灰と雪の降る中、人の姿もなく煙だけが吹き上げる国。今夜の寝床とするつもりだった場所が滅んでおり途方にくれていたイレイナは、唯一外観を保っていた城に足を踏み入れる。無人と思われたそこにはなんと、1人の女性がおり……
「魔女の旅々」4話は王女と城の料理人の身分違いの恋を、まるでおとぎ話のようにイレイナが語るところから始まる。身分を越えた関係を育むような恋とは魔法に等しく、つまり魔法には身分を始めとした垣根を越える力があるのだ。
魔女の旅々 第4話「民なき国の王女」
1.イレイナが越えた垣根
他の町に行く時間もないためイレイナはやむなく王城を寝床に一夜を明かそうとするが、もちろん本来はこんなことはありえない。城に入るには相応の「身分」が必要であり、一介の旅人にはそんなものはないからだ。
しかも今回の城は、国が滅んでいながらその選別の機能を失っていない。結界も扉も閉じられたそこは、固く他者の侵入を拒んでいる。入れるのは魔法使いだけ――魔法を使える者だけが、社会的な身分を越えて記憶喪失の王女ミラロゼと会うことができるのである。
2.イレイナが越えられた垣根
こうしてイレイナはその魔力によって身分を越えてミラロゼと知り合ったわけだが、身分を越えるとは越えられることでもある。前回描かれたようにイレイナは本来、己を旅人と規定し揉め事に自ら首を突っ込もうとはしない。そのスタンスは今回も変わらず自らも主張している……のにも関わらず、いつの間にか彼女はミラロゼが国を滅ぼした怪物ジャバリエと戦うのを手伝い直接的にも力を貸そうとまで考えていた。イレイナ自身が言うようにそれは不思議なもの、つまり魔法のようなもの。彼女はミラロゼの魅力という魔法によって旅人という身分を越えられ、協力者へと変わっていたのだ。
3.復讐は垣根を越えることで果たされる
しかしイレイナが結局は事態にほとんど影響を及ぼさなかったように、彼女の身分越えは4話の要素を示唆するための補助線に過ぎない。発端がそうであったように、身分越えは本来はミラロゼの問題なのだ。
ジャバリエの撃破と共に明かされたのはおとぎ話のような恋の結末と、全てがミラロゼの復讐であったというイレイナの想像を超えたものだった。恋人も身ごもった子供も殺されたミラロゼは父にも同じ苦しみを味わわせるため、魔法によって彼を怪物ジャバリエに変え代償として記憶を失っていたのである。また、父王には実は意識が残っており、ジャバリエの呪いはそれを無視して彼に国民を喰らわせていた。
意識がありながらも体が勝手に動かされる父王の絶望は想像にあまりあるが、重要なのはそれが魔法によってなされたことだろう。最初に述べたように今回の魔法とは身分の垣根を越える力であり、すなわち魔法を使った時には必ず何かの身分の垣根が越えられている。父王が越えたのは国王と侵略者の垣根であった。
王が民を虐げることは珍しくはないが、自ら進んで国を滅ぼそうとする王は基本的に存在しない。民にとって圧制者も侵略者も恐怖の対象には違いないが、そこには明確な垣根がある。にも関わらず、ジャバリエの呪いは父王にそれを越えさせてしまった。身分違いの恋を断たれたミラロゼの復讐とは何より、自分が垣根を越えることを許さなかった父王自身に垣根を越えさせる という魂の復讐だったのだ。
4.そして、思うまま垣根を越えて
かくてミラロゼの復讐は遂げられたわけだが、そこにはもう一つの成果がある。彼女は垣根を越えることを禁じた父王自身に垣根を越えさせることで復讐を遂げたわけだが、それは自分を縛る枷から解放する行為でもあるのだ。
ミラロゼはもはや何に縛られることもなく、自分の望むままに垣根を越えていく。身分の垣根を越え、生死の垣根を越え、そして正気と狂気の垣根すら越えて、自分の欲する全てを得られる世界へと閉じこもっていく。イレイナすら驚嘆させるほど強大なミラロゼの魔法力とはすなわち、彼女にこれらの垣根を越えるほどの狂的な思いがあることの証明であった。
感想
というわけで魔女の旅々の4話レビューでした。だんだん「素直に受け取らんとこ」と作中の言動への耐性がついてきました。おとぎ話のような恋物語から打って変わって既に滅んだ国というあたりからも、多くの人が覚悟していたこととは思いますが。
レビューでは省いたディティール面で言えば「灰混じりの雪」「恋に落ちた王女が仕掛ける落とし穴」なんかも垣根を越える要素と言えるでしょうか。というか、父王に自分と同じ垣根越えの禁忌を冒させるというこの復讐自体が垣根越えでもあるな。
そろそろまた違ったテイストのお話も見てみたい気もしますが、さて次回は。