春待ちの暗号――「月とライカと吸血姫」8話レビュー&感想

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
折り返しを迎える「月とライカと吸血姫」。8話では次なるステージへの幕間が描かれる。イリナの偉業に反して、それはあまりに静かで穏やかだ。今回はこうしたギャップに注目してみたいと思う。
 
 

月とライカと吸血姫 第8話「乙女の祈り

イリナは生還したが、その偉業が公にされることはない。むしろ秘密を知りすぎた者として、処遇が検討されてしまう。
一方、レフは彼女の監視役から宇宙飛行士候補生に昇格。共に宇宙を目指した二人の道は分かれ始める――

公式サイトあらすじより)

 
 

1.世界は起きたことをありのまま反射しない

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
レフ「ライカ44に帰り着いた俺を待っていたのは、見慣れた街の風景だった」
 
前回、人類初の宇宙飛行を成し遂げたイリナ。しかしその業績への世界の反響はあまりに小さい。極秘実験であるためライカ44の街の人々は宇宙飛行を知ることもなく、彼女を殺害しようとしたフランツの姿はもうなく、運送屋であったナタリアは今まで通り寮母を続けている。その静けさにレフは、本当にイリナは飛んだんだよなと疑問すら抱いてしまうほどだ。
 
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
このように事績がいびつな反響を生むのはレフの見える範囲に限らない。アルビナール宇宙基地で行われた祝宴はイリナの帰還というより共和国が連合王国に先んじたことを祝うものだし、共和国内でも彼女の宇宙飛行は権力闘争に利用されもする。世界は起きたことをありのままには反響――いや、反射しないのだ。
 
 

2.春待ちの暗号

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
世界は起きたことをありのまま反射しない。これは別に組織に限ったことでなく、個人においても同様だ。設計技師のチーフはイリナの言葉を自分の好きなように解釈するし、宇宙飛行士候補生のローザは宇宙飛行が成功してもイリナを認めようとしない。世界はもともと個人の集合であるのだから、発端である個人の時点で反射がありのままでないのは当然のことだろう。そして、レフに対してもっともありのままの反射を見せないのは誰あろうイリナだ。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
イリナ「何よその弱気な発言は!嘘でもいいから選ばれてみせるって言えないの?宇宙を初めて飛んだのはあたしなのよ、あなたはその教官でしょ」
 
イリナはレフのことをとても気遣っている。彼が宇宙飛行士候補生に再昇格したのを喜び、負傷を心配し、卒業試験で合格できるよう励ます。しかし多くの場合その表情はレフから見えない位置にあり、その言葉は憎まれ口の形を取る。彼女の言葉や態度は、その内心をありのまま反射してはいない――言ってみれば"暗号"になっている。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
レフは善良で裏表のない人間だからこそイリナの警戒心を解くことができたが、それはある種の鈍感さ迂闊さと表裏一体でもある。宇宙のこととなると人前で共和国と連合王国の争いを批判してしまったり、既に一度降格の憂き目を見た筈がイリナのためにサガレヴィッチに逆らったりしたのは良い例だろう。こうした鈍さは当然、イリナが自分に対して何を考えているかについても向けられる。レフにとってはおそらく、イリナの自分への態度ほど通じていない暗号はないのだろう。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
イリナ「けど!」
イリナ「春になったら溶けるわよ!」
アーニャ「春になったら溶けますよ!」

 

パラシュートの下で回収を待った時、イリナは何を言いかけたのか?思いを馳せても今のレフには解けることは――いや溶けることはない。それは人工湖の氷の上にイリナが投げた松ぼっくりのようなものだ。だが、いつか氷は溶ける日が来る。湖に沈んだ松ぼっくりが清められ、そこに込められた願いが叶う日も来るだろう。春は少しずつ少しずつ、やがて訪れるものなのだ。
 
 

感想

というわけで月とライカと吸血姫の8話レビューでした。相変わらず手強い。当初はイリナの今後でも言及された「保留」をキーワードに書けるかなと思ったのですが全体への適合率が低く、反射や反響に目をつけても解像度が低過ぎる。前回のキーワードにした「暗号」と組み合わせてどうにか形にできました。
 
ぶっちゃけた話、僕はレフという善良で優秀で温厚でとびきり誠実な、非の打ち所のない好青年にどうもあまり魅力を感じていません。が、それを鈍感さというワードに繋げられたことでようやく彼のことが少し分かってきたような気もします。さてさて、話数も残り1/3となりました。
 
 

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