残したい思い――「のんのんびより のんすとっぷ」8話レビュー&感想

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©2021 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合三期
移り変わりは去りゆくもの。「のんのんびより のんすとっぷ」8話は、あかねがこのみの卒業を寂しがるところから始まる。全てが今まで通り残るなどということはなく、けれどそれは寂しさだけをもたらさないことを今回の話は教えてくれる。
 
 

のんのんびより のんすとっぷ #08「先輩はもうすぐ受験だった」

 
 
篠田あかねは、先輩から「受験の為に部活を辞める」と告げられます。
富士宮このみのおかげで友達が出来て、フルートも上達したと感謝しているあかねは、このみも部活を辞めるのではないかと寂しくなりました。
帰り道、駅に着くと偶然このみが現れます。これから越谷家に遊びに行くので、駅前商店街のお祭りで手土産を買っていこうとしているようです。
このみと一緒にお祭りをまわる事になったあかねは…。

 

 
 
 

1.残したいものを望む通りに残せるとは限らない

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©2021 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合三期
あかね「このみ先輩、もう1回やりましょうもう1回!」
このみ「よーし、負けないよ!」

 

アバンを別として3パート構成の8話だが、Aパートではあかねがこのみの部活引退への葛藤を抱きながらお祭りを回る様子が描かれる。このお祭りが舞台というのがよくできたところで、考えてみれば学校の先輩後輩の関係というのはお祭りのようなものだ。どれだけ仲良く楽しく過ごせるとしてもその時間は短く限られていて、永遠には続かない。お面はれんげには似合ってもあかねに似合うとは限らないし、電車に乗るから臭いのある食べ物はお土産にできないし、射的のビギナーズラックも継続してはくれない。
 

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©2021 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合三期
このみ「あ、でもさっきのセリフもっかい言って? 嬉しかったから」
あかね「ぜったい嫌です!」

 

 
そういう「残したいものを望む通りに残せるとは限らない」のがよく出ているのがオチで、感謝の言葉を伝えたあかねに待っていたのは、このみは推薦合格しており受験で引退するのは勘違いだったという真相だった。あかねが意を決して伝えた感謝の言葉は、恥ずかしい勘違いの言葉として残ってしまったのだ。
 
 

2.残したくないものを望む通りに残さず済むとは限らない

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©2021 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合三期
夏海「まるでうちがふすま破ったかのような……!?」
 
「残したいものを望む通りに残せるとは限らない」のがAパートなら、Bパートはその逆だ。こちらの主役の夏海はふすまに空けてしまった穴の隠蔽に悩むのであり、それはつまり残したいものではなく「残したくないもの」である。
残したくないからこそ、夏海は様々に策を弄する。上から福笑いを貼ってみたり、母が入れないようにアサガオの支柱でつっかえ棒してみたり、トラブルなど起きていないように振る舞ったり……しかし結局、そうした企ては全て失敗に終わる。福笑いはポスターにはならないし、アサガオの支柱はあくまで支柱に過ぎないし、夏海の母への誤魔化しは不自然極まりない。彼女は残したくないものばかりを残してしまう。
 

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©2021 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合三期
夏海「笑う門に福来ないのかよ」
 
そういう「残したくないものを望む通りに残さず済むとは限らない」を象徴するのはやはりオチで、ふすまに穴を空けてしまったというのは夏海の勘違い――つまりあかねと同じ――だったわけだが、それを聞いておおはしゃぎした夏海は結局、福笑いを剥がそうとしてふすまを破ってしまう。彼女が残したくないのに残してしまったのは自分のヤンチャぶりで、その顔には残す気もないのに笑顔だけが残ってしまったのだった。
 
 

3.ままならぬ「残す」「残さない」の釣り合い

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©2021 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合三期
「残したいものを望む通りに残せるとは限らない」「残したくないものを望む通りに残さず済むとは限らない」……並べてみると絶望的にも思えてくるが、ユーモラスで温かな作りの本作はやはり、それらを優しく包んで終わる。
Cパートで描かれるのはあかねのこのみ宅来訪で、彼女は自分がいつまでこのみの家に来ても邪魔にならないかと考える。このみの部活引退は勘違いだったが、それは「残したいものを望む通りに残せるとは限らない」悩み自体を解決してくれるものではないからだ。
 

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©2021 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合三期
残す、残さないはいつだって不自由で、皆の前で1人でフルートを吹くことを提案されたあかねは緊張のあまりヤカンのような音を出してしまう。これまでの練習を「残せない」。
けれどあかねは、また今度でもいいと小鞠に言ってもらっても続けようとする。やる気を「残そうと」する。このみが場所を変えてやってみようと提案したのも、いつも通りやれば大丈夫と助言したのも、あかねのその意思が「残って」いたからこそだろう。そしてあかねはどうにか、緊張は「残さず」練習の成果は「残す」ことができた。だからそこには皆が聞き入り、景色に染み入るような美しい旋律があったのだ。
 
 

4.全部は残せなくても

ままならない「残す」「残さない」の関係の中、それでもあかねがフルートを吹くことができたのはなぜか。演奏の後、あかねが止まらせてもらったこのみの家でその原理は明らかになる。
 

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©2021 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合三期

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©2021 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合三期


このみ「……あかねちゃん、起きてる?」
あかね「なんですか?」
このみ「大学行っても、フルート続けるつもりだからさ。これからも練習一緒にしようよ」

 

 
このみは、大学に行ってもフルートを続けるから一緒に練習しようと言う。それは今後自分が邪魔にならないかというあかねの悩みを吹き飛ばすものだが、Aパートと違ってあかねはそのことを口に出していない。これは勘違いの訂正ではない。他ならぬこのみ自身の願いだ。
 
振り返っても分かるように、このみは親切だし面倒見もいい。1話で見かけたのがあかねでなくても、彼女は優しく相談に乗ったろう。
けれど先輩後輩として数ヶ月共に過ごした今、このみにとってあかねは他の誰とも同じ人間ではない。彼女が今後も一緒に練習しようと言ったのは、あかねとの楽しい時間を続けたいと、「残したい」と願ったからだ。そしてそう思えたのは、勘違いがきっかけでもあかねがAパートで感謝を伝えたこと、これまでが素晴らしい時間であったと言葉で「残そうとした」ことと無縁ではないだろう。あかねとこのみが共に残したいと思ったからこそ、2人の関係は全部ではなくとも残ることができた。
 

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©2021 あっと・KADOKAWA刊/旭丘分校管理組合三期
 
 
残したいものを望む通りに残せるとは限らない。残したくないものを望む通りに残さず済むとは限らない。世の移り変わりは激しくて、残すも残さないもなかなか思うようにはならない。けれど、「残したいと思うから残せるもの」はある。救いは、あるのだ。
 
 

感想

というわけでのんのんびより3期8話のレビューでした。こうやって見立ててみると、あかねにこれからも練習しようと誘うこのみが顔を見せないのがとてもかわいくてですね。これ恋愛AVGならクール系ヒロインが隠れデレしてるシチュエーションですよ。顔見ようとしたら怒られるやつ。
「強キャラ」の意外な一面が見られた感じで、とても素敵な回でした。次回も楽しみです。