残像と継承――「かげきしょうじょ!!」13話レビュー&感想

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© 斉木久美子・白泉社/「かげきしょうじょ!!」製作委員会
次の春を感じさせる「かげきしょうじょ!!」。最終回となる13話でスポットが当たるのはまさかの紗和。オーディションの結果と彼女の悩みが見せる物語は、果たしてどのように物語に幕を下ろしたのだろうか?
 
 

かげきしょうじょ!! 第13話(最終回)「かげきしょうじょ!!」

 
 

1.残像という悪霊

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© 斉木久美子・白泉社/「かげきしょうじょ!!」製作委員会
愛(これが主役級のカリスマ……!)
 
佳境に入った予科生の寸劇オーディション、さらさのグループでロミオ役を担当したのはまさかの演技講師の安道であった。かつてミュージカルで主役を務めた高い演技力は今も健在で予科生は圧倒され、ジュリエット役の少女は声を変に大きくしてしまう始末。良し悪し問わず「終わらない競争」を描いてきた本作だが、ここでは終わらないことの負の部分が分かりやすく出ていると言えるだろう。簡単に言えばこの少女は、安道の演技を「引きずって」しまったのだ。
 

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千夏・千秋「先生、わたしなんでジュリットになれなかったんですか!?」
 
安道の演技に限らず、心に強く残ったものは時に終わるべき時を超えて残ってしまう。人はその残像を引きずってしまう。余興の寸劇に過ぎないとは言え、全力で臨んだオーディションの結果など引きずるなという方が無理な話だろう。だから安道は業務が終わった後も職員室に残り予科生からの質問を受け付ける。未練を残した幽霊が成仏できないように、引きずったままでは彼女達も前に進むことができない。
そして、今回の結果をもっとも引きずっていたのは意外にも予科生の委員長・杉本紗和であった。
 
 

2.紗和の苦悩の正体

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紗和「初めて見た時、子供心に自分はサリエリなんだと背筋が凍りました。それなりの実力と称賛があっても、渡辺さんみたいな破天荒な人に劣等感を抱いてしまうんです」
 
杉本紗和は優秀な少女だ。入試での成績はトップでそれ故に委員長を任され、また前回の彩子への態度を見ても分かるように人格もけして狭量ではなく厳しさと優しさを兼ね備えている。鼻血を出すほどの紅華オタクなのも愛嬌で、非の打ち所のない優等生と言っていい。
 
だが今回初めて内心にスポットが当てられ分かるように、こうした美点は彼女にとって限界でもあった。紗和は幼い頃に見た「アマデウス」で天才モーツァルトに嫉妬した秀才サリエリに自分をなぞらえ、さらさに代表される破天荒な天才にけして敵わないと感じてきた苦悩を安道に打ち明ける。そう、彼女はこのオーディションに留まらずずっと昔から苦しみを「引きずって」いたのだ。だからオーディションの結果に対する言及が中心の安道の言葉は、紗和の心の底まですくい取ってはくれない。委員長の立場を捨てて殻を破ろうとしてもなお及ばなかった薄紙1枚分の差こそに絶望する気持ちまでは、安道もフォローしてやれない。
 

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紗和(その薄紙1枚分が、鉛のようにわたしを突き刺すんだって)
 
終わることなく前に進むためには、自分が引きずっているものを終わらせなければならない。この循環のジレンマを解消できないからこそ、紗和は立ち止まってしまうのだ。
 
 

3.残像と継承

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© 斉木久美子・白泉社/「かげきしょうじょ!!」製作委員会
終わることなく前に進むため、自分が引きずっている残像を終わらせなければならないジレンマ。紗和の出口の見えない苦悩には、思わぬ方向から救いの手が差し伸べられることになる。その手の主はなんと、本科生の中で自分同様に委員長を務める竹井であった。
 

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竹井「優等生なんてつまらないって思ってるんでしょ。きちんとしているのが当たり前だと思われて、一度の過ちも許して貰えそうにない」
 
竹井は紗和の苦衷を掌を指すように言い当て、自分も同じであると明かす。本科生にはさらさのような天才肌の人物は登場していないが、癖の強さでは聖も相当なもので竹井もまたそれを羨んできたのだ。一人孤独に抱えるしかないと考えていた紗和の悩みは、けして誰とも共有できないものではなかった。
 

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紗和「竹井先輩もそう思ったりするんですか?」
竹井「思うよ!ホラわたしなんて特に、副委員長がキャラ濃いし」

 

終わりと終わらずを自分一人の中で循環させるのは難しい。それは今回見事にティボルト役を射止めたさらさがしかし、歌舞伎への未練を紅華での演技に活かすのに数カ月を要したのを見ても明らかだ。だが、一人ではなく誰かと一緒になら話は変わってくる。一人が「終わり」を、もう一人が「終わらず」を受け持てば、そこには擬似的な循環が生まれる。終わりなく進むために、引きずっているものを終わらせることができる。さらさにとっての暁也のように、同じ委員長の竹井こそは今の紗和に必要なパートナーだった。
 

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竹井「1年後、きっと杉本さんもそう思ってるはずだよ」
 
竹井は自分の紅華での2年間を振り返り、来年きっと紗和も同じ思いになっているはずだと励ます。終わりを告げようとしている彼女の紅華での日々は、紗和が同じような経験を積めば終わることがないのだ。そしてまた来年になれば、紗和もまた予科生に対して竹井と同じ立場になる。
受け継ぐこととはつまり、終わりと終わらずの循環なのだ。その循環が核となるからこそ、このアニメは新たな入学者を求めるポスター撮りを描いて物語を終える。新たに受け継ぐ者を求めて、幕を閉じる。
 

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紗和「紅華歌劇音楽学校、101期生生徒募集!」
100期生達「あなたも、夢のステージへ!」

 

終わりのない競争は、終わったものを引きずるところには生まれない。終わりを繰り返す継承にこそ、その永遠はあるのだ。
 
 

感想

というわけでアニメ版かげじょの13話レビューでした。あれ、紗和の回は無いの……と思ってたらまさかの最終回が彼女の回で驚いたものの、1話から見せてきたテーマの着地としては確かにここが相応しいと納得できました(2期ができる終わりなのかどうかは知らない)。主人公は確かにさらさなのだけど、テーマを背負うのはけして彼女だけではない。そういう終わりだったのだと思います。アクアトープの12話を見た影響もだいぶ出たレビューですが、差別化できてますでしょうか。
 

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しかし「萌えが高い」というさらさのティボルト像、今回初めて内心が描かれる紗和への視聴者の印象と同じなのがニクい。選ばれない方なのがティボルト。
 

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あともう機会もなさそうだから書いておきますが、薫の右後ろのおさげの女の子がかわいらしく毎回モブ役で出るのを見るのが楽しみでした。
 
見ていて胃もたれ感じたり、時折喉に小骨が引っかるような感覚がどうも原作からの変化で生まれたものらしかったり、思うところがないではないですが、このアニメが一番やりたいことは表現されていたのではないかと思います。スタッフの皆様、お疲れさまでした。
 
 

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