変わる目の付け所――「裏世界ピクニック」8話レビュー&感想

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研

 異形ばかりが怪異とは限らぬ「裏世界ピクニック」。8話で依頼者となる瀬戸茜理は空魚を霊能力者と勘違いしており、また猫の忍者に襲われているという彼女の相談は一見からかいとしか思えない。共通するのは「区別がつかない」こと――読み解きもそこを鍵に行いたい。
 
 

裏世界ピクニック 第8話「猫の忍者に襲われる」

 
大学の学食で、空魚は瀬戸茜理という後輩に声をかけられる。相談したいことがあるという茜理は、空魚が霊感持ちで、心霊現象に詳しいと思い込んでいた。誤解を解く間もなく、茜理の話を聞かされることになる空魚。相談というのは「猫の忍者に襲われる」というものだった。荒唐無稽なデタラメにしか思えない話だが、空魚には心あたりがあった。
 
 
 

1.高度に発達したナントカはカントカと見分けがつかない

「高度に発達した科学は魔術と見分けがつかない」……アーサー・C・クラークのこの言葉は汎用性が高く、多くの作品で引用されるしまた読者や視聴者の側でも解釈の鍵とすることができる*1。例えば5話でテーマとした、「区切りをつけようとすればするほど区切りがつかなくなる」なども枠組みとしては近いものだろう。空魚が霊能力者扱いされるのも、茜理の相談内容が冗談やからかいに思われるのも、空魚が曲がりなりにも怪異に対処してきたり茜理がネットミーム通りの経験をしてきたからに他ならない。個性の強化がむしろ同質化に繋がることは、けして珍しい話ではないのだ。
 
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
小桜「うるせー、これはタヌキなんだ! 誰がなんと言おうとタヌキなの!」
 
それがけして裏世界絡みに限らないのは、小桜の受難からも言える。強い恐怖は彼女にタヌキとアライグマの区別をつかなくさせてしまうし、酔った勢いでたばこ管理作業車を送りつけられるなど「おかしなものをうちに呼んだ」以外の何物でもない。「区別がつかなくなる」のは最終的にいつも、対象を見る人の目の方なのである。そして今回その問題に悩まされるのは誰あろう、裏世界の様々なヴェールを剥がす目を持つ空魚だ。
 
 

2.空魚が猫にこだわる意味

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
空魚「猫じゃありませんように猫じゃありませんように……猫~……」
空魚「変化なし、やっぱり猫だよ。撃ちたくない……」

 

空魚は今回、くどい程に猫にこだわっている。裏世界のものはもっと得体が知れなくて怖いはず、猫はかわいくて好きだから怖い経験をくっつけたくない、撃ちたくないから怪異の正体は猫以外であってほしい……危険なら撃つと割り切れる鳥子と違い、空魚は猫と怪異を切り離せていない。つまり「区別がついていない」。*2
今回舞台が裏世界ではなく時空のおっさん世界=裏世界と表世界の中間領域なのも、空魚のこの感覚と重なった物語的必然なのだろう。
 
 

3.区別がつかないのではない、区別のつけ所が違うのだ

実際に怪異に襲われる状況になってまで猫を撃つのを嫌がる空魚のありようは鳥子も呆れるほどだが、世界はそんなに簡単に区別がつくものではない。そう、先に述べたように以前の話で示されたように「区切りをつけようとすればするほど区切りがつかなくなる」のも世界の道理なのだから。
 
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
鳥子「駄目だこいつら……!」
茜理「どういうわけか、蹴りも突きも全然効かないんです。間合いは合ってるはず、なのに当たった手応えがなくて」

 

鳥子の拳銃も茜理の空手も、猫の忍者を捉えることはできない。「間合いは合ってるはず」と茜理は訝しがるが逆だ。間合いを、つまり一般的な区別をつける能力に長けているからこそ2人の攻撃は当たらない。異なる区別のつけ方=理屈によってしか対処することはできない。これまでは空魚が怪異を見ることが異なる区別のつけ方であったが、猫の忍者は彼女の右目で見ても猫でしかない。*3
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
だから事態は猫の忍者ではなく、茜理を見ることで解決する。彼女の体内に埋め込まれていた「しるし」を見つけ出し、遠くへ投げることで猫の忍者は襲撃をやめる。空魚がつけた区別(解明した理屈)は、「どうすれば猫の忍者に当てられるか」ではなく「猫の忍者が何を狙っているか」であった。
必要な区別がついたなら、もはや空魚達は中間領域(区別のつかない世界)にいる理由も資格も無い。だから彼女達は出口を探すのではなく、猫によって早々に表世界へ戻されるのである。
 
 

4.最後に区別がつかなくなったもの

かくて茜理を襲う怪奇現象は去った。全てが一件落着……と行きたいところだが、「区別がつかない」がテーマのこの8話はそこでの終わりを許してくれない。茜理の体内に埋め込まれていた「しるし」は、彼女が元家庭教師である閏間冴月にもらったはずがなくしたお守りであった。
 

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©宮澤伊織・早川書房/ DS研
自分にとって特別大切な存在であり、裏世界から助けて帰るべき相手。鳥子は冴月をそのように認識(区別)している。しかし彼女が姿を消したのは純然たるトラブルだったのだろうか? また、冴月は鳥子に思われるほど鳥子を大切に思っていたのだろうか? 茜理に「しるし」を仕込んだように、鳥子の今の行動も冴月が仕向けたものだったら?
疑えば疑問はいくらでも膨れ上がらせることができる。
閏間冴月とはどんな人物なのかという「区別がつかなくなる」こと。それこそは、この8話のゴールであった。
 
 

感想

というわけで裏ピクの8話レビューでした。初見時に「あ、これ書くの大変だ」と覚悟しましたが案の定。祝日でまあ良かった(のか?)。
裏世界用にたばこ管理作業車を買っちゃうとかどんだけ酩酊状態だったのだ空魚と鳥子……劇伴はあれが怪異ですと言わんばかりだったのもあって色んな区別がつかなくなったぞ。あと小桜にぬいぐるみがアライグマだと指摘する時の空魚の口調、(笑)とかつきそうで良い具合に小憎らしかった。
 
猫だから撃ちたくないというのは「おっさんか猫か」の違いを切り捨てない宣言をした空魚らしい当惑でもあり、舞台や性質に限らない4話とのリンクを感じた回でもあったと思います。後半らしくなってきましたが、はてさて。
 
 

*1:などと偉そうに書いているが、著作未読です。申し訳ない。

*2:人の姿をしたものを撃つことへの2人の耐性とは対照的で、空魚の根っこの部分の他者への関心の薄さが伺える。

*3:今までの方法が通用しないのは、前回怪異が空魚達を個体識別し積極的に怖がらせようとしたのとも関連していると思われる。バトルに例えるなら「敵が強くなった」のだ。