辻斬りナギリは変身する――「吸血鬼すぐ死ぬ」8話レビュー&感想

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©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会すぐ死ぬ
お帰りはどちらから? 「吸血鬼すぐ死ぬ」8話は変身に成功したドラルクがそれ故に家から出るのに苦労する様から始まる。今回はそういう、変身と出口に関するお話だ。
 
 

吸血鬼すぐ死ぬ 第8話「ピスピス危機一髪」「キッドナップ・カプリチオ」「キッドナップ・エレジー

新横浜で連続児童誘拐事件が発生し、ロナルドたちは事件にあたる。 一方、町内フットサル大会に参加したジョン。夕方までに帰る約束が時間を過ぎても帰ってこない。 ドラルクとロナルドはジョンが事件に巻き込まれたのではと心配する。
 

1.見つけられない出口

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アナウンス「次は名古屋、名古屋」
ジョン「ヌー!?」

 

今回は「出口」に関するトラブルが多い話だ。1本目「ピスピス危機一髪」ではコウモリに変身したドラルクが吸対の部屋から、2本目「キッドナップ・カプリチオ」ではジョンが間違って乗った電車から出(口を見つけ)られない困難に直面する。
ただ、出口は目に見えるものばかりとは限らない。例えばドラルクに正体を隠すよう助力を求められた半田は仲間への回答に窮するし、ジョンが本当に出られないのは何をやっても家から遠ざかってしまう悪循環からだ。できるだけ少ない損害で復旧するための方策を「出口戦略」と呼んだりするが、今回ジョン達が見つけられず困るのは物事を円満に解決するロジックとしての出口なのだと言える。
 
 

2.変身に苦しむナギリ

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©盆ノ木至(秋田書店)/製作委員会すぐ死ぬ
ナギリ「辻斬りナギリだぞ、知らないのか!知れ、テレビとか見ろ!」
 
前段ではドラルクやジョンが見つけられない出口に触れたが、今回はもう一人の重要キャラクターを忘れてはいけない。言うまでもないが、3本目「キッドナップ・エレジー」で再登場した辻斬りナギリである。
 

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ナギリ「そ、そんな目で見るな……たたっ斬るぞマジロ!俺を誰だと思ってる!」
 
ナギリは不憫なキャラだ。本来なら分霊体による不死の力と血を刃にする能力で恐れられる存在のはずが、ドラルクがそれと知らずに分霊体をぞんざいに扱ったため変態と勘違いされるわ分霊体を破壊されるわ全く恐怖を感じさせないまま初登場の5話は終わってしまった。
分霊体を破壊されたため不死の力も失っていることが今回明かされ、彼からはもはや威厳が失われている。ナギリ自身は復讐を誓っているが、今の彼は恐怖の吸血鬼から哀れな逃亡者だ――いや、逃亡者へと"変身"しているのだ。
 

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ヒナイチ「うわぁー!カニがなんか何かキモい何かになってる!」
 
変身。そう、この8話、変身は出口に劣らず重要な要素だった。ドラルクはコウモリに変身したために玄関から出られなくなったりヒナイチに気付かれず愛でられたし、茂み越しでは普通(?)の鳥に見えるニホンオッサンアシダチョウも口を開ければ人間のような歯があったり足が成人男性のようでジョンは思わず逃げ出してしまう。
変身とは変化であり、変身すれば今まで通りではいられなくなってしまうもの。ナギリが苦しんでいるのも、かつての自分から変身してしまった己を受け入れられないからだろう。……だが、変身とはそんな負の影響ばかりをもたらすものだろうか?
 
 

3出口を見失ったのはいつ?

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変身とは姿を変えるものであり、その性質を変えるものだ。ドラルクの変身したコウモリの姿によってヒナイチはその反応を変えるし、なんなら彼女自身も普段の餌付けされた食いしん坊から保護したコウモリを検査しようとする仕事のできる副隊長に変身したりする。吸対のヒヨシ隊長が似合わないと言われながらも付け髭に拘泥するのも、それが自分を隊長らしく変身させるものだからだろう。変身とは吸血鬼の特殊能力に限らず、人の変化の可能性を指し示すものでもある。
……しかしそう考えた場合、かつてのナギリは変身・変化からもっとも遠い存在であった。
 

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ナギリ「あれ、今オレはとんでもなくピンチなんじゃ……」
 
ナギリの強みは何より、本来の体が一切の傷を負わない――変化しない点にあった。分霊体に自らを分離したことで杭を打たれようが日に晒されようがその体は不変であり、だからこそ彼は恐れられた。ナギリの不死とはすなわち、絶対不変の性質のことだったのだ。
だが、変わらないことは変われないことでもある。シリアス漫画向けに特化したようなナギリはコメディ作品たる本作に適応できず、故にまともにバトルもさせてもらえず撃退される羽目になった。なんのことはない、彼は5話の時点で"出口"を見失っていたのだ。
 
 

4.辻斬りナギリは変身する

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シリアス一辺倒のキャラは本作で出口を見つけられない。絶対不変だからこそナギリは新横浜に居場所を見つけられなかった。しかし今の彼は違う。分霊体を失い不死でなくなったナギリはだからこそ、いかようにも変われる――変身できる存在となっている。
 

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ナギリ「くそ、このオレが!辻斬りナギリが保身のためにハンターどもの真似事とは!」
 
ナギリは自分が誘拐犯と勘違いされて殺されるのを防ぐため、やむなくジョン達をさらった下等吸血鬼と戦い彼らを救出する。まるで吸血鬼退治人のようなことをしてしまった自分を彼は忌々しがるが、下等吸血鬼を一刀両断するナギリの姿には久しく失われていた強さ格好良さがある。
そう、不死を失い恐怖する側の存在になったからこそ、ナギリはこの時"変身"していた。冷酷非道を気取りながら悪人になりきれないダークヒーローへの変身こそは、新横浜でついに彼が見つけた最初の出口であった。
 

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ナギリ「ちっ……冷めてるな」
 
変身とは、変化とはそれまでの自分の一部あるいは全部を死なせ、新たな何かに生まれ変わることだ。コウモリになれない私達も、すぐに死ぬドラルクも、その他新横浜で愉快に過ごす人々もこの点はみな変わらない。
ラルクが死を変身失敗のリセットボタンにしているように、死と再生から人は新たな出口を見つけるのである。
 
 

感想

というわけで吸死の8話レビューでした。「変わることで上手く行く時もあるよ」くらいの感覚で書き始めたのですが、出来上がってみると当初の想定よりずいぶん遠くまで来ていました。ナギリさん、良かったねえ……!これからもきっと酷い目に遭うと思うんですが、こうやって再登場の資格を得られたのは祝福すべきことなんじゃないかと思います。ウルウルきてしまいました。ところでういろうはどこ行った。
 

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ジョン「ヌヌヌヌ……」
 
ほぼ「ヌン」だけであらゆる感情を表現するジョン役・田村睦心の演技も素晴らしく、作品が勢いに乗っているのを感じられた回でした。9話は前回台詞の無かったマリアの出番が多そうで、これもどんな話になるか楽しみです。
 
 

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