私の見る世界は不正確――「裏世界ピクニック」2話レビュー&感想

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
くたびれ大学生・空魚と美人女子・鳥子の2人行を描く「裏世界ピクニック」。2話では空魚は鳥子に突然の壁クイをされ戸惑うが、それが求愛だというのは勘違いで鳥子は自分と空魚に起きた身体的な変化を確認したいだけだった。1話で見られたのは認識と存在の直結だが、2話で描かれるのは自分の認識の不正確さだ。
 
 

裏世界ピクニック 第2話「八尺様サバイバル」

 
〈裏世界〉で「くねくね」を撃退した空魚と鳥子。鳥子の案内で〈裏世界〉の研究をしている人物の家を訪れることになる。その人物は小桜という、一見すると小学生にも見える少女だった。〈裏世界〉で入手したアイテムを買い取ってくれるという小桜に、〈裏世界〉で遭遇した怪異や、空魚の眼と鳥子の手の色が変化したことを話すのだが…
 
 
 

1.自惚れの強い男、肋戸

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
今回はゲストに肋戸(あばらと)という男性が登場する。神隠しに会った妻を探して裏世界にたどり着き、この異常な世界について詳しい知識を持つ人物。大切な人を探している点に鳥子は共感し、空魚は疎外感を募らせるのだが――実際のところ、肋戸は鳥子と同じ立場の人間だったのだろうか。
 
肋戸は確かに裏世界に詳しい。殺人地雷にも等しいグリッジから空魚達を救い、裏世界にも偶然ではなく綿密な調査の末にたどり着いている。だが、彼の語ることが全て本物である保証はない。グリッジは確かに存在した一方、肋戸は空魚を妻と見間違えるほど憔悴してもいる。裏世界の住人が表の方のあちこちに潜り込んでいるという話に至っては被害妄想の典型で、空魚達も素直に信じることができない。
最終的に肋戸は、直前にも空魚と妻を誤認していたにも関わらず「愛する妻の姿を俺が見間違えるはずないじゃないか」と八尺様に騙されてその生を終えた。彼の話がどこからどこまで(ひょっとしたら、妻の実在すら?)真実なのかは分からないが、彼が自分が思うほど事実を認識できていなかったのは確かだろう。
 
自分で思うほど事実を認識できていない肋戸のありようは、冒頭で瞳の確認を求愛の壁クイと勘違いした空魚と同じだ。肋戸の後を追うように八尺様に騙されそうになった構図そのままに、彼に似ているのは鳥子ではなくむしろ空魚の方だったのである。
 
 

2.空魚が今回発見(認識)したもの

空魚は鳥子に引き戻されるまで、自分が騙されている認識は無かった。自分だけが正しく物事を見ていると思い込んでいた。それはつまり、自分が完璧だと思いこんでいたということだ。自分が完璧だと思いこんで、自尊心を守っていたということだ。
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
鳥子にとって冴月がいかに大切な人なのかを知った空魚は今回、鳥子に冷淡……ですらない拗ねた態度を取る。「私は鳥子のことなんかどうでもいい」「1人でいたかった」と思い込もうとしてそうできていない。すっぱい葡萄の童話そのものの、大人ぶった子供の態度。
童話の狐が取れない葡萄をすっぱいに決まってると負け惜しみを言うのは、自尊心を守るためだ。自分は完璧だと、自分の物の見方、自分の「認識」こそ正しいのだと思い込むことで、人は自分を守ろうとする。
けれど冒頭示されたように、人は自分が思うほど事実を認識できはしない。すっぱいのだと自分に言い聞かせるにはまず、美味しそうだという思いがなければ始まらないのである。
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
空魚「置いてかないでよ、鳥子のバカ!一人にしないで、行っちゃやだよ!」
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
空魚(私の方が騙されていた?なんで? 肋戸さんが向こうに奥さんがいると思わされたように、わたしも感情を利用されて……誰の?鳥子への?)
空魚「うわーーっは!? なんだそれ!」

 

 
八尺様に騙され、我に返った空魚は何重もの意味で「認識」する。自分こそ騙されていたことを。自分が物事を正しく見ることができているなんて思い上がりに過ぎないことを。自分が鳥子を求めて止まなかったことを。
冒頭の壁クイは確かに勘違いだった。鳥子には冴月という大切な人がいて、自分が求めるほど鳥子は自分を求めてはいない。けれど同時に、鳥子は自分がいたからこそ八尺様の罠にかからなかった。わざと距離を取る必要が無い程度には、鳥子は自分を思っているのも確かだった。
 
私達は、自分が自惚れるほどには世界を正しく認識できていない。世界は自分で思うよりずっと"私"に無関心で、同時に自分で思うよりずっと"私"のことを見ているのだ。
 
 

感想

というわけで裏ピク2話の考察&レビューでした。や、これ楽しいですね。前回でも「他人に関心を持たれてないと感じているが、自分の方でもさほど他人に関心を持ってない」空魚の姿に共感するものがあったのですが、今回はいっそうその色が強い。
 
・自分だけは正しく物事を見ていると思っているがその実、利口ぶったバカに過ぎない
・独占欲と依存心が人一倍強く、ゆえに欲しい物が手に入らないと「どうでもいい」とごまかす
 
……旧2ちゃんねるにハマって、冷笑主義によるぺらっぺらな自尊心を肥大させた僕みたいな人間のメンタリティそのまま!
 
空魚が僕より下の世代にどう映るのかは分かりませんし、「彼女は僕だ!」などと言うのは避けますが(それは冒頭の壁クイ勘違いと同じ自意識過剰だ)、彼女を見ていると身につまされるものがあります。いや彼女ならまだいい方で、僕が妻の存在まで妄想だった場合の肋戸さんでない保証はどこにもないのですが。
 
作品の楽しみ方が分かってきたように思います。次回以降の期待値が跳ね上がる第2話でした。