切っても切れない大同小異――「異世界美少女受肉おじさんと」10話レビュー&感想

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© 池澤真・津留崎優・Cygames / ファ美肉製作委員会
離れても離れられない「異世界美少女受肉おじさんと」。10話では橘と神宮寺がそれぞれ異なる危機に陥る。しかし同じところにいないからといって、悩みも違うものとは限らない。
 
 

異世界美少女受肉おじさんと 第10話「ファ美肉おじさんと反乱」

イシュルナ王の娘、ユグレインの先導で暴徒と化した民衆。ユグレインに巻き込まれ反乱軍に参加していた橘だったが、そこには魔王軍の影が忍び寄っていた。
 
一方反乱軍制圧のため王に呼び出されたシュバルツとルシウスは、王都に攻め入ろうとする暴徒たちの迎撃に向かうが……。

公式サイトあらすじより)

 

1.千差万別にして大同小異

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ユグレイン「正義は我にあり!」
 
この10話は民衆の前で反乱を訴えるユグレインと橘達から幕を開ける。人々は戦争も内乱もごめんだと反発、自分達の好みの美人にお願いされない限り反乱に与しない……と言い張るが、多くの視聴者が想像するであろう通りこれはツボを突かれるフラグでしかない。「正統派かわいい美人」「小悪魔系」「少し不幸属性のある女子がふとした時に見せる、照れが入ったはにかんだ笑顔」……具体例を挙げた3人はことごとくユグレインと橘に魅了され反乱軍に加わることとなった。
 

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3人の好みからも分かるように、人の好みというのは千差万別だ。「ふしぎの海のナディア」「機動戦士vガンダム」の影響で褐色の女性に惹かれる者もいれば、ツンデレという属性化がされる前から「素直になれない女の子」がかわいくてたまらない人間もいるし、ニッチではあっても眼鏡っ娘は一定のファン層を保ち続けている。しかしどれも「特定の属性に好みを刺激される」点では似たようなもので、だからそこを突かれれば誰もが容易く陥落してしまう。科学や文明が発達しても人間自体の精神や賢さは古代人とさほど変わらないように、一人一人の違いというのは大同小異に過ぎないのだろう。ただ、それはそうした細かな差異が全く意味を持たないことを意味しない。
 
 

2.大同と小異の逆転

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メイド長「羨ましいのでしょう?本来なら自分が勇者というその立場でありながら、それを差し置いて活躍する神宮寺様が妬ましいのでしょう?」
 
成り行きで反乱軍に加わってしまった橘は今回、思いもよらぬ危機を迎える。反乱はしてもあくまで無血開城を目指すユグレインと異なり彼女のメイド長は本格的な内乱を目論んでおり(キャストクレジットを見れば正体は察せられる)、彼女の怪しい術で橘は意識に変調をきたしてしまうのだ。
 

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橘(俺はこいつと出会った時からこいつに、こいつに嫉妬していたのか。なんか俺って……嫌なやつだな)
 
術をかけられた橘の意識では、神宮寺との出会いの記憶がノイズ混じりで再生される。いじめに遭っていたところを助けてくれた神宮寺に自分が何を言ったのか、そこだけが思い出されない。思い出せないから彼は、自分は初対面の時から神宮寺に嫉妬していたのだと己の意識を書き換えてしまう。思い出の大筋は変わっていないのに、ほんの些少な箇所が欠落するだけで全体像が変わってしまったのだ。
 

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前段で触れたのは小さな差異が大きな共通点に飲み込まれる様だったが、橘のケースでは逆に小さな差異によって大きな共通点が塗り替えられてしまっている。時代や文化の異なる人の考えに全て賛同するのは難しいように、小さくとも差異を全て無視できるわけではないのだ。「キン肉マン」ではかつて仲間だったブロッケンJr.とザ・ニンジャが互いを思い合う故に「そこになんの違いもありゃしねえだろうが!」「違うのだ!!」と言い合う名場面があるが、橘のこのケースにもそうした矛盾じみた真理は見出すことができる。
 
 
 

3.切っても切れない大同小異

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細かな差異はあっても大きな共通点の前では無力。しかし大筋が同じでも細かな差異で全体像は変わってしまう。人は誰もがこの矛盾の前に苦しむが、しかしそれはけして人間の愚かさだけを示してはいない。それを教えてくれるのが今回王国にやってきたシュバルツだ。
 

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シュバルツ「実はこれからのこの国の王様と謁見があるみたいで。俺が謁見ですよ謁見、すげー緊張しますマジで。ウケません?」
 
再登場したシュバルツは自警団の長であるルシウスの弟子・部下となっていたが、彼女に教育され以前と別人になったかと言えばそんなことはない。相変わらず"中二病"の気はあり、お調子者だったり異世界転生に憧れる少年である点は登場当初とさほど変わらずルシウスからも度々叱られている。しかし彼が何も変わっていないかと言えばそれも間違いだ。
 

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シュバルツ「困ってる人がいたら助けたい、俺の力が役に立つなら。今はそれだけでいいんじゃないですか」
 
反乱を鎮めてほしいという王の願いに二つ返事するシュバルツは慎重になるようルシウスに叱られるが、それはかつて勇者の証明のためモンスター退治を依頼された時のような考えなしのものではなかった。暴徒と化した一部の反乱軍による被害が出ているならそれを止めたい、自分の立場は後でいいという、むしろとても勇者らしい理由あってこそ彼はそれを引き受けていた。大筋では変わっていないシュバルツはしかし、彼であるまま小さな変化を遂げている。
 
 

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ルシウス「シュバルツ。その剣、想像以上にすごいものかもしれませんよ」

 
また彼の操る聖剣グラムはかつては全てを切るが故に扱いづらい武器であったが、今回再び振るわれたそれは反乱軍の人々を傷つけずその武器や衣服、彼らを操っていた魅了の力だけを「切る」、ある種の概念的な切れ味の良さを発揮する。「よく切れる」という大筋の中に含められるのは、けして物理的な切れ味という小さなもの1つだけに限らない。
 

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シュバルツ「シュバルツさん、もしかしてあなた……嫉妬こじらせてません?」
 
小さな差異はあっても大きな共通点の前では無力。しかし大筋が同じでも小さな差異で全体像は変わってしまう。これは世界のままならなさを示す矛盾だが、同時にどちらにもなり得る幅広い可能性だ。当初はシュバルツを断罪する一方だったルシウスがツッコミを入れつつも全体としては良好な師弟関係を築いたように、どちらにもなるからこそ世界は変化と不変(普遍)の両方を保ち続けている。橘に置いていかれたことにへこんでいた神宮寺にしても嫉妬をこじらせているのではないかとシュバルツに指摘されるが、原因こそ違えど彼と離れた橘が今抱えているのも同じ嫉妬の問題なのである。
 

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シュバルツ「つまり神宮寺さんは、橘さんに置いてかれたってことにただただへこんでるだけってことっスか?」
神宮寺「言いがかりはやめてくれ、俺は元気だ」
シュバルツ「ベコベコじゃないですか!」

 

物理的な距離も心理的な距離も、結局は橘と神宮寺を分かつことはできない。私達がどれだけ憎しみ合いいがみ合おうと同じ人間なのと同様、どれだけ離れても二人は奥底のところで繋がっている。
 
大きな共通点と小さな差異がそうであるように、橘と神宮寺もまた切っても切れない関係なのである。
 
 

感想

というわけでファ美肉おじさんのアニメ10話レビューでした。疲労と花粉症薬の副作用で、昨晩は大雑把なテーマを組み立てたところで力尽きておりました。すみません。
 

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再登場したルシウスとシュバくんの関係がとてもいいですね。シュバくんのまっすぐな部分に不意にときめいてしまうルシウスのスピンオフとかとてもありだと思います。正統派かわいい美人とか小悪魔系とか不幸属性の(以下略)では落ちない僕もそういうのの前では大同小異。眼鏡っ娘のメイド長が変装でちょっと残念でしたが、残り2話を楽しみに待ちたいと思います。
 
 

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