ただ一人の吸血鬼――「よふかしのうた」7話レビュー&感想

Ⓒ2022コトヤマ小学館/「よふかしのうた」製作委員会
異類の社会が見える「よふかしのうた」。7話では新たに複数の吸血鬼が現れる。だが、そこから見えてくるのはむしろたった一人の吸血鬼の存在の大きさだ。
 
 

よふかしのうた 第7話「眷属作り(こづくり)」

急な雨に降られ、高架下で雨宿りをしていたコウ。近くの喫煙所でサラリーマンが女子高生に声を掛け、振られる姿を見かける。コウの視線に気づいた女子高生は「今見てたっしょ?」と声を掛けてきた。
 

1.ナズナの特別さ≠吸血鬼の特別さ

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セリ「ありがとう、優しいんだね……『夜守コウ』くん」
 
今回の本編は、雨宿りしていた主人公のコウが一人の少女と出会うところから始まる。染めた髪といくつものピアス、成人男性とも遊び慣れた口ぶり……現代日本アニメにおける女子高生イメージの一類型を具現化しましたと言わんばかりのその少女、桔梗セリは出会ったばかりのコウとも急速に距離を縮めていく。明るく振る舞う一方で寂しさを覗かせる彼女の「夜遊び」に自分も同じだと慰めるコウをセリは抱きしめ、口づけ――しようとはしなかった。剥き出した牙をコウの首筋に突き立てようとする彼女はなんと、コウが日々共に夜遊びするナズナと同じ吸血鬼だったのである。
 

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セリ「誰でもいいってわけじゃないよ? 家帰ってもさあ、つまんないじゃん」
 
正体を把握してセリの行動を振り返ると、セリの行動は非常に効率的・・・だ。軽薄そうに振る舞う少女が自分にだけは心を開いてくれた……と相手に思わせ警戒を解き、人気のいない場所に誘導して血を吸う。今回の標的はコウという特殊事例であったが、普段の彼女はおそらくこのように出会って1時間もかからずに食料を手に入れているのだろう。スピーディーな恋愛感情の発生は彼女にとってお手の物であり、つまりセリは男の落とし方をよく心得ていると言える。
 

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ミドリ「だって、夜守くんにナシって言われたらショックだもん」
(中略)
ハツカ(この言い方されてナシと言える男はいない……)
カブラ(そして嘘でも『全然アリアリ』と答えたが最後、引きずり込まれる)
ニコ(最終的に本当にアリになってしまいがち)

 

こうした恋愛巧者ぶりは他に登場する平田ニコ・本田カブラ・小繁縷ミドリ・蘿蔔ハツカの4人の吸血鬼にしても同様で、彼女達はセリと共謀しコウを拉致するが拷問を加えたりはしない。むしろ常に優しくあるいは親しげに話しかけ、それによって彼を自分の眷属にしようと(つまり恋愛感情を抱かせようと)心理戦を行っている。目的が非人間的だから異様に思えるが、たった1つのものを巡って行われる競争というのは大なり小なりこうしたやりとりを含むものだろう。
 

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カブラ「私達吸血鬼は人間に惚れさせ、眷属を効率的に増やすために人間に好かれやすく振る舞うことに長けているの。そう進化してきた」
 
本作における吸血は食事とまぐわいを同時に行うものであることは既に語られている。ならば吸血鬼にとって恋愛スキルとは「狩りでより多くの成果を挙げるスキル」や「会社でより業績を上げるスキル」と何も変わりはしない。よりモテる者が吸血鬼社会における成功者であり、モテようとすることは現代の社会人ならぬ"社会吸血鬼"ならやって当たり前とされているのである。
 

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ミドリ「ナズナちゃんはね、モテようとしてないんだよ」
 
立派な社会吸血鬼たるべく、ニコ達は言動においても装いにおいても努力を欠かしていない。彼女達は市井に溶け込む自然さとその中で人を引き付ける美貌を兼ね備えており、コウがそうであったように人々は牙を突き立てられる瞬間までその正体に気づくことはないだろう。ただ一人、ナズナだけがその社会常識を守っていない。
 

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ナズナを見て普通の人間だと思う人はまずいない。非現実的な髪の色も、コートの下の水着よりも露出の多い服装も、漂わせる空気も全てが見る者をハッとさせる要素に満ちている。実際、前回ナイトプールを訪れた彼女はその容姿を人形のようと評され多くの人の注目を浴びていた。このことは前回まではナズナを「世界にただ一人の吸血鬼」として引き立てていたが、他の吸血鬼が多数登場した今回からはその意味合いが変わってくる。ニコ達のような吸血鬼が一般的なのであればナズナのありようはあまりにそこからズレていて、種族だけで全てを説明することはもはや不可能になっている。
 

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これまで私達は、コウの目を通してナズナという特別な存在を見てきた。しかし彼女が特別なのはけして吸血鬼だからではなかった。七草ナズナ自体が特別だったのだ。
 
 

2.ただ一人の吸血鬼

ナズナが特別なのは吸血鬼だからではなく、彼女が七草ナズナであるが故。今回明らかになったこの事実は、コウとナズナの関係の特別性を際立たせる。なぜなら先に書いたようにナズナの特別さはコウの目を通して描かれてきたものでもあり、つまり極めて主観的な特別さでもあるからだ。
 

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ニコ「いやいやいや、おかしいだろ! このモテパワーMAXのあたしらを蹴ってあの恋愛学一生赤点みたいな奴を選ぶとか!」
 
コウを拉致したニコ達は彼が吸血鬼の生態に詳しくなることを恐れているが無闇に殺そうとはせず、彼を眷属にすることで事態の収集を図ろうという穏健な姿勢を見せる。しかも誰の眷属になるかはコウに決定権があり、好みの吸血鬼を選んでいいとまで言う。待遇としてはほとんど至れり尽くせり、これ以上を望めばバチが当たると言っても過言ではないが――コウはニコ達の誰も選ばない。
 

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ミドリ(……はじめて男にナシって言われた)
 
「気が合いそう作戦」「君に興味あるなムーブ」「ナズナと予定が合わない時だけでも」……恋愛に関して百戦錬磨の吸血鬼達の猛アタックを受けながらもコウは微動だにしない。あからさまに、目に見えるように立てられたフラグを無惨なくらいにへし折る様にニコ達は逆に振り回されてしまうほどだ。
 

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コウ「え……俺ナズナちゃんがいいんだけど」
 
どうしてコウはここまで平然としていられるのか? それはもちろん、自分で言うように恋愛感情がよく分からないというのも一因だろう。しかし一方で、彼は実に非効率な選択をしている。彼の目的は「吸血鬼になる」ことなのだから、そこだけ考えれば相手は誰だって構わないはずなのだ。恋愛が分からないと言うなら尚更、より誘惑の上手い吸血鬼を相手に選んだ方が手っ取り早い。少なくとも、下ネタが大好きな癖に恋愛話になるとすぐ照れるようなナズナに比べれば大抵の吸血鬼はマシな選択肢になるだろう。けれど、コウの頭にそんな考えは微塵もなかった。
 

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コウ「な……ナズナちゃん、大丈夫?」
 
コウは言う。「ニコさんてこの中で一番ナズナちゃんに似てますしね」「だから俺は、ナズナちゃんのこと好きになりたいんです!」……ニコ達にあの手この手で口説かれながら気にもとめずにナズナのことを言う。これはある種のノロケだ。恋愛が分からないとは言いながらも、彼の中でその基準は既にナズナで固まっている。今更他の吸血鬼が、いや社会的吸血鬼が入る余地など無いのである。
 

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ナズナ「……うるさい。話しかけるな」
 
コウが吸血鬼になりたいと思ったのはなぜか? それはナズナと出会ったからだ。不登校不眠症になって夜中に外出した自分に、今日を満足するための夜更かしを教えてくれたナズナと出会ったからだ。血を吸ってみたいだとか空を飛びたいだとか、別に人と異なる身体能力に憧れたわけではない。
コウが将来の夢としたのは本当は吸血鬼そのものではなく、「七草ナズナという吸血鬼」だ。だからニコ達の手練手管はコウに対しては何の意味も持たない。より上等な社会的吸血鬼であることは何の魅力にもならない。
 

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コウ「だから俺はナズナちゃんのこと、好きになりたいんです!」
 
今回浮き彫りにされたように、ナズナはけして一般的な吸血鬼ではない。吸血鬼の社会から半ばドロップアウトしているとすら言える。けれどそれはコウも同じだし、彼がなりたいと願ったのはそんなナズナだ。吸血鬼なのに恋愛が苦手で、眷属を頑なに作ろうとしてこなかった彼女だけが、コウが好きになりたいと思った相手なのだ。
生き物として存在する以上、吸血鬼が世界に一人などということはあり得ない。これからもコウの前には様々な吸血鬼が姿を現すだろう。しかしそれがどれだけ多くいようと、優れていようと、コウがなりたいと願った吸血鬼は一人しかいない。
 
七草ナズナは、コウにとってただ一人の吸血鬼なのである。
 
 

感想

というわけでアニメ版よふかしのうたの7話レビューでした。登場人物が増えると画面が華やかになりますね。それもまとめて処理というより、まとめて出てくることに意味があるというのがまたいいなと思います。コウのゾッコンぶりに見てるこちらが恥ずかしくなってしまう。
 

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眷属になるならアキラか白河さんがいいがその前に二人が吸血鬼に惚れてるところを見たくないとか、初めての反応に困惑するミドリがかわいいとか対する自分の煩悩を突きつけられる回でもありました。次回も楽しみです。
 

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