輝きを広げよう――「ラブライブ!サンシャイン!! The School Idol Movie Over the Rainbow」レビュー&感想

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©2019 プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!ムービー
少女が自分の中にゼロではなく無という輝きを、形なきものを見つけて終わった「ラブライブ!サンシャイン!!」。劇場版の鍵となるのもやはり形なきもの、輝きだが、それは常に味方になってくれるとは限らない。ラブライブ!サンシャイン!! The School Idol Movie Over the Rainbow」は重荷と化した輝きを祝福に変え、新たな一歩を見つけるお話だ。
 
 
 
 
 
浦の星女学院のスクールアイドルとして参加する最後の「ラブライブ!」で見事優勝を果たしたAqours
新たな学校への編入の準備を進める2年生、1年生の前に、想定外のトラブルが連発!?
さらに、卒業旅行へ向かった3年生が行方不明に!?
離れ離れになって初めて気づく、お互いの存在の大きさ。
新しい一歩を踏み出すために、Aqoursが辿り着いた答えとは——?
 
みんなで目指した輝きのその先へ!
未来へはばたく全ての人に贈る、最高のライブエンターテインメント・ムービー!

公式サイトあらすじより)

 
 

1.マイナスの輝き

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©2019 プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!ムービー
新たな学校で新たに6人で活動することを決めたAqoursだが、その活動はけしてまっさらな状態から始まらない。統廃合先の静真高等学校の父母は浦の星女学院の生徒編入が部活動の悪影響を及ぼさないかと懸念しているし、その払拭のため開いたミニライブで千歌達は3年生の不在を実感しパフォーマンスに失敗してしまう。これらはみな、過去がゼロになっていたなら起きていないことだ。
浦の星女学院がなくなり3年生がいなくなっても、その形なき存在感がいまだ残っているからこそこうしたトラブルは起きている。形なき存在とはすなわち、無だ。TVシリーズ最終回で千歌はその発見によって救われたが、捉えようによっては無は人を縛り付ける鎖にもなる。輝かしき過去を懐かしむことが、現在を止めてしまうこともあるように。
無がゼロでないことは必ずしも1を意味しない。マイナスもまた、ゼロではない。
 
 

2.もう1つの舞台がイタリアである必然

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©2019 プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!ムービー
形なきものは存在しないものではない、無はゼロではない。TVシリーズの最後に千歌を救ったそれは、劇場版ではまるで裏返しになってAqoursに襲いかかってくる。果南とダイヤと仲良くなったことで鞠莉が両親を困らせた過去は卒業で帳消しになっていないし、再びスクールアイドル活動をすると決めても理亞の心には姉の夢を自分が壊してしまった後悔が染み付いている。過去は、都合よく消したりすることはできない。
そうした要素を取り扱うのだから、鞠莉の家出じみた親子喧嘩によってイタリアが今回のもう1つの舞台になるのは必然だろう。鞠莉の先祖の暮らした地であり、豊かな水路と引き換えに車が通れず、中世にタイムスリップしたような錯覚すら起こす街のある国。かつていた人はおらずともその面影を色濃く残したこの国は、消えない過去という無との関係性を考えるのにうってつけの場所なのである。
 

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©2019 プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!ムービー
果南「千歌の言う通りだと思うよ」
千歌「え?」
果南「千歌達が見つけるしかない」
鞠莉「そうだね、わたし達の意見が入ったら意味ないもん」
千歌「……だよね」
果南「でも…でも気持ちはずっとここにあるよ。鞠莉の気持ち、ダイヤの気持ち、わたしの気持ちも変わらずずっと」
千歌「ずっと……」
果南「そう、ずっと」

 

 
イタリアでの再会をきっかけとした9人のAqoursへのタイムスリップは、あくまで一時的なものに過ぎない。だが果南は「新しいAqours」を見つけられない千歌の悩みを突き放すと同時に、新たな視点を与えもする。新しくなることは、過去を消すことではない――ゼロにすることではないのだ。
 
 

3.消せないことに、意味はある

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©2019 プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!ムービー
新しくなることは過去を消すことではない、ゼロにすることではない。鞠莉の母を説得したスペイン広場でのライブに加え、そのことより鮮明にするのがAqoursのライバル・Saint Snowの鹿角聖良・理亞の姉妹だ。理亞は姉・聖良の卒業に伴い新たなスクールアイドルグループを作ろうとしたが、他のメンバーがついてこれず活動は行き詰まってしまう。その理由は何より、彼女の目指したグループがSaint Snowでしかなかったからだった。自分の失敗でラブライブ優勝という姉の夢を壊してしまった後悔は、今も彼女の胸に突き刺さっていたのである。
 
Saint Snowと同じものを作らなければならない。作って、姉の果たせなかったラブライブ優勝の夢を叶えられなければ申し訳ない。そう思い詰めて理亞は慟哭する。しかしこれはそもそも不可能な話だ。Saint Snowと同じものを作るなら聖良と同じ人間が必要で、もちろんそんな人間は存在しない。またこれから何が起ころうと、Saint Snowが地区予選で敗退した過去は何も変わらない。いや、Saint Snowが存在したその過去は全て、ゼロにはならない。
聖良が転校させようかと考えたように、Aqoursに入れば理亞はSaint Snowだった時に近い環境を手に入れることはできるだろう。優勝だって狙えるだろう。けれどどれだけ近かろうとそれはSaint Snowではない。AqoursSaint Snowは違うもので、その差はどうやってもゼロになることはない。
 

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©2019 プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!ムービー
挫折や過ちに、いや栄光にすら・・・・・汚されない、けしてゼロにならないもの。ゼロにあらざる形なきもの、すなわち"無"。それは千歌が、Aqoursが見つけたものとやはり同じ"輝き"だ。物語の主役となれなかったSaint Snowにもまた、確かにそれはあった。
 

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©2019 プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!ムービー
千歌「分かった!わたし達の新しいAqoursが!」
 
理亞にその存在を伝えるライブを経て、千歌は答えに至る。Aqoursが行ったライブライブ決勝の延長戦は、けしてSaint Snowを救済するためだけのものではない。千歌にとってもこれは、輝きの先を知る道のりの延長戦だった。そしてその延長は、次段で触れる同行者・渡辺月によって更に広く遠くへ伸びていく。
 
 

4.渡辺月の役割

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©2019 プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!ムービー
ラブライブ決勝の延長戦を歌ったのはAqoursSaint Snowだが、そこに居合わせたのは彼女達だけではない。曜の従姉妹である渡辺月もまた、司会および撮影係として2組のライブを目の当たりにしていた。そして、彼女がライブ動画を生徒や父兄に見せたことは彼らのAqoursへの協力に繋がった。
曜に対する月という名前が示すように、彼女は存在そのものが延長線・・・だ。曜の従姉妹であり統合先の静真高校の生徒であり、鞠莉探しを頼まれた千歌達のイタリアでのガイド役。その行動は全てが既にあるもの、「1」に達したものをより遠くに繋げることを役割としている。前後の場面が感動的で埋もれがちだが、彼女の存在意義がもっとも表れているのは生徒を引き連れて千歌達へ協力を申し出る場面だろう。
 

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©2019 プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!ムービー
曜「月ちゃん、どうしたの?」
月「あのライブ動画を見て、集まってくれたんだよ。僕達にも何かできないかなって」
千歌「だけど、反対されてたんじゃ……」
月「気付いたんだ、僕達は何のために部活をやってるのか。父兄の人達も」
千歌「何のため……」
月「楽しむこと! みんなは、本気でスクールアイドルをやって心から楽しんでた。僕達も、本気にならなくちゃ駄目なんだ。そのことをAqoursが、Saint Snowが気付かせてくれたんだよ。」
月「ありがとう……」

 

 
楽しむこと。それは成功不成功で揺らいだりしない絶対のものだ。ここにもまた千歌が見つけた「輝き」と同じものがある。
彼女の通う静真高校は、部活動が活発でいくつかは全国大会に出るほどだった。その優秀さが崩れないかという父兄の懸念はつまり成功不成功に囚われていたのだし、それに対してラブライブ全国優勝の実績で相対化しようとした千歌達もまた成功不成功に囚われてしまっていた。
 
私たちはしばしば成功そのものが輝きだと錯覚してしまうが、本当はそんなところには輝きは無い。鞠莉が何の社会的な成功が無くとも母を説得できたように。理亞がSaint Snowでの挫折を、ラブライブ優勝以外の方法で乗り越えたように。その人知れず行われたラブライブ延長戦ですら、Aqoursが全力のパフォーマンスを見せたように。何かを目指す全力そのものに輝きはあって、だからそれらを目にした月も、彼女が拡散した動画を見た人も心を動かされたのだ。
月は太陽の光を反射し地球に届ける。Aqoursの輝きを撮影し多くの人に届けた渡辺月は、その名の通り太陽の輝きを――"サンシャイン"を反射し届けたのである。
 
 

5.新しいAqoursとは

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©2019 プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!ムービー
輝きはそもそも、見つけることが難しい。探し求めたそれに千歌が気付いたのは、2クールかけた物語の本当に最後だった。TVシリーズは、つまり9人のAqoursの物語は「輝きを探す物語」だった。
そして輝きは形なきものだから、見つけても簡単に見失ってしまう。6人になったAqoursも、再起動を志した理亞も呆気なくそれを見失ってしまっていた。見つけ直すために9人のAqours、そしてSaint Snowの力を借りたけれど、それは6人のAqoursやこれからの理亞の物語ではない。輝きを探すことは「その先」の物語ではない。
6人のAqours(そして理亞)がこれからしていくのは「輝きを広げる物語」だ。輝きを"延長"する物語だ。浦の星女学院で見つけた輝きを統合先の学校に、そして内浦に留まらずもっと多くの人に輝きを伝えていく。それは、見つけた輝きは本当は消えたりしないと、もうゼロになったりはしないと知った千歌達にしかできないことだろう。
 

「ゼロから1へ、1からその先へ」

 
6人でのライブの前、自分達がゼロであることを起点にしたこの言葉を千歌は口にしない。
 

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©2019 プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!ムービー

千歌「1からその先へ、みんなと共に、その先の未来へ!」

 
新たに生まれたその言葉が、輝きの広がりこそが「新しいAqours」なのだ。
 
 

感想

というわけで劇場版「ラブライブ!サンシャイン!!」のレビューでした。まずすみません、2020年内中に書くのを目標としながら過ぎてしまいました。12月中に何回か視聴したのですが、その段階では物語(とダイヤの美しさ)に感動しながらもTVシリーズの焼き直しのようなものしか書けず。9人のAqoursでの時間が「見つけ直し」だと捉えるのと月の役割(というか象徴するもの)を把握してようやく一連のものとすることができました。
書き終えてみて、脱帽しています。すごいな。すごいなんてものじゃないくらい、すごいな。どうしてこんな物語が書けるのだろう。これをリアルタイムで、映画館で見られなかったのが残念で、同時に今見なければきっとこんなにまでこの作品について考えはしなかった(できなかった)ことでしょう。僕が今探していたものが、ここにありました。
 
社会的な成否はもちろん、正しいかどうかとすら別のところに輝きはある。それは利口ぶって安全地帯から嘲笑っていたら絶対に手に入らないし、逆にそうでなければ誰もが手を伸ばせる。正解だけ摘んでいるつもりであらゆる人が間違えるこの世界だからこそ、千歌達の眩しい姿は僕達に道を照らし出してくれているのだと思います。
彼女達の物語が、それが宿った歌の数々が大好きです。素晴らしい作品をありがとうございました。