコウよりずっと多くの吸血鬼とそれが生む悲劇・惨劇を見てきたことが伺える。そんな餡子に対し、コウはそれを否定できるだけのより強力な間違いを見つけなければならない。人を苦しめる吸血鬼もいる世界でなおそれを目指す理由を、見つけなければならない。
 

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コウ「ぼくはまだ、吸血鬼を何も知らない」

 
鶯餡子は本作にとってあまりに場違いで間違った人間だ。だが、だからこそコウが彼女を"客引き"したのは正しい。招かれざる賓客を迎え明けた夜の先、コウは再び日没まで歩まねばならないのである。
 
 

感想

というわけでアニメ版よふかしのうたの11話レビューでした。すみません、昨晩からPCのHDD不調対応にかかりきりですっかり遅くなってしまいました。ひとえに最近バックアップを怠っていた私の自業自得です。結構飛んじゃったデータもありますが、まあOSの入ってるSSDの方の故障じゃなかっただけ幸いか……予定がメチャクチャでしょんぼり・申し訳ない気持ちになっています。
 
正直なところまだちょっとPC関連の動揺が残っており十分に発想を広げられていない気がするのですが、今回は新キャラクターである餡子をどう位置づけるかを主眼にレビューを書いてみました。沢城みゆきでしかも予想外の喋り口、聞いてみてびっくりです。ずいぶん雰囲気の変わった先でどのような最終回を迎えるのか、残りを楽しみに待ちたいと思います。
 
 

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