代入される真実――「吸血鬼すぐ死ぬ」7話レビュー&感想

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©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会すぐ死ぬ
恥辱が乱舞する「吸血鬼すぐ死ぬ」。7話では言語機能を狂わせる脅威の吸血鬼が登場する。しかし、本心を口にできなければそれは真実ではないのだろうか?
 
 

吸血鬼すぐ死ぬ 第7話「Y談ダダンダンダンダダーン」「半田桃の散々な非番の日」「そして父が来る」

Y談しか話せなくなる強力な催眠術『Y談波』を操る恐るべき高等吸血鬼・Y談おじさん。『Y談波』を浴びたロナルドやヒナイチをはじめ、新横浜中が下ネタワンダーランドになってしまった。Y談おじさんを止めるべくドラルクやロナルドは町を奔走する。
 

1.代入を逆手に取れ

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©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会すぐ死ぬ
ラルク「待てロナルドくん、これは何かのメタファーでは?」
 
今回は「代入」の多い話だ。1本目「Y談ダダンダンダンダダーン」の吸血鬼・Y談おじさんは催眠術で言いたいことの代わりに猥談をするよう仕向けてしまうし、2本目「半田桃の散々な非番の日」3本目「そして父が来る」では半田やドラルクに代わって母や父が登場してくる。本来口にされたり登場するものの出番を奪って他のもので埋める――それがこの7話の共通点としてあげられる「代入」である。
 

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©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会すぐ死ぬ
ロナルド「巨乳のお姉さんに『おっぱい揉む?』って胸を手のひらに押し付けられたいぜ!」
新一「なんて?」

 

代入されるものはしかしもちろん、本来のものと同じ効果を発揮できるわけではない。事件が起きたと駆け込んできたはずの人間が裸の女性に着せたいものの好みを聞いてきたら「帰れ」となるのは当然だし、カッコよく助けてくれた相手がいきなり巨乳好きを公言してきたら戸惑うのももっともな反応だ。1本目のY談おじさんの大暴れで街が大混乱に陥るように、全てが代入になってしまってはたまったものではない。
 

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©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会すぐ死ぬ
ラルク「いや、こちらこそすまないね。時間稼ぎをしてくれて」
 
ただ一方、本物と同じでないからこそ代入にできることもある。Y談おじさんを止めるべくドラルクが採った策とは、もともと歩く猥談である吸血鬼・変な動物をぶつけて催眠術を無効化する作戦……に見せかけて、その間にハンターや吸対による包囲網を敷くことであった。
ラルクは本当の狙いを別物で代入することによって、Y談おじさんに己の真意を悟られるのを防いだ。そう、代入とは本当の狙いを隠すために極めて有効な手段でもあるのだ。催眠術で言動の代入を弄んだY談おじさんへの鉄槌として、これは非常に相応しいカウンターと言えるだろう。
 
 

2.代入されても変わらないもの

代入されるものは本来のものと同じ役割を果たせない。これを逆手に取ったのが1本目のドラルクだったが、こうした逆転はけしてY談おじさん相手にだけ起きたわけではない。
 

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©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会すぐ死ぬ
あけ美「食べられないものは誰だってあるわ。軽蔑なんてしませんよ」
ロナルド(優しい……半田のおふくろとは思えん)

 

2本目「半田桃の散々な非番の日」3本目「そして父が来る」では先に書いたように半田に代わってその母あけ美、ドラルクに代わってその父ドラウスが登場する。
粘着ストーカーの半田に対して慈母の如きあけ美、ちょっとしたことで死ぬドラルクに対し吸血鬼の能力をほぼ全て使え簡単に死なないドラウスの代入は一見、本来のものと同じ役割を果たせない端的な例のようにも思える。実際ロナルドはあけ美の優しさに半田の母とは思えないとすら感じるし、死なないドラウスにツッコミを入れてテンポがズレるなどと考えたりする。
 

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ドラウス「なんだね、遠路はるばる息子の顔を見に来たら悪いとでも?」
ロナルド「勝手に入って紅茶淹れて飲んでりゃ悪いわ!」

 

だがその実、あけ美とドラウスは半田とドラルクの代わりとしてこの上なく適切だ。粘着ストーカーでなくファンであってもロナルドに強い執着を見せる点で半田とあけ美に大差はないし、死のうが死のうまいがちょっとしたことでロナルドをイラつかせるのはドラルクでもドラウスでも変わらない。これはある意味、代入に左右されない核の部分だけは残っていると言ってもいい。代入の弊害というよりむしろ、代入したからこそ逆に核が見えてきたのだ。
 
 

3.代入される真実

代入は時に、本物では見えなかったものをあらわにする。奥底の核を認識するためにはむしろ、代入されたものの方が適している場合すらある。
 

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©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会すぐ死ぬ
ヒナイチ「ドラルク?今日は見てないぞ。今度プリンを作ってくれと伝えといてくれ!」
 
3本目「そして父が来る」ではドラルクの父ドラウスが息子を訪ねてくるが、彼が愛息子と会話する場面はほぼ全くない。代わりにあるのは、ドラルクが同居するロナルドとの漫才や新横浜でのドラルクの知己との会話である。つまりロナルドや知己の者達はドラウスにとって、ドラルクとの接触に対して「代入」してくる存在と言ってもいいだろう。
だがドラルクと会話できずとも、彼らとの会話でドラウスはドラルクが新横浜で何を感じているのかをなんとなく察する。
 

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©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会すぐ死ぬ
ラルク「大丈夫ですよ、ジョンもいますし積みゲーもあるし。何も心配いりませんよ。一人と一匹、のんびりしてて死ぬこともないですしね」
 
プリンをねだられたり、ムダ毛野郎と呼ぶのを止めるよう求められたり、ホットミルクのツケを指摘されたり……ドラルクに関する知己の会話は実にバカバカしい。
だが馬鹿げたやりとりばかりだとしても、それはドラルクが城で暮らしていた時にはけしてなかったものだ。虚弱体質を守る鎧としての城を失った彼はしかし、この新横浜でたくさんの人間や吸血鬼と触れ合っている。ジョンとゲーム相手に過ごす生活への寂しさをけして見せなかった息子のこうした変化は、親バカ呼ばわりされるほど息子を溺愛しているドラウスにとってこの上なく嬉しいことだろう。ドラルクが不在だったからこそ(そしてそれによって親バカ目線がある程度封じられたからこそ)、ドラウスは現在のドラルクの核=真実を知ることができたのである。
 

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©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会すぐ死ぬ
ドラウス「……連れ帰るのはやめだ」
 
代入は本物の代わりを十全には果たせないが、それは悲しむばかりのことではない。代入だからこそ挿し込まれる真実もまた、確かに存在するのだ。
 
 

感想

というわけで吸血鬼すぐ死ぬの7話レビューでした。以前からちょいちょい話を聞いていたY談おじさんがハードルを軽く飛び越える爆笑ものの話だったのも素晴らしかったですが、こうやってまとめて見るとちょっと泣けてきそうにもなるから合わせ技でズルい。子の親離れと成長を理解した親バカの心情を想像すると、誰かお酒付き合ってあげてって気持ちになります。
本作がますます好きになれる素敵な話でした。さて、Y談おじさんの催眠術で眼鏡っ娘とか褐色肌とか猥談を始める前に撤退したいと思います。
 
 

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