真実は暗号の中――「月とライカと吸血姫」7話レビュー案感想

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
暗幕の中に輝く「月とライカと吸血姫」。7話でイリナは、通信傍受対策として宇宙で料理レシピを読み分けるよう指示される。今回は暗号が大きな意味を持つお話だ。
 
 

月とライカと吸血姫 第7話「吸血姫」

レフがいない中、ロケットの打ち上げ準備が進む。航行中は機密保持のため、イリナは『リコリス』と呼ばれ、通信音声は暗号の料理のレシピのみだと命じられる。限られた人々だけが見守るなか、極秘の打ち上げへ。

公式サイトあらすじより)

1.暗号は2つに留まらず

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
チーフ「もし君が宇宙でも異常なしと報告した場合、その通信を連合王国が傍受したらどうなる?」
イリナ「?」
チーフ「疑われるんだよ、共和国は極秘に人間を飛ばしてないかと」
 
これまでも描かれてきたように、共和国にとって宇宙開発は連合王国との競争だ。負けまいとするから強引なスケジュールが組まれるし、機密保持のためキャビンに爆弾を積むなどと非人道的ことも行われる。今回のイリナの打ち上げにあたっても、通信傍受に備えて宇宙では料理のレシピを読み上げろなどと言うのだからバカげている。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
チーフ「リコリスボルシチか、チーズバーガーか!」
 
ただ、このレシピは連合王国に気取られぬためだけでなくイリナの体調を伝える意味を持つ。宇宙に飛んでも異常がなければボルシチのレジ、変化があればチーズバーガーのレシピ。チーフが説明するようにこれは暗号の一種なのだ。そして、暗号はこのレシピだけではない。
 
 

2.暗号の牢獄

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
前回イリナを救うためとった行動で独房に入れられていたレフだが、そのてん末は驚くべきものだった。遠心加速器の異常加速は故障ではなく技師のフランツが仕組んだものであり、彼はチーフと敵対する科学者から命じられていたとナタリア――寮母でなく"運送屋"として現れた――に告げられ、レフの起こした問題行動は無かったことになったのだ。フランツはどうなるのかと聞いたレフに、ナタリアはにべもなくこう答える。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
ナタリア「そのような人物は最初から存在しない」
 
もちろん、最初から存在しないなどというのはデマカセだ。フランツがレフの想像上の人物だったわけではないし、イリナが死にかけたのも事実。ナタリアはこういう言い方をすることで言外に「最初から存在しなかったことにされた・・・」、処刑されたと伝えている。彼女の言葉もまたある種の暗号であり、もはや暗号の形でしかフランツの存在は語ることを許されなくなったと言える。真実は時に、暗号の中でしか生きることを許されないものなのだ。
 
 

3.真実は暗号の中

真実は時に暗号の中でしか生きられない。なんとも窮屈な話だが、今回暗号は必ずしも陰鬱な気分だけを運んでは来ない。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
イリナ(きれい……ほんとにわたし、宇宙に来た。あそこで生きてたんだ。なのに今の気持ち、喋れないなんて)
 
無事宇宙に到着したイリナだが、彼女はレシピを喋る以外の行動を許されていない。宇宙で体がふわふわする感じであるとかそこから見た地球がきれいなことであるとか、レフに伝えたいことがあってもイリナはそれを口にすることができない。真実そこにある気持ちを伝えるために彼女が採ったのは、自らの気持ちをレシピに変換することであった。
 

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レフ(命乞いなもんか。茱萸のナストイカは、二人にしか……!)
 
ボルシチに合うお酒としてイリナが読み上げる茱萸のナストイカのレシピを、地上の人間は訝しみながらも深い意味を持つ行動とは捉えない。けれどただ一人、レフだけは別だ。訓練期間を共に過ごしたレフだけは、これはイリナが自分に宛てたメッセージなのだと気付く。喜びを伝える「暗号」なのだと気付く。
 

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真実は時に暗号の中でしか生きられない。その生きられる世界の狭さは悲しいものだが、逆に言えば真実は暗号の中では生きることができる。剥き身で外に出れば死んでしまう真実にとっては、暗号はその身を守る鎧やキャビンでもあるのだ。これは、孤独に宇宙を漂うからこそイリナが死にたくないと本音をこぼせたり今の関係だからこそレフとイリナが一緒にいられるのもまた同じことであろう。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
パラシュートをテント代わりに、レフとイリナは身を寄せ合う。初めての宇宙飛行士となったイリナの偉業は、このパラシュートの下のようなごく狭い場所でしか認識されることはない。だが、それはけして彼女のしたこと自体が消えるわけではない。
どれほど難解な暗号の下に隠れるとしても、そこに真実は確かに存在するのだ。
 
 

感想

というわけで月とライカと吸血姫の7話レビューでした。第一部終了といった感じなんでしょうかね。雪原を走り回るレフが、雪の暗号の下のイリナ(の本心)を見つけるといった趣がロマンティックだったと思います。話数としては折返しを過ぎていますが、残り5話はどういう段取りになりのかしらん。
 
 

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