代役の条件――「ルパン三世 PART6」8話レビュー&感想

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©モンキー・パンチ/TMS・NTV
代えがたいものを代えんとする「ルパン三世 PART6」。小説家・樋口明雄が脚本を務める8話では3年前の事件が描かれる。今回は喪失に耐えるために必要なものを次元大介が指南する、少年の心の救済と成長を見せてくれる話だ。
 
 

ルパン三世 PART6 第8話「ラスト・ブレット」

時は遡り、三年前。スコットランドの寄宿学校に通う少年・ケニーは、クラスメイトのリリーに対して、仄かな恋心を抱いていた。だがある日、美術館での課外学習の最中、リリーが何者かに連れ去られそうになる事件が発生する。そこでケニーは、リリーを陰から守る不思議な男と出会うのだった。――リリーの身を案じたホームズは、彼女を学校から引き取る決意をする。
 

1.代役とは重荷である

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©モンキー・パンチ/TMS・NTV
次元「チッ、やっぱり.38スペシャルじゃ力不足だな」
 
次元大介をヒーロー役として描く8話だが、今回一貫して描かれているのは代役を務める難しさだろう。次元が新たな武器にオートマティックを勧められても断ったり.357マグナム弾と同じ調子で.38スペシャル弾を撃って威力に不満を覚える点などは言うまでもないが、ホームズ側に至ってはほとんど滑稽なほどその問題に苦しめられている。
 

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©モンキー・パンチ/TMS・NTV
レストレード「君の心配はよく分かる。しかしあいにく私も手が離せない捜査が重なっていて……信頼できる部下を手配しよう」
 
当時スコットランドの寄宿学校に通っていたリリーは校外授業で何者かに連れ去られそうになってしまい、ホームズは彼女をロンドンに連れ帰ろうとするも折悪しく負傷していて自分ではそれができない。だから代わりにレストレードにリリーの保護を頼もうとするも、彼も多忙で向かうことができない。結局迎えに行ったのはレストレードの部下のシモンズとカーソンだったが、彼らは凡庸でリリーを保護するどころか誘拐犯に入れ替わられてしまう始末に終わった。
もしホームズが負傷せずスコットランドに赴いていれば、こんなことにはけしてならなかったろう。代役の代役とはいえ、諮問探偵の代わりは余人にはあまりに重荷だった。
 
こうした代役の問題を抱えているのは今回のもうひとりの重要キャラクター、リリーに恋する少年ケニーも実は同様だ。ケニーは授業中の先生の話やクリケットの最中のボールの動きも代わりにならないほどリリーに夢中で、だから彼女が連れ去られそうになれば勇敢にも誘拐犯に立ち向かおうとする。
命の危険も顧みず彼が向かっていけたのは、彼にとってリリーが他の誰とも違う相手だからだ。恋とはたいてい、誰かを自分にとってかけがえのない存在として認識するものだと言えるだろう。
 
 

2.代役の条件

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©モンキー・パンチ/TMS・NTV
ルパン「なあ、ひとつ約束してくれないかな。おじさんのことはこの子に内緒にしといてほしいんだよ」
 
代役を務めることは難しい。先に述べたようにリリーの保護者としてホームズの代役を務めるのは並大抵の人間には務まらず、故にルパン三世というビッグ・キャラクターが事実上彼に代わってリリーを守ろうとする*1。しかし能力的には不足なくとも彼はリリーの前に顔を出せない事情があるから、次元に更なる代役を頼まざるを得ない。そして彼が守るのはリリーではなく囮として彼女に変装したケニー少年――つまりこれまた代役であった。次元とケニーという縁もゆかりも無いはずの二人はしかし、極めて似通った役割を背負っていたのである。
 

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©モンキー・パンチ/TMS・NTV
ケニー「どうしてそこまで命がけになれるの?」
次元「ある種の男にとってそれが必要なことだからだ。お前こそ、なぜ囮なんざ引き受けた?」

 

追手との厳しい戦いの中、ガンマンとは職業ではなく生き方だという次元にケニーは疑問をぶつける。なぜ恐怖を感じているのに銃を手にした人生を歩み続けるのか。なぜ耐用年数の過ぎた拳銃をいまだに使っているのか。疑問に対して、それが生き方であるとか相棒であるとか次元に言われてもケニーには分からない。
しかしなぜ命がけになれるのかとの問いに、逆になぜ自分は身代わりの囮(代役)を引き受けたのかと問われてケニーの疑問は氷解する。重ねて言うまでもない、彼がリリーに恋をしているからだ。リリーが彼にとってかけがえのない――代役の立てようのない存在だからだ。次元にもそういうものがあるから命がけになるのだと、この時ようやくケニーは理解した。ケニーにとって代わりなどないはずのものが、むしろ次元の大切なものを自分のそれと置き換えて考えられる代役として機能したのである。
 
次元「この時を待った……」
 
かけがえのないものであってこそ、何かの代わりを務めることができる。この逆説的な真理は、防弾ベストを着込んだ追撃者・ロークを次元が撃ち倒す時も変わらない。耐用年数を越えヒビが入っても使い続けた愛銃は世の中に2つとない代物であり、故にあえて火薬の多い.357マグナム弾で撃てば吹っ飛んだ銃身までもが弾丸の代わり・・・になる。次元が待ち続けた"この時"とは、ヒビの入った拳銃に更にダメージを与えることでそれ自体がラスト・ブレットとなる瞬間だったのである。
 

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©モンキー・パンチ/TMS・NTV

リリー「ただいま、ホームズさん」

 
かくて暗闘は終わり、代役達はホームズとリリーにその存在を知られることすらなく舞台を去る。この戦いは、ケニーにとって何かを得られる戦いではない。ルパンのことを話せない以上彼と協力したこの戦いもリリーには明かすことはできないし、成功したからこそ彼女はロンドンへ帰ってしまった。ケニーの恋は、幼き日のそれの多くが思い出になるのと同様に実ることはないだろう。
 

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©モンキー・パンチ/TMS・NTV
ケニー「ガンマンは生き方。ちょっとだけ分かった気がするよ、次元さん」
 
ケニーが今回負った心の傷は、死にかけた恐怖だけでなくかけがえのないものを失う喪失感でもある。だが、だからといって彼はうつむくことはない。次元が見せてくれた生き様はこれもまたかけがえがなく、故に失った恋心の代替となるからだ。ケニーにとって、新たな人生の指針となるからだ。
かけがえのない宝を他のかけがえのない宝で代えていくことで、少年は大人への一歩を踏み出したのである。
 
 

感想

というわけでルパン三世TV6期8話のレビューでした。正直、初見時はあまりいい印象なかったんですよねこの回。次元と拳銃の関係は0話でもやったし、彼の格好良さだけで見るとちょっとキザな印象もある。ですが繰り返し見ている内にケニーの甘酸っぱい恋の終わりに対する救済としての面が見えてきて、格好良いという以上にとても優しい話なんだと見方を改めることになりました。
僕ももうすっかり中年ですから、リリーを見つめるケニーの視線を見るととても懐かしい気持ちになります。そして彼の目線とシンクロすると当然次元も一段と格好良く見え、自然と背筋が伸びる思いになる。心の時計の針が戻ったような、素敵な視聴時間でした。
 
なお副題「ラスト・ブレット」の意味はこのレビューを設計した時は分かっておらず、実際に書いていく内に発見したものです。こういうめぐり合わせがあるとぐっとお話が好きになります。
 
さて、次回は再びホームズやリリーから大きく離れた単独エピソード。予告を見るとはっちゃけた感じの話が期待できるんでしょうか。楽しみです。
 
 

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*1:おそらくルパンは四六時中リリーを近くで見守っていたのではなく、ホームズが負傷したと聞いてスコットランドへやってきたのではないか?