短編のお宝とは――「ルパン三世 PART6」4話レビュー&感想

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©モンキー・パンチ/TMS・NTV
難問に挑む「ルパン三世 PART6」。押井守が脚本を務める4話では、殺し屋達の集まったダイナーでの奇妙なやりとりが半分を占める。さて、これをどう解読したものか?
 
 

ルパン三世 PART6 第4話「ダイナーの殺し屋たち」

ある日の夕方。寂れたダイナーのドアを開けて、二人の男が入ってきた。カウンターに座る彼らに、「何にします?」と問うウェイトレス。二人の男はメニューを眺め、しけた料理を注文する。――ダイナーには、先客が六人。全員男で、皆、殺し屋。ウェイトレスに絡みながら料理をむさぼる二人の男に、ただならぬ視線を向けていた……。
 
 

1.送られていた暗号

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©モンキー・パンチ/TMS・NTV
4話は「いつものルパン三世」を期待すると焦れったくなる回だ。お約束ならいかにもすぐ死にそうな二人組の殺し屋がダイナーで相方とウェイトレス相手に喋り続け、他にも多くの殺し屋が集まる状況ながらそちらの出番はほとんど無い。ルパン自体もまるで姿を見せず、これは何の番組だろうと思ってしまう人もいるかもしれない。
だがAパートの終わりで二人組以外の殺し屋達が全滅した後分かるのは、その二人組がルパンと次元であったことだ。実際は早々にルパンは登場していたのだった。
 

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©モンキー・パンチ/TMS・NTV
正体を踏まえて見返してみると、確かにこの二人組はルパンと次元らしく見えてくる。役者こそ小林親弘と白熊寛嗣だが口調は栗田貫一小林清志大塚明夫)に寄せているし、変装しているにも関わらずもみあげや目深に被った帽子にはルパンや次元の要素が抽出されている。二人組の正体は当初から暗示されていた――いや「暗号」を送っていたのだ。
 
 

2.コードブック「The Killers

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不二子「で、そこへ割り込んで名作を再演したってわけね」
 
暗号。この4話は30分に満たない中で非常に多くの暗号を埋め込んでいる。ちょっと引っかかるワードは検索すればたいていヘミングウェイの著作等に突き当たるし、ダイナーでのやりとり自体が大半はヘミングウェイの「殺し屋たち(The killers)」からの引用。後半では「殺し屋たち」の幻の初稿本がCIAで暗号解読のコードブックとして使われていたことが明かされるが、これは劇中の話に留まらず、「殺し屋たち(The killers)」は私達視聴者が4話を読み解くためのコードブックでもあったわけだ。
 

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ルパン「ほんとの値打ちも知らねえで、小遣い稼ぎをしようとするから追い回されることになるんだ」
 
暗号というのは意味が分からなければ価値が分からない。ひっくり返せば、意味を理解できない者は暗号を解くことができていないとも言える。集まった殺し屋達がアンドレ・アンダーソンなる男の殺害を依頼されたのは元CIAの彼が先の初稿本をちょろまかしたためだが、彼自身はこんなことになるとは思ってもいなかった。マニア受けに高値で売れる稀覯本を盗んだだけのつもりで、対象が故人とは言え政財界の大物達の暗部を暴く結果になりかねない危険な代物を盗んでいるなどとは考えもしなかったのだ。結果、彼は世界中のどこにも逃げ場のない生活を送る羽目になった。アンドレは本そのものの持つ「暗号」を解読できなかったばかりに、永遠にアナザー・カントリーを彷徨う羽目に陥ったと言える。
 
 

3.短編のお宝とは

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殺し屋2「短編を読むから切れ者なのか?」
殺し屋1「短編は長編より常に困難なものなんだ。書くのも読むのもな」

 

劇中、ルパンの化けた殺し屋はこう言う。短編は書くのも読むのも長編より困難だ、と。なぜか?長編は書きたいことを書くのにいくらページを費やしても許されるが、短編ではそれは許されない。ページを費やせばそれはもう短編ではない。
 
ページを費やすことなく、しかしテーマを語り切るにはどうすればいいか? もちろんまずは、不要な描写を削り落とすことだ。ヘミングウェイの著作がそうであるようにシンプルな文体を用いれば、表現はその絶対量を抑えることができる。
ページを費やさないためにもう一つ重要なのは、そのシンプルな文体に複層的な意味を持たせることだろう。パンを食べたという描写をそれだけで終わらせず隠れた心情を乗せるといった技巧は、物語にいっそうの重厚さと圧縮をもたらしてくれる。……そう、それは製作者が読者視聴者に送る「暗号」だ。これは要するに、先程のダイナーでのしょうもなくも見えるおしゃべりもヘミングウェイを知る人間ならニヤリとしてしまうのと同じことであろう。この時その視聴者は、暗号化された情報を解読し複層的な情報を受け取っているのだから。
暗号こそは短編にとってのお宝であり、この4話が多用する武器なのである。
 
 

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「殺し屋たち」をコードブックとした4話という短編は、かくてそれを尊重する形でアンドレを殺させず幕を閉じる。終わった後で料理がくっそ不味かったと振り返られるのは、自分の書いた脚本への押井守の謙遜や自虐であろうか。とまれ殺し屋が言ったように、この4話が書くのも読むのも難解な一篇だったのは確かであろう。
 
 

感想

というわけでルパン三世TV6期4話のレビューでした。や、前回は辻真先脚本になすすべもなかったので不安でしたが今回はなんとか形にできて良かった。
 
根本的に教養の無い人間ですので今回のコードブックである「殺し屋たち」も読んだことなかったしヘミングウェイについてもほとんど知らなかったのですが、ネットが普及してるおかげで大変助かりました。アンドレとのやりとりが付け足しじみているのも、初稿との違いを意識した構成なんでしょうかね。
次回は前後編ということで、課題を見つけるのを楽しみにしたいと思います。
 
 

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