魔女イレイナが様々な国を渡り歩く姿を描き、TOKYO MX他で昨日ついにフィナーレを迎えた「魔女の旅々」。その最終回12話は、9話との関係性が大きくクローズアップされた興味深い展開になっていた。本ブログでは通常は1話単位のレビュー&感想を書いているが、今回はこの一点に絞って書いてみたいと思う。
1.12話のイレイナは9話のイレイナと同一人物なのか
12話においてイレイナは、様々な「わたし」の集う不思議な空間に紛れ込んでしまう。その中には自分と違う「わたし」をみな殺そうとする「粗暴なわたし」もおり、怒りに任せて大暴れするのだが――その理由は、彼女が時計郷ロストルフにおけるエステルとセレナの悲劇(第9話「遡る嘆き)」に心折れてしまったからだった。彼女に自分と同じ体験をしたことがあるか問われ、「主人公のわたし」とされたイレイナはこう答える。
イレイナ「無いですね」
この言葉だけ見れば「主人公のわたし」は9話とは整合性が取れず、むしろ心折れた「粗暴なわたし」の方がこれまで私たちの見てきたイレイナに近いように思える。しかし8話のはずの「切り裂き魔」を9話の後に経験している「粗暴なわたし」は絶対にこれまで私たちが見てきたイレイナではない。では「主人公のわたし」がそうであると考えるにはどうすればいいのだろう? ヒントは問われた彼女が答えの前に一度、拳を握りしめていることにある。
「主人公のわたし」はエステルとセレナの惨劇を知らないのではない。「知っていて、かつ知らないと言える」のだ。そして後に描かれたように彼女の話が「粗暴なわたし」の救いになるのなら、それは単なる強がりではない。これらを解決する方法として、1つの仮説をあげたい。
「イレイナは9話の後、もう一度時間を遡っている」
2.イレイナが時を遡る必然性
エステルは自分とセレナは姉妹のように仲が良かったと語るが、共に若年で魔女になった素質の高さや指輪によって魔力共同体になった様子などから見ればイレイナとエステルもまた義姉妹のような関係にある。だからかつてエステルが義姉妹を救えなかったように、イレイナもまた義姉妹を救えない悲劇を経験するというのが時計郷ロストルフで起きた出来事だった。しかしイレイナの経験がエステルの繰り返しであるならば、この9話の追体験はけして十分なものではない。本当に全てを繰り返すなら、イレイナ自身もまた 時を遡らなければならないはずだ。
もちろん、時を遡る魔法には膨大な魔力がいる。エステルは自らの血を代償にしてどうにかそれを捻出したほどだ。しかし逆に言えば、イレイナが再び時を遡ることはけして不可能ではない。安っぽい想像だが、例えば魔法統括協会を通して魔女の血を求めることもできない話ではないだろう。
3.覆らぬ過去を遡り、されど異なる繰り返しにするために
推測の物的(?)証拠の積み重ねからは少し話がずれるが、興味深い点として10話も11話も「時間を遡る」要素が大きく取り扱われていたことを挙げたい。
10話は回想という形で時間を遡る話であったし、11話はニケの正体を知ってもイレイナの過去の旅が覆されるわけではないという気付きの話だった。
ここで重要なのは「時を越えて同じようなことが繰り返される」こと、そして「遡っても覆らないこと」だ。時間を遡っても過去が変わるわけではないのはエステルが述べていた通り。そして9話では、かつてのエステルとセレナの悲劇と同じような出来事が繰り返された。エステルはセレナの本性という「覆しようのない出来事」を覆そうとして失敗したのである。
しかし、11話はもう1つ重要なことも示している。フランとシーラそれぞれの弟子であるイレイナとサヤは10話と同じように骨董堂の企みを阻止したが、その道筋は10話とそっくり同じではなかった。2人は師のように喧嘩したわけではなかったし、精神を入れ替える玉や好意を増進させる煙などは10話では機能していない。そしてこれまでのイレイナの旅にしても、ニケの冒険譚で描かれた場所を訪れてもそこでの出来事は同じものではなかった。「覆しようのない出来事はあるが、全く同じ繰り返しにはならない」のだ。
ならばイレイナもまた、その道理に従えばエステルの二の舞を演じることなく時間遡行を繰り返すことができる。10年前の出来事にいかに再介入したのかは分からないが、イレイナはエステルと同じように時を遡り、その上でエステルとは違う結果を導いたのだろう。
3.イレイナが果たしたものは
「主人公のわたし」イレイナは、「粗暴なわたし」同様に9話の辛い過去を経験した。
しかし経験の順番の違いからか心折れなかった彼女は自ら時を遡り、エステルとセレナの悲劇が回避された世界を作り出した。そこでは愛情が憎悪に変わる瞬間などは生まれなかった。
だから「主人公のわたし」は、そんな瞬間は見たことがないと答えることができる。
もちろん、それは本当に過去が無かったことにできるわけではない。2人のわたしが心に深い傷を負った事実は変わらない。それでも、幸せな世界が確かに存在することもまた変わらない。
だから「粗暴なわたし」は救われる。傷を癒やすことができる。
エステル「意味ならあるよ。こうすることでわたしの気が晴れるもの。あの子が救われた未来がどこかにあるって思えるだけでも、十分でしょ!」
義姉妹エステルのかつての言葉を、イレイナは彼女に代わって果たしたのである。