吸血鬼未満の夕方――「よふかしのうた」5話レビュー&感想

Ⓒ2022コトヤマ小学館/「よふかしのうた」製作委員会
夜へと歩む「よふかしのうた」。5話冒頭、目を覚ました吸血鬼ナズナは、まだ夜ではなく夕方であることに困惑する。今回は吸血鬼には少し早い時間を描いたお話だ。
 
 

よふかしのうた 第5話「そりゃ困ったやつですね」

ナズナが“添い寝屋”を営んでいることを知ったコウ。正式な衣装だというナース風コスプレ姿のナズナからマッサージを受ける。意外にもツボなどを心得てるナズナのマッサージにリラックスし始めてきたところに、呼び鈴が鳴る……。
 

1.ナズナを吸血鬼にするもの

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ナズナ「なんでだよ!? 昼間は寝てるからちゃんと起きてる時間に指定したのに!」
 
この5話は、Aパートの半分ほどは一人の時のナズナを描いた回だ。主人公のコウと深夜に落ち合う約束はしていても基本神出鬼没、その言動でコウを振り回す彼女は一人の時もさぞ奔放と思いきや、意外にもその生活は慎ましい。ゲームのレート上昇に血眼だったり指定時間に来てくれない宅配便に腹を立てつつも何度も来てもらうのはもうしわけないと思ったり、隣室への騒音や洗濯のタイミングを考えたり……吸血鬼のイメージからするとずいぶん世俗的だ。鏡に映らないという性質も一人では不便なだけ。そう、ナズナのこうした様子はあまり吸血鬼らしいものではない。生活時間や体質がちょっとズレているだけで、そのへんの人間と何も変わりはしないのだ。
 
種族が吸血鬼だからといって、ナズナの全てが吸血鬼らしいわけではない。そもそも、現代社会で吸血鬼の正体を明かしてもメリットなど何もない。だがそれでも彼女が吸血鬼であることも変わりない。彼女を吸血鬼にしているもの、特別な存在たらしめているもの――それはコウの目線の存在である。
 

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ナズナ「どした? かわいくて驚いたか?」
 
例えばタイミングの関係で銭湯から出たばかりのナズナの姿は新鮮で、コウは不覚にもその姿を見ただけでドギマギしてしまう。別に特別着飾ったわけでもなく、髪を解いて少し服が着崩れているだけの姿がコウにとっては魔法のように蠱惑的に映る。
 

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またナズナとコウが行動を共にするのはコウの血液の「美味しさ」が理由であるから、二人が一緒にいれば必然的に吸血行為が発生する。吸血ほど吸血鬼らしい行為もないから、コウといればナズナは必然吸血鬼らしくなる。
 

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ナズナ「感情をサボるな。楽しい、苦しい、嬉しい、悲しい……お前の全てをあたしのために感じろ」
 
そして最後に、コウといる時のナズナにはある種の貫禄が備わっている。もちろん非常な照れ屋で子供っぽい反応を見せることもあるが、人生の先輩である彼女の言動は要所では必ずコウに導きを与えている。血の味一つでコウの心を言い当てたり、心の動きがストレスであっても感情をサボるなと助言する様子はどこか哲人じみてすら見えるほどだ。
 

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ナズナ「今日のお前も絶品だったぜ?」
 
七草ナズナは、何よりもまず夜守コウにとっての吸血鬼だ。そして彼女自身もまた、コウがいるからこそ「吸血鬼・七草ナズナ」として振る舞うことができる。一人の時間は、例え日が落ちていようとナズナにとってまだ夕方に過ぎないのだろう。
 
 

2.吸血鬼未満の夕方

前段で書いたように、この5話のAパートは「まだ夕方」を描いたものだった。対してBパートで描かれるのは「これから夕方」の様子に当たる。
 

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ナズナ「あたしは元々……『添い寝屋』だよ。いらっしゃいませー」
 
これまでの話では下ネタなど下世話なことを口にしつつもどこか超然としたところもあったナズナだが、今回Aパートで描かれたように実際の彼女は別に仙人のように悠々自適な生活を送っているわけではない。当然と言えば当然だろう、部屋を借りるにはお金がかかるしコウのような相手がいなければ血を吸う相手も毎回探さなければならない。そのためにナズナが採っていた手段とは、一緒に寝てお金を取り寝入ったところで血を吸う「添い寝屋」であった。
 

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ナズナ「うまいこと人の血吸うためにさ、色々考えたわけよ。無理やりって時代でもないしさ。マッサージも勉強してさ……結構上手いだろ?」
 
仕事にあたってナズナは看護師のような服装に着替え、コウはそれをコスプレと評する。しかしナズナが反論するようにこれは彼女にとって正式な仕事着だ。生活費を稼ぐのも食料を調達するのも生きていくには欠かせないのだから、これもまた吸血鬼の生活の一端には違いない。コウにしても、念願叶って吸血鬼になれた暁には彼女のような方法で生計を立てねばならないのである。
 

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ナズナ「ここが……安眠。コウくんも血を吸われた後はぐっすり眠れるだろ? もしかしたらこのツボに関係あるのかもな」
 
サービスで「添い寝」をしてもらうことになったコウは、選んだマッサージコースで体のあちこちをメンテしてもらう。凝った場所の揉みほぐし、各所のツボ押し等……しかし実際のところ、これらは普段コウがナズナにさせてもらっている「夜更かし」の内実と変わりない。満足できず眠れない一日を安眠へ導き、また吸血鬼になるため恋をするためナズナの様々な一面を見せてもらったりドギマギしたりするのはいつものことだからだ。ナズナは吸血する首筋が「安眠」のツボと重なっていること(吸血された後はコウもよく眠れること)を指摘するが、つまりこのマッサージは「血を吸わない吸血」としての一面を持っている。そう、この疑似的な吸血行為は「吸血鬼志望のコウにもできる吸血」なのだ。
 

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ナズナ「頼むよコウくん、給料払うから!」
 
コウのマッサージで疲れてしまったナズナは、看板のしまい忘れで訪れた客である白河清澄へのマッサージを代行してくれるようコウに頼む。ナズナの意図はともかく、これはコウにとって吸血鬼になるための新たなステップだ。本当に血を吸うわけではないとは言え、それと同じく痛みと快感を相手にもたらすこの行為を無事果たせるかは彼が立派に吸血鬼になれるかを占う試金石となる。重要なのは「物理的にマッサージができるか」ではなく「清澄に今日という日を満足させられるか」であり、つまりナズナの「あたしがやったようにすればいいよ」という助言は、これまでのコウとナズナのやりとり全てが参照対象なのである。
 

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ナズナ「夜遊びなんて不純くらいがちょうどいいぜ? 気にすんなよ」
 
まだ恋愛感情には至っていなくとも、それが誰に対するものになるとしても、コウは着実に恋をするための――大人になるための階段を登り始めている。彼は夜へ歩む途中にいるのだ。今いるのがまだ夕方に過ぎないとしても、不登校であったとしても、それは彼がちゃんと成長過程にある何よりの証と言える。
 

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ナズナ「やってくれたらまたご褒美にチューしてあげるから。ね?」
 
これまでと異なり1話完結しないこの5話は、いわば物語そのものが夕方の段階に過ぎない。いや、OPに描かれる人物の大半が未登場の本作自体もまだ夜を迎えたとは言い難い状況にある。次回清澄に擬似的な吸血を施すことで、少年の物語は新たなステージに進むことだろう。
コウの夜更かしは、これからが本番なのだ。
 
 

感想

というわけでアニメ版よふかしのうた5話レビューでした。アバンの通り「夕方」を鍵に書いていく内にあれもこれもなぞらえられるな……と思考が広がっていきました。吸血が「まぐわい」なのは劇中で直接言われていますが、抽象的・観念的にいろいろ解釈できるのが面白いです。さてさて、次回はどういう「吸血」があるんでしょうね。
 
 

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