君はどこに落ちたい――「月とライカと吸血姫」5話レビュー&感想

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
その日が近づく「月とライカと吸血姫」。5話では孤独訓練が終わるものの、イリナは矢継ぎ早に次の訓練を課せられる。今回はその降下訓練でもっとも危険とされる錐揉み状態に着目してみたい。
 
 

月とライカと吸血姫 第5話「離ればなれの訓練」

打ち上げまであと14日。イリナが無響低圧室での孤独訓練に入っている間、レフは候補生たちと訓練を共にする。
そんな折、政府の高官リュドミラが訓練の視察に。さらに彼女はイリナの訓練を見たいと、レフに話を持ちかけ――

公式サイトあらすじより)

 

1.錐揉み状態とは何か

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
ヴィクトール「いかん、錐揉み状態だ!意識はあるのか!?」
 
今回はイリナだけでなくミハイル達本職の候補生達の訓練も描かれるが、そこでは一つのトラブルが発生する。候補生の一人ユスティンがパラシュート降下訓練中に錐揉み状態に陥り、重傷を負ってしまうのだ。後にレフも訓練のためイリナに錐揉み状態を体験させようとするが、この状態は非常に危険が大きい。空中を落下中に高速回転すれば姿勢が安定せず、最悪パラシュートを開くことすらままならない。五点着地どころか、目指すべき所に落ちることすらできない可能性がある。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
チーフ「大気圏への再突入時にトラブルが。突入の角度がずれた上、遮熱シールドにも異常が生じたため司令破壊を送信しました」
 
目指すべき所に落ちられない――同じことは実は、ユスティンに限らずこの5話で発生している。宇宙船パールスヌイ6号の実験だ。実験犬を乗せたこの宇宙船は打ち上げ自体は成功したものの、大気圏突入の角度がずれ遮熱シールドにも異常が発生したため自爆指示が決定。実験犬も死亡した。目指すべきところに落ちられなかった点では、実験犬の陥った危機はユスティンのそれと大差ない。「落下を制御できない危険な状態」こそは、この5話における錐揉み状態の本質と言えるだろう。
 
 

2.君はどこに落ちたい

落下と繋げられているためいっそう分かりやすいが、制御不能なのは非常に危険な状態である。包丁は料理のために制御できなければ人を傷つけるし、生活に欠かせない電気も使い方を誤れば簡単に命を奪っていく。こうした中で、私達がもっとも簡単に制御を失うものは何か?……それは感情であろう。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
イリナ「触らないでよ!……人間!」
 
孤独訓練や降下訓練での反応を見ても分かるように、イリナはレフに惹かれ始めている。村を焼いて両親を殺した憎い人間の仲間と分かっていて、それでも彼女は救いを求めるようにレフの名前を呼んだり、その顔を正視するのにも恥ずかしさを覚えてしまう。彼女のレフへの思いは錐揉み状態になり始めている。
これはもちろんレフの側も同様で、友人のフランツに釘を刺されながらも彼は始終イリナのことを考えている。もともとの優しい性格、宇宙を目指す同志としての意識、イリナと親しくなることへの喜び……レフの中には様々な感情が渦巻いていて、つまり錐揉みを始めている。それでも現状、渦巻く感情をイリナの訓練に向けて昇華させているのは彼が優秀な候補生である証拠だろう。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
イリナ「だけど、あなたのことだけは悪い人間じゃないと思ってる」
レフ「え?」
イリナ「そういうことだから」

 

本作はこれまで、様々な形で混同と峻別を提示し時にはそれを反転もさせてきた。イリナにとって人間は敵だが、だからこそ彼女の中でレフ個人がいっそう峻別されるように。アーニャがイリナを実験体として峻別するからこそ、友人と混同したような接し方をするように。混同と峻別はたやすく回転、錐揉み状態に陥るものであり、だからこそどこに(どちらに)落ちるかの制御こそが重要になってくる。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
ヴィクトール「まあそうでなければ君だけじゃない、私の首もコレだ」
 
連合王国への対抗心に左右される共和国の宇宙開発。爆死した実験犬に自分の未来を重ねてしまうイリナ。その彼女の結果いかんに左右されるレフや教官ヴィクトール中将の運命。孤独訓練で離れていてもレフがイリナのことを考えるように、ユスティンの負傷がレフの繰り上げに繋がるように、人や世界が他者と切り離されることはない。そしてそうした繋がりあればこそ、人も世界もすぐに錐揉み状態に陥ってしまう。
本作は、物語が進み関係も進展する中盤らしいトラブルに見舞われている。レフとイリナは果たして、その理の前でも手を繋いで降下姿勢を安定させられるだろうか。落ちたいところへ、落ちることができるのだろうか。
 
 

感想

というわけで月とライカと吸血姫の5話レビューでした。寝不足もあって頭が回らず、おなじみ混同と峻別から一歩も離れないことしか書けそうにない……と頭を抱えていたのですが、錐揉み状態をクローズアップしているところに目を向けるとどうにか形にすることができました。正直、この作品は毎回手強い(ルパン三世 PART6の3話で挫折したばかりの身でなんですが)。
宇宙船開発の遅れや故障はレフやイリナにはどうしようもない領域ですが、その点の問題はどうなるんでしょうね。着地点が気になります。
 
 

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