告白の理由――「かげきしょうじょ!!」12話レビュー&感想

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© 斉木久美子・白泉社/「かげきしょうじょ!!」製作委員会
過去を力に変える「かげきしょうじょ!!」。12話後半ではさらさと暁也が恋人になった経緯が描かれる。愛が感じたように、それは恋愛感情というより思惑の絡み合ったものだった。さらさはなぜ、暁也に彼氏になってほしいと告げたのだろうか?
 
 

かげきしょうじょ!! 第12話「きっと誰かが」

 
 

1.ライバルの必要性

さらさはなぜ暁也に彼氏になってほしいと告げたのか? 後半のこの謎を読み解くためには、まず前半について触れねばならない。1話は単に30分の尺に収まるところを切り取ったものではなく、その回の主題を描く必然性に導かれて生まれるもの。ならば当然、後半を読み解くためのヒントは前半に隠されている。
 

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彩子「わたし、いつも自分の予想を超えたことがなくて。奇跡は紅華に入学できたことくらいで……」
 
前回の愛の圧倒的な演技から続く前半の主役は本作の歌姫・山田彩子だ。高い歌唱力を持つもののそれ以外に秀でたところのない彼女は、このオーディションにも後ろ向きだった。セリフ量の多い乳母の役は難しい、ジュリエットならたくさん受けるから落ちても目立たない……この卑屈さは、本番が近づいたら周囲の人間に前もって謝っておこうとする姿勢とも共通したものだ。
 

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紗和「そうやって先回りすることに意味はあるのかしら」
 
彼女は前もって謝ることで言い訳しようとしているわけだが、謝られた紗和は彼女のそんな姿勢を一蹴する。ジュリエットと違い好きだと言われたこともないと彩子が言えば、ティボルトと違い人を殺したことはない自分も未経験という点で同じだと語り、彩子が言い訳を重ねることを許さない。
 

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紗和「同じよ。両思いになったことがない彩と、人を殺したことがないわたしは未経験という点で同じだわ」
 
ここで重要なのは、最後に励ましこそすれ紗和の言動が挑発的なことだろう。上から包み込むのではなく、階段の下からぐいっと迫る紗和のプレッシャーに彩子は思わず後じさってしまう。紗和の言う「未経験という点で同じ」とは、ジュリエットとティボルトの役の違いを超えて自分と彩子がライバルであることを主張するものなのである。
 

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愛「さすが、ライバルね」
 
ライバル――この言葉は紗和がAパートの終わりで口にする様子が印象的だが、直前でも使われている。そう、彩子の演技を見た愛の称賛と対抗意識を込めた形容もまた「ライバル」であった。
 

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小野寺(わたしの眼は間違っていなかった……!)
 
彩子は自分が愛のライバルなど恐れ多いくらいの気持ちでいるが、講師の一人小野寺が惚れ込んでやまない歌唱力を持つ彼女は間違いなく愛同様に人よりゴールに近い存在だ。二人はライバルと呼ばずして何と呼ぶというべき関係だし、事実今回の彩子の成長は一度愛に打ちのめされてこそのものであった。
 

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紗和「わたし、人を恨んだことがあまりなくて。なので仮想敵を作ってみたの。今一番ライバルだと思う人にしたわ」
 
煽られた競争心は、ライバルの存在は互いを切磋琢磨させる。このオーディションの本質は一つには仲間をライバルに見立てる、「ライバルと認識した自分を演じる」ことにあり、その点でさらさをライバルに見立てた紗和は方法論としても正解を掴んでいる。つまりさらさは今回、紗和以上の選択をしなければ彼女に太刀打ちできないのである。
 
 

2.告白の理由

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紗和「……秘密」
 
競争心を煽ることを目的としたオーディションで、ライバルという仮想敵を作り自らの演技を向上させる。紗和の選択は方法として正しいが、一つの限界にぶつかってもいる。それはライバルを「紅華の中にしか求めていない」ことだ。
 
 
ライバルを紅華の中にしか求めていないことが限界。これを読んであなたは、何を馬鹿なことをと思ったかもしれない。実際このオーディションで役を争う相手は紅華歌劇音楽学校100期生しかいないのだから、紗和が自分を除く39人の中からライバルを選んだのはごく自然なことだろう。だが、役を争うだけが競争ではないはずだ・・・・・・・・・・・・・・・・
 

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さらさ「さらさのなりたかった助六は、暁也くんに譲ってあげます」
 
今のさらさが目指しているのは確かに紅華のトップスターだ。だが彼女は最初からそれを目指していたわけではない。幼少のさらさが憧れたのは、これまで描かれたように歌舞伎の助六であった。そして彼女の幼馴染である暁也が目指す十六代目 白川歌鷗の座はもちろん、助六を演じるために必要なトップスターである。もしさらさが男に生まれ歌舞伎役者の道を進んでいたら、さらさと暁也は互いに最大の競争相手――「ライバル」になっていたことであろう。
 

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さらさ「暁也くん、さらさはやっとスタートラインに立てました。さらさもまた舞台に立てるんです!」
 
性別故に道を閉ざされた自分と違い、助六になる可能性を持ち続けている暁也。天真爛漫なはずが一瞬は妬んでしまうほどに、さらさは暁也に競争意識を抱いている。役を争うことも叶わないと知ってはいても残るほどその気持が強いからさらさは苦しみ、しかし役者として一歩一歩を進んでいけている。暁也が助六を目指せなくなれば、それはさらさ自身の歩みも止めてしまうのである。
 

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煌三郎「暁也。お前、このまますんなり十六代目 白川歌鷗になれると思うなよ」
 
大切な幼馴染であり、トップスター(助六)を目指す同志。そして共に競い合う相手――さらさにとって暁也とはそういう存在だ。だから彼女は、自分と恋人になるようにと暁也が煌三郎に脅されればいとも容易く自分からそれを言い出す。恋人にならねば暁也は助六への道を閉ざされてしまうかもしれず、そうなればさらさと暁也の世界を越えた競争意識は途切れてしまうからだ。それは恋愛感情よりも何よりも優先して、さらさが阻止しなければならないことだった。
 

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さらさ「あとね、暁也くん。……さらさの彼氏になってください」
 
告白の時、さらさの目は暁也を見ていない。彼女の視線の先には水槽がある。さらさは暁也ではなく水槽に仮託された紅華の世界を、そのトップスターを見ている。
本稿最初の疑問に戻ろう。さらさはなぜ、暁也に彼氏になってほしいと告げたのか?――彼女は暁也に、紅華の世界を飛び越えたライバルでいてほしかったのだ。
 
 

感想

というわけでアニメ版かげじょの12話レビューでした。やー、悩んだ。主題ともしたようにさらさがなぜ告白したのか、暁也の助六への道を閉ざさないためなのは分かるがなぜそこまでするのかがさっぱり掴めず視聴を繰り返すことになりました。
優しさ故の自己犠牲と捉えるのも違う気がして、じゃあなんなんだと考えた結果がこれなわけですが……芸の鬼だな。そこまでするか渡辺さらさ。そこまでできなければならないこの道、過酷だ…… 彩子の卑屈さと才能のギャップにうーんと思ってしまっていた意識が完全に吹っ飛んでしまいました。
 
さて、終わらない競争を描き続けたこのアニメも次回で一区切り。講師のはずの安道というありえない相手を"ライバル"として迎えるさらさのオーディションは、どんな最終回を見せてくれるのでしょうね。
 
 

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