体面破壊工作員六号――「戦闘員、派遣します!」1話レビュー&感想

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©2021 暁なつめ, カカオ・ランタン/KADOKAWA/「戦闘員、派遣します!」製作委員会
特撮的悪の組織×異世界の取り合わせが目を引く「戦闘員、派遣します!」。主人公の戦闘員六号は名前通りのヒラであり、幹部のような戦闘力は持たない。1話レビューでは腕力以外の彼の強さについて迫ってみたい。
 
 

戦闘員、派遣します! 第1話「工作員、派遣します!」

悪の組織・秘密結社キサラギの戦闘員六号は、最高幹部からスパイ活動を命じられる。
目標は地球によく似た別の惑星。
半ば強引に転送された六号は、高性能アンドロイドのアリスと共に未知の惑星の侵略を開始――する!?

 (公式サイトあらすじより)

 
 

1.秘密結社キサラギの栄光と危機 

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©2021 暁なつめ, カカオ・ランタン/KADOKAWA/「戦闘員、派遣します!」製作委員会
アスタロト「では世界征服が完了したならば、お前達戦闘員はどうなると思う?」
六号「へ?俺たちが支配者になって、残る余生は酒池肉林の放蕩三昧でしょう?」
アスタロト「たわけ。大規模なリストラだ」

  

世界征服を企みヒーローと戦う――特撮的悪の組織とは概ね、そのように定義される。本作に登場する秘密結社キサラギも例外ではないが、異なるのは目標を達成しかけている点だ。ヒーローの打倒は既に成功し、世界征服も目前に迫っている。企みはもはや王手をかけた状態と言える。
 
しかし目標の達成は存在定義を揺るがす危機でもある。ヒーローを倒し世界征服を成したら、それはもう特撮的悪の組織ではなく単なる世界の経営者に過ぎない。不要になった戦闘員のリストラも考えなければならない。キサラギは勝利と共にレゾンデートル、大義名分――いや、特撮的悪の組織としての「体面」の危機に陥っているのだ。
 
特撮的悪の組織は常に世界征服を企み戦い続けなければならない。地球を征服してしまったなら他の侵略対象を見つけなければならない。六号に求められたのはつまり侵略の尖兵であると同時に、体面の守護者となることであった。
 
 

2.体面の守護者としての六号の適性

前段で書いたように、六号に課せられた役割とはキサラギが特撮的悪の組織としての体面の守護にある。しかし「体面」を考えた時、この六号はかなり癖のある人間だ。
 

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©2021 暁なつめ, カカオ・ランタン/KADOKAWA/「戦闘員、派遣します!」製作委員会
六号「なにイキってんすかゆかりさん。じゃあ親御さんの前で今のもっかいやれますか?」
 

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©2021 暁なつめ, カカオ・ランタン/KADOKAWA/「戦闘員、派遣します!」製作委員会
アスタロト「それと、週に一度は経過報告を送ること。あなたが元気でやっている様子を、キチンと伝えなさい」
六号「アスタロト様……行く前にギュッとしていいですか?」

 

 
女幹部の服装の恥ずかしさを指摘する、恥じらいながら示される好意にがっつく……六号の行動は常に、下品なほど直截的だ。ヒラの戦闘員ゆえの責任の軽さ気楽さ*1を最大限に謳歌する彼は「体面」からはもっとも遠い人間なのである。
 
体面の守護のため派遣された人間がもっとも体面から遠く、体面を破壊すらする。不真面目さもあいまって、一見すると六号はこの作戦には不適格とすら映る。だが、本当にそうだろうか?
 
 

3.特撮的悪の組織にもう1つ必要なもの

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©2021 暁なつめ, カカオ・ランタン/KADOKAWA/「戦闘員、派遣します!」製作委員会

特撮的悪の組織にとって世界征服の企みは必要な体面だが、それだけでは彼らは特撮的悪の組織たり得ない。もう一つ必要なもの、それは――「バカバカしさ」である。コスプレみたいな格好をした女幹部、秘密に見えない秘密結社などバカバカしさなしに特撮的悪の組織は成立しない。*2
 

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©2021 暁なつめ, カカオ・ランタン/KADOKAWA/「戦闘員、派遣します!」製作委員会
六号「……どうしよう。なんか大変なことをやらかした気がしてきた」
 
そういうバカバカしさ、バカらしい悪人ぶりで見たなら、六号は特撮的悪の組織の「体面」をあらゆる場面で保つ逸材だ。思考は悪行ポイントでエロ本を買うほど短絡的、発想は小学生みたいにアホなパスワードを設定するほど下品、言動は不真面目かつ小物……守るべき体面をほとんど持たない彼は同時に、どこでどんな行動をしようと特撮的悪の組織のヒラ戦闘員としての体面を保ち続けている。アリスの人工降雨装置修復もそれだけなら救国の英雄と崇められてもおかしくないところ、六号はパスワード設定ひとつでそれをぶち壊しにしてしまったのだから。
 
 

4.六号の最大の武器とは

仮にヒーローのような行動を取ったとしても、六号が六号である限りそれはヒーローではありえない。「特撮的悪の組織」の体面は保たれ続ける。そしてその所以である「体面の乏しさ」はけして卑しさだけのものではない。
 

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©2021 暁なつめ, カカオ・ランタン/KADOKAWA/「戦闘員、派遣します!」製作委員会
アリス「私達をスカウトしてきたスノウ様の手柄にもなるでしょう?」
スノウ「うっ!」
六号「あっ!?なんだよそういうことかよ。仕事を紹介してやるとか恩を着せるようなこと言っときながら」

 

 
人間は普通、自分の感情を抑えて動くものだ。細かく見れば理由は様々だが、そこにはしばしば「体面」が絡んでいる。「ああ言った手前こうは言えない」「的はずれなことを言って恥をかきたくない」等など……体面は人を守る壁であり、同時に動きを抑える拘束具でもある。しかし六号は体面に乏しい。体面に守られないが、縛られもしない。ポンコツ呼ばわりしたアリスに「助けてくださいお願いします!」と泣きつける六号は体面に縛られがちな私達よりずっと柔軟だ。
 

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©2021 暁なつめ, カカオ・ランタン/KADOKAWA/「戦闘員、派遣します!」製作委員会
六号「『全責任は私が取る!』って言ってたよな?ってことは……」
 
そしてそんな彼の体面の無さは、周囲の人間の体面すらも破壊していく。頭の悪い発想の数々にアリスは美少女らしからぬ毒舌を吐きっ放しだし、真面目な女騎士に見えたスノウが欲深さをあらわにしたのは六号に同類の臭いを感じたからでもあった。また、たおやかな姫君と見えたティリスはパスワード設定の件を皮切りに影の支配者としての本性を見せ始めている。全ては六号をきっかけに動き出したものだ。
 
あまりにも体面に乏しいものを相手にする時、人は自分の体面もまた脱ぎ始めてしまう。それは見ようによっては六号がもたらした精神的"侵略"だとも言える。口だけで女幹部ベリアルの羞恥心を呼び覚まして黙らせてしまったように、今回スノウのプライドをすっかりコケにしてしまったように。
"体面の破壊"それこそは六号の最大の武器なのである。
 
あまりに危ういこの異能を手に、六号はこれからいかなる活躍を見せてくれるのか。どんな展開になるにせよ、退屈しないのだけは間違いなさそうだ。
 
 

感想

というわけで戦闘員の1話レビューでした。初見時は「ベラベラ喋り過ぎでは?」とも思ったのですが、読み解いてみると必要なスタイルなのが感じられ笑えるようになりました。この感覚、お母好きを「台無し系コメディ」と定義できたら途端に全てが笑えるようになったのに似てるな。
 
*「深夜アニメの歩き方」に寄稿した「通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?」レビュー
 
予告見てると更にロクデナシが出るようで、賑やかなお話が楽しめそうです。
 
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*1:現実だとヒラに責任を押し付ける人も珍しくないが

*2:もう20何年もまともに特撮を見てない人間の「昔の特撮への印象」です。