吸血鬼を再生せよ――「よふかしのうた」12話レビュー&感想

Ⓒ2022コトヤマ小学館/「よふかしのうた」製作委員会
ゆっくり毒が回る「よふかしのうた」。12話では餡子の吸血鬼殺しが水面下で進行する。コウはある意味、彼女の毒牙にかかっているのだ。
 
 

よふかしのうた 第12話「今日ウチ親いないんだ」

10年間、血を吸わなかった吸血鬼が餡子によって殺された。餡子に「君は吸血鬼を何も知らない」と言われ、悩み始めたコウ。真昼からは「吸血鬼になって何がしたいんだ?」と問われ、悩みは深まるばかりで……。
 

1.吸血鬼殺し・その1

前回、主人公のコウ達の前に姿を現し、吸血鬼のこれまで描かれなかった側面に光を当てた探偵・鶯餡子。ずば抜けた調査や推理の能力も恐ろしいが、彼女が一番警戒されるのは吸血鬼を殺せる点だ。
 

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ナズナ「人間に吸血鬼を殺すことなんでできるのか?」
 
これまで描かれたように、吸血鬼の体は人間よりも遥かに大きなパワーや頑丈さを兼ね備えている。ちぎれた腕がすぐに繋がる場面などもあり、吸血鬼にとって単純な破壊はおそらくさして問題にならない。けれど前回、その吸血鬼を餡子は殺してみせた。
 

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コウ「探偵さんは、本当に吸血鬼を殺せるんですか?」
餡子「見ていただろう? 方法は教えられないが、君の返答次第だ」

 

具体的にその方法がどういうものなのか、吸血鬼であるナズナは実在を疑問視しコウはそれを探ろうとするが餡子は尻尾を掴ませない。ただ、物理的な方法に限らなければ吸血鬼殺しはこの12話内でも果たされている。今回殺されているのはもっと概念的な吸血鬼、コウの憧れとしての吸血鬼だ。
 

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吸血鬼になりたい。1話でナズナと出会って以来、コウはそんな夢を抱くようになった。優等生を演じて疲れた自分とは違う、夜の世界を闊歩する自由な吸血鬼。そういう存在に彼はなりたいと願うようになった。しかし今回、その夢は厳しく問い直される。
 

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真昼「お前が楽しいと思うことって、吸血鬼にならなきゃできないのか?」
 
コウの友人であり前回彼と共に教師の吸血鬼に遭遇した真昼は、コウに尋ねる。吸血鬼になって何がしたいのか。それは吸血鬼にならないとできないことなのか。
コウはそのどちらにも答えられない。別に人の血を吸いたいと思っているわけではないし、夜遊びなら真昼や同じく幼なじみのアキラとだってできる。客観的な観点からは、コウの夢が吸血鬼である必要性や必然性は全く見つけられない。いや、もし吸血鬼にならなければ救われない悩みがあるとしたら、それは吸血鬼の存在しない現実を生きる私達にとって絶望ですらある。つまり真昼の問いに答えられなかったこの時、コウは自分の中の憧れとしての吸血鬼を殺されて・・・・いる。そして前回の餡子の"一噛み"から回っているこの遅効性の毒は、実は既にナズナにまで達している。
 
 

2.吸血鬼殺し・その2

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ナズナ「遅ぇよ、バーカ」
 
今更言うまでもないが、コウにとってナズナは特別な存在だ。初めて会った吸血鬼だから、というわけではない。7話で好きな吸血鬼の眷属にしてやると勧誘された際も彼はそれを拒絶し、あくまでナズナに恋をして吸血鬼になる道を選んだ。コウに吸血鬼への夢を抱かせたのがナズナであり、言ってみればナズナこそが彼の憧れるただ一人の吸血鬼であると言ってもいいだろう。実際、コウが迷いや悩みを抱えた時にはナズナは常に的確なアドバイスを与えてきた。餡子との一件で動揺した今回にしても、一度はその言葉でコウは落ち着きを取り戻している。だがその後に真昼の問いで再びコウが迷いを抱えた時、ナズナの反応はいつもと同じではなかった。
 

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ナズナ「コウくん。非日常なんてものはね、長くは続かないんだよ。吸血鬼なんて退屈なだけだよ。……ごめんね、嘘ついてて」
 
ナズナは打ち明ける。コウにとって夜が楽しかったのは非日常だったからだが、それはもはや日常と化している。そして非日常などというものは長続きしない――吸血鬼になってからの自分の数十年は、とても退屈なものだったと。
 

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1話で初めて夜の世界に飛び込んだコウは、これまでの物語を通してそこが楽しいばかりでないことは既に知っている。恋と友情に悩んだ桔梗セリのケースを筆頭に、吸血鬼になれば全てが万々歳でないことは知っている。それでも彼が吸血鬼を目指し続けてきたのは、夜を浮き沈みする自分の感情をナズナが認めてくれたからだ。彼女だけは絶対の存在、「ただ一人の吸血鬼」でいてくれたからだ。しかし本当は、ナズナもまたそんな特別な存在ではなかった。地べたを這いずるコウと変わらぬ苦しみを抱える者に過ぎなかった。「ただ一人の吸血鬼」など最初から存在しなかった。
今回の一件がなければ、ナズナの実態をコウが知ることはなかったかもっとずっと後になっていただろう。餡子の"一噛み"から回る遅効性の毒は、こうしてナズナというコウにとっての「ただ一人の吸血鬼」も殺してしまったのである。
 
かくてコウは自分が吸血鬼になりたい理由、そしてなりたい吸血鬼の両方を失ってしまった。肉体が吸血鬼になっても、精神がナズナのようになっても、コウはきっと今の苦しみから解放されたりはしない。だが、この絶望的にも思える結論はコウに意外な視点ももたらす。
 
 

3.吸血鬼を再生せよ

コウが抱いていたナズナの姿は幻像に過ぎなかった。だが、これは実は彼女に限った話ではない。
 

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真昼「よ!」
 
例えばコウにはもう一人、憧れの存在がいる。明朗快活にして成績優秀、それでいて真面目過ぎず花屋の息子という誰からも好感を持たれる旧友・夕真昼だ。中学生になってからはクラスも違い疎遠になっていたが、気さくな彼は今も自分に親しげに話しかけてくるだろうとコウは想像し、実際再会時に真昼は屈託のない笑顔で話しかけてきた。しかしこの12話では、実は屈託は隠されていただけだったことが判明する。
 

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真昼「久々に会った時、ちょっと不安だったんだ。前みたいに話せるかなって」
 
吸血鬼になろうとするコウを説得しようとした際、真昼は再会時とても不安だったことを明かした。以前のように話せるか、変わってしまっているんじゃないかと怖がっていたのだ。何の気負いもなく話しかけてきたように思えた8話のあの場面、本当は彼は勇気を振り絞っていた*1。優秀さだけを寄せ集めたように見える真昼にも弱さや悩みはあり、コウの想像はここでもまた幻像に過ぎなかったのである。
 

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ナズナ「なんでだろうね。自分がそうありたかったんじゃないかな……」
 
目にすることができるのが見てくれに過ぎない以上、人は常に他者に対し幻像を見ている。あるいは見せられている。それはかつてのコウ自身も同様だったろう。幻像の下にある弱い自分を見せるのは怖いものだ。
しかし一方で、人は幻像の下にある弱い姿に共感を覚えもする。まるで異なる立場の人に親しみを感じすらする*2。コウはこれまでの物語で、吸血鬼の幻像の下の姿をいくつも覗いてきた。恋愛マスターな分だけ友情に面倒なセリ。承認欲求を自分も含め病気だと言ってしまえるミドリ。そして下ネタ好きだけど恋愛になると照れ屋で、吸血鬼の生活が退屈なものと知りながらコウの前では理想の自分を演じてしまったナズナ……そこには人間をたぶらかして利用するだけの、上位存在のような吸血鬼の姿はなかった。肉体も価値観も人間とは違うけれど、ちっぽけさも卑小さも自分と何も変わらない生き物がいた。
 

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コウ「俺は、あんたの考えを肯定できない!」
 
再び接触した餡子に口車では太刀打ちできず、気づけば時間や選択肢を削り取った選択へ誘導されたコウはしかし、吸血鬼は全て殺すという彼女の言葉に我に返る。彼にとってそれは人殺しの宣告を受けたのと何も変わらない。吸血鬼も人間と結局は同じと知った以上――概念的な意味での"吸血鬼"が殺された以上――それは前回アキラが教師の吸血鬼に殺されかけたのと同じ「友達が傷つく」危機なのである。そんなことをしようという相手を肯定できないのは当然であろう。
 
ゆっくりと回る餡子の毒によってコウの中の吸血鬼は殺された。だが同時に、それはコウの思考の広がりも意味する。自分の知る吸血鬼が幻像と知ってなおそれを目指すなら、コウは新たにそれを構築しなければならない。人間の身でありながら吸血鬼のように蠱惑的な真昼の真似でもなく、虚無を抱えながらありたい自分を演じたナズナの真似でもなく、他の何者でもない「吸血鬼・夜守コウ」を彼は築かなければならない。そうしてようやく、彼はもう一度吸血鬼を目指すことができる。
 
 

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コウ「ナズナちゃんと話したい。どうでもいい話を……」
 
人の心の中の憧れはいつか死ぬ。そして、私達はその屍を自分の中で作り直して成長していくものだ。"吸血鬼"の再生こそ、今のコウに必要な一歩なのである。
 
 

感想

というわけでアニメ版よふかしのうたの12話レビューでした。分量はそれほどでもないですが表現の仕方に引っかかることが多く、なかなか形にすることができなかった次第です。
 

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餡子のコウへの迫り方が実におっかないですね。抜けたところを見せて警戒を弱めて懐に飛び込み、相手から情報を引き出したり誘導したりする。探偵って怖い……いや、本心も入ってそうなのがそれはそれで怖いんですけど。
 
次回の最終回、コウのひとまずの答えを楽しみに待ちたいと思います。できればアキラの声がもう1回聞けるといいなあ。
 
 
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*1:一緒にいた友達にはちゃんと話してある、とこともなげに言っていたが、実際はかなり大変だったのではなかろうか

*2:もちろんこの性質すら利用するのが人間であって、特に政治家へのそうした感情は注意しなければならない