死を賜る英雄たち――「月とライカと吸血姫」11話レビュー&感想

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
栄光と死が蝕む「月とライカと吸血姫」。11話、初めての宇宙飛行に臨むレフは、共和国の常にとして多少体調が悪くとも通信では気分良好と答えるよう指示される。初めてはしかし、かつての繰り返しだ。
 
 

月とライカと吸血姫 第11話「嘘と真実」

1961年4月12日、ついに出発の時。様々な人々の想いを背に、レフは人類初の飛行士として宇宙へ旅立つ。イリナが切り開いた宇宙への道。大気圏を抜け、レフが目にしたのは、かつて彼女がレフに伝えた光景そのままで――
 

1.最後の峻別

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
ヴィクトール「はっはっは!心配させるな、このバカモノ!」
 
11話冒頭、打ち上げまでのわずかな時間に行われるのは最後の選別だ。正式な宇宙飛行士に選ばれたのは確かにレフだが、もう一人の候補だったミハイルは納得していなかった。能力的にはあらゆる分野で上回っていたはずなのに、どうして選ばれたのは自分ではなかったのか。彼の募らせていた疑問や不満はしかし、打ち上げ直前に小便に行きたいと正直に告げ周囲を笑わせるレフの姿を見て氷解する。もし自分が選ばれていたら完璧な英雄を"演じよう"とし、そしてそれは本当の英雄たり得なかったろうと悟ったのだ。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
ミハイル「なぜ君が選ばれ、なぜ俺が選ばれなかったのか……ようやく分かったよ。皆の夢を叶えるのは君だ」
 
どれだけ過酷な環境下に置かれようと善良な人間性を失わないこと。ミハイルはそれこそが自分に欠けていた英雄の資質だったのだと気付き、レフの宇宙飛行士選抜を心から祝福する。かくて太古の昔から多くの人が夢見てきた空の果てへ最初に向かう人間、誰とも重なること無いたった一人の人間としてレフは峻別された……はずだった。
 
 

2.峻別の先の景色は

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
レフ(こんなの何の価値があるんだ?イリナの日誌で十分じゃないか)
 
念願だった宇宙へ飛び立ちながら、しかしレフの心は高揚しない。地球の青さも宇宙から見える光も、全てはイリナから聞いた通りのものでしかないからだ。人類史上ただ一人の存在となったはずの彼の見る景色はしかし、既に他の者が見た景色でしかない。峻別の先にあったのはしかし、他人の経験と混同される既視感のある世界でしかなかったのだ。
唯一無二のことを本当に成し遂げたイリナが誰にも知られないもどかしさを、レフは地上との交信で彼女の言葉をなぞることで密かなメッセージとする。地球は青いヴェールに包まれている、星々は可憐なチャービルが咲いているかのよう……誰の言葉なのか、分かる者には混同されるようにする。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
アーニャ「悔しいですよね、悲しいですよね。こんな形でしかイリナちゃんのやり遂げたことを伝えられないなんて……」
 
だが、当然ながら世間はその言葉の本当の意味を知ることはない。かつて吸血鬼の少女が口にした言葉は、人類史上初の英雄軍人が話した言葉として受け止められていく。これはある種の殺人だ。世界に認知されるレフの功績が輝かしければ輝かしいほど、イリナの本当の功績は埋もれてしまう。それに汚点があってはならないから、有人飛行が成功した後はイリナにも廃棄処分の命令が下される。レフは確かに善良さだけを峻別して固めたような人間だが、そんな彼の行動すらも世界は悪意と混同するような結果を生み出すものなのだ。
 
 

3.死を賜る英雄たち

レフの英雄的行動によって、イリナの功績や存在は抹消される。殺される。だが、そうした憂き目に会うのは実はレフ自身も同じだ。
 

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リュドミラ「いらないものは処分してきれいにする、それがこの国のやり方……キミの人生は昨日から変わったの」
 
英雄となったレフは、これまでの彼とは異なる行動を求められる。模範的な軍人であること、祖国や最高指導者への感謝をみなぎらせた言葉を口にすること……英雄とはもはや国家や政治の財産であり一部であり、すなわち英雄となった者はもはや個人ではない。別荘での滞在も、見方を変えれば行動を束縛され監視されているのと同じことだ。
 

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チーフ「心から礼を言わせてくれ、レフ・レプス……"少佐"。二階級特進おめでとう!」
 
チーフはレフの帰還と昇進を祝福するが、その「二階級特進」という言葉を聞いてぎょっとした視聴者も多いだろう。二階級特進のもっとも多いケースとは殉職――つまり対象が死んだ場合だからだ。もちろんレフは生きているが、英雄となり少佐となった彼の行動がこれまでと違い非常な束縛を伴うものになるのは既に述べた通り。
イリナを差別することなく常に親身だったレフ・レプス「中尉」は国家から昇進の形で死を賜ったのであり、これは有人飛行の成功でイリナに廃棄処分の命令が下されたのと実は変わらない。明暗に峻別され宇宙ほど遠くに引き離れたレフとイリナはしかし、こうして混同すら可能なほど近い立場に置かれている。
 

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© 牧野圭祐小学館/「月とライカと吸血姫」製作委員会
極めて近く、限りなく遠い世界で二人が再会する術はあるのか。次回、いよいよ物語は幕を下ろす。
 
 

感想

というわけで月とライカと吸血姫の11話レビューでした。なんというかですね、個人的に和月伸宏の「武装錬金」を思い出しています。

 

この作品の主人公の武藤カズキという少年も善良さを絵に描いたようないい奴なのですが、物語が過酷なんですよね。大切な人と殺したくない相手の二択を迫られたり、思わぬ事情で自分が世界の敵になってしまったり、ひたすらに「これでもお前は少年漫画の主人公でいられるのか?これでもお前は現実に屈さずにいられるのか?」と問い続ける物語と言っても過言ではなく、このハードさとそれに立ち向かうカズキの姿が読者に勇気を与えてくれる作品です。要するに、今のレフがぶつかっているのはそういう問題なのじゃないかと思うわけです。

 
さて、次回はついに最終回。実はどんなことが起こるかうっかりwikiでパラッと見ちゃってるのですが、あらすじなんぞはほんの皮層に過ぎないものですしちゃんと終わりを味わいたいと思います。
 
 

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