転がり続ける答え――「プラネテス」15話レビュー&感想

垣根をまた一つ越える「プラネテス」。15話ではデブリ課のエーデルの事情が語られる。劇中随一のしっかり者である彼女から見えてくるのは、境界線の複雑さだ。
 
 

プラネテス 第15話「彼女の場合」

デブリ課で事務をやっている派遣社員のエーデルについては、デブリ課の面々も詳しくは知らない。彼女が私生活のことを一切話さないので謎に包まれているのだ。ある日ISPV-7内に二人で出かけたハチマキとタナベは、おかしな男と出会う。その男はある女性を待っているというのだが、そこに現れたのはエーデルだった。
 

1.なければないで困る境界線

11話「パウンダリー・ライン」に象徴されるように、本作では境界線が重要な要素となっている。宇宙からは国境線なんて見えないのに……という涙ながらのテマラの言葉に、境界線なんてなくなってしまえばいいのではないと思った人も多いのではないだろうか。とはいえ、境界線がなければないで人は困ることになる。
 
 
ハチマキ「なんだって知り合いばっかなんだよ……」
タナベ「仕方ないですよ、セブンで遊べるのってこの通りだけですもん」

 

ついに交際を始めたハチマキとタナベは今回初めてのデートに出かけているが、彼らを悩ませるのは行く先々で知り合いに遭遇することだ。三角関係にあったチェンシンや、リュシーを始めとしたタナベの同期達……宇宙ステーションISPV-7の娯楽施設は限られているから遭遇するのは無理もない話だが、彼らと顔を合わせれば非日常の気分は台無しになってしまう。デートは二人以外の人間を寄せ付けない境界線・・・を必要としている。そして境界線が必要なのは別にデートに限った話ではなく、軌道保安庁のハキムが捜査の都合上身分を隠したい(境界線の向こうにしまっておきたい)が故に喫茶店でのハチマキとの遭遇を避けるのも同様の例と言えるだろう。
 
境界線はあれば良いわけでも、なければ良いわけでもない。例えば管制課のクレアは連合の事業が先進国クラブの持ち回りになっていること、つまり他の国を弾いてしまう境界線の存在に憤っているが、一方で元恋人であるハチマキへの思いにケリを付けられないことに――境界線の不存在に悩んでもいる。私達人間はこうした境界線に対する矛盾、ジレンマを過去・現在・未来の境界線なく抱えているものなのだろう。そしてこれはデブリ課の一員ながら感情を表に出さず、どこか別世界の人のようなエーデルにしても同様だった。
 
 

2.境界線を切望するエーデル

エーデル「派遣の私が仕事を遅らせたら契約違反になるんです、社員の係長補佐と一緒にしないでください」
 
エーデルはデブリ課の中でもっともきっちり仕事をこなす人間だ。遅刻したこともなければ書類の提出を遅らせたこともなく、デブリ課以外の時間でバイトしている理由を聞かれれば今はテクノーラ社との契約時間ではないと突っぱねる。彼女は常に"境界線"の存在を是とする側に立っており、いささかバランスを欠いて見えるほどだ。だが、それは彼女が宇宙人のように私達と違う思考回路を持っていることを意味してはいなかった。
 
サーシャ「エーデル、少しは笑ってくれよ。5年ぶりだってのにつれねえなあ」
 
今回明かされるのは、エーデルがかつては地球でサーシャという夫に虐げられる壮絶な過去を送っていたことだ。セックスを愛し合う行為ではなく夫の生活費を稼ぐ手段として強いられ、言うことを聞かなければ殴られ、暴力的な客を取らされ、体を弄ばれ……彼女は自分の体をまるで、サーシャの持ち物のように扱われていた。己とサーシャの境界線を蹂躙される、つまり無理やり境界線をなくさせられる苦しみを散々味わっていたのだ。だから彼女は人一倍境界線を欲していた。サーシャと暮らしたごみ溜めのような日々に、彼に従うしかなかった自分に区切りをつけたかった。だから彼女は誰よりも熱心に仕事上の境界線を守っていたのである。
 
サーシャ「なあよせよエーデルぅ、なあ?親もない金もない学もない、そんな俺達が生きていくためには仕方なかったんだよ」
 
よりを戻そうと自分の前に現れ、性懲りもなく嘘をつくサーシャにエーデルはワイヤーアンカーの射出機を突きつける。自分達の間にはきっちり境界線があり、それをなくすことは許さないと突きつける。……だが、これはけして境界線を守るだけの行為ではない。
 
 

3.転がり続ける答え

境界線を守ろうとするエーデルの行為が、なぜ目的と違う効果を持つのか?それは彼女の突き付ける道具や脅しの先に覗く結果にある。
 
サーシャ「お、おいそんなもん人に使ったら……」
エーデル「死ぬわね」

 

既に書いたように、エーデルはサーシャにワイヤーアンカーの射出機を突き付けた。宇宙船の外板にロープを打ち込むこの道具を銃代わりにするというのは、判断としては理に適ったものだろう。だが、どれほど威力があろうとそれは本来は宇宙船に打ち込むためのものだ。人に向けるというのは道具の本分を逸脱して――境界線をなくしている。またろくでなしの夫を拒絶するためとはいえ、人間に射出機を打ち込んだらエーデルは犯罪者になってしまう。必死に仕事の境界線を守り勉学も重ねてきたのに、法律の境界線を破って元のごみ溜めに落ちてしまうのだ。
 
人間はある時は境界線が無い方がいいと望む一方、ある時は境界線の必要性を訴えもする。身勝手にも思えるが実際、どちらも私達に欠かせないものだ。今ある境界線が全て望ましいとは限らないし、今はない境界線が全て不要とは限らない。……そう、境界線は一つだけではない。
世界には無数の境界線がレイヤーのように複層的な構造をなし、相互に絡み合っている。境界線をなくすことで新たに別の境界線が生まれる時もあるし、逆に新たな境界線を引くことで既存の境界線ををなくせる場合もある。例えばホテルを宿泊場所という固定概念(境界線)から解放すれば単に二人きりの場所にできるというリュシーの助言や、現実で言えば被差別集団を優先的に雇用したりするアファーマティブ・アクション積極的差別是正措置)などはこの性質を利用した試みに当てはめられるだろう。
 
タナベ「この人を助けたいんじゃありません、エーデルさんに撃たせたくないんです!」
 
大切なのはきっと、私達がある種のダブルスタンダードから逃れられないと知ること、そしてそれを他者に負担を強いる言い訳にしないことだ。突き付けられた射出機の前に立ちふさがったタナベは、しかしサーシャではなくエーデルをこそ守ろうとしていた。自分がいまだ境界線の外側にいると感じているエーデルは、本当はもうデブリ課の輪の中にいるのだと訴えた。彼女は自分とエーデルの境界線をなくすことで、逆に彼女を自分たちの内側に取り込む境界線を新たに引いてみせたのである。
 
タナベ「ありがとうございます、エーデルさん……」
 
翌日、事務所でタナベと顔を合わせたエーデルは、タナベが期限を忘れていた船外作業免許の更新や私物登録の手続きを代行したことを伝え、さん付けではなく名前で呼んでいいと告げる。彼女は書類の提出期限という境界線を守ったわけだが、同時にタナベと自分の間にあった境界線を取り払ってもいた。境界線を守ることとなくすことは、けして矛盾するものではなかったのだ。
 
エーデル「……エーデルでいいよ」
 
人はいつの時代も境界線に悩み、時にはそこに堕落し悪用すらする。けれどその逆があるのも、だからこそ救われることがあるのも事実だ。
境界線はあるべきか、ないべきか――答えはひとところに留まらない。地続きの両者の間を、それこそ境界線なく転がり続けているのである。
 
 

感想

というわけでアニメ版プラネテス15話のレビューでした。初見時は13話あたりと同じ結論になってないかなあと思ったのですが、見立てを練り直していくと更に一層下に潜るようなテーマを見つけることができました。これまでと矛盾してるようで実際はそれを超克してる、すごい深まり具合だ……あとクレアさんに誰か救いを。
 
今回はサーシャという自堕落な男(演じるのは故・檀臣幸!)が登場し、努力しないいいわけを探しているだけだと非難されますが、これ放送時は同じような存在に就職氷河期世代が、あるいは現実の派遣社員が位置づけられたのでしょうかね(スタッフがそう考えていた、と言っているわけではない)。今になってみるとそうやって彼らに負担を強いることを「仕方ない」と正当化した人や、結果が全てと言っておきながら「想定外だった」と庇われる人なんかこそ彼と重ねて見られるようにも思います。そういう重ね方もきっと、時代と共に転がっていくものなのでしょう。さて、次回はハチマキが大ピンチになる話ということなのかな。ドキドキです。
 
 

<いいねやコメント等、反応いただけるととても嬉しいです>