境目を越える方法――「プラネテス」13話レビュー&感想

溶け合い彼方へ向かう「プラネテス」。13話ではタナベと共にハチマキの実家にやってきたユーリと、ハチマキの弟との交流が描かれる。境目を越える方法とは、強い力でそれにぶつかることとは限らない。
 
 

プラネテス 第13話「ロケットのある風景」

ToyBoxが壊れたため、地球の実家へ里帰りすることになったハチマキ。同じく地球へ帰るユーリとタナベもハチマキの実家にやって来る。ハチマキの母・ハルコに迎えられ居間でくつろぐ一行。そこへハチマキの弟・九太郎の作ったロケットが突っ込んできた。ロケット作りに励む九太郎にユーリは声をかけるのだが…
 

1.ロケットは分身

九太郎「ちゃんと海の方に飛ばしたさ。ただジャイロといまいち相性が悪いんだ」
 
前回の騒動で宇宙船ToyBoxが壊れて活動できなくなり里帰りしたハチマキ。一緒にやってきたタナベとユーリは彼の家族と対面するが、母のハルコの肝っ玉母さんぶり以上に物語を騒がせるのが弟の九太郎だ。エンジニアを志望する彼は独学と自ら集めた材料で日々ロケットを飛ばす、ガッツあふれる小柄な13歳。だが九太郎のロケットはなかなかまっすぐ飛ばず、登場早々に事件を巻き起こす。
 
ハチマキ「どうした?……がーっ!?」
 
最初は海岸で発射したのに自分の家に突っ込み、2度目は上手く行ったように見えたが途中で部品が脱落して結局暴走。過去の自分を振り返るユーリの言葉を借りるなら「エネルギーの使い道が分からない」のが九太郎のロケットであり、メチャクチャな軌道を飛ぶそれはいわば彼のようなもの。……ただ、メチャクチャだからと言って九太郎がどこに向かえばいいか分からずにいるというのは半分間違っている。この2度のロケットはどちらもハチマキのいるところ・・・・・・・・・・に向かって飛んでいるのだから。
 
 

2.ロケットの向かう先

九太郎「てめーこそまっすぐ目標に向かえよな!いつになったら宇宙船手に入れんだよ!」
 
九太郎は兄であるハチマキに対していつも喧嘩腰だ。久しぶりに帰ってきたのに目もくれないし、口論すれば「早く生まれたこと以外取り柄ねーくせに!」とまで言い放つ。だがこれはけして僻みではない。今のハチマキは実際、弟に胸を張れるような状態ではない。
 
デブリ課の仕事同様、今のハチマキは止まっている。宇宙船を手に入れる目標は夢のまた夢だし、(九太郎は知る由もないが)恋愛にしても彼は未だタナベへの思いを素直に認めていない。その癖に宇宙は厳しいところなんだと弟に説教するプライドはあり、雰囲気だけでタナベにキスしようとしてしまう。はっきり言ってしまえば、ハチマキはずいぶん虫のいいことを言ったりやったりしているのだ。であれば、そんな彼に九太郎が罵声のロケットを飛ばすのは当然であろう。
 
九太郎「何が大人の事情だ、怖がって待ってるだけだろうが!(中略)中途半端に格好つけて、適当なところに落ち着いて!」
 
九太郎のロケットは彼自身であり、であればロケットはその感情の向かう先にこそ飛ぶ。劇中ハチマキめがけて2度に渡ってロケットが飛ぶのは、自分より先に宇宙へ向かいながら不甲斐ない様を晒す兄*1とそれに追いつけない自分に九太郎が苛立たずにおられないからなのである。
 
 

3.ユーリと九太郎

ユーリ「九太郎くんのパソコンにテクノーラ社が使っている航行誘導システムをコピーします。これでずいぶん違うはずですよ」
 
先の段ではロケットが九太郎の分身であることを書いた。だがちゃぶ台を返すようだが、このロケットはけして彼だけのものではない。なぜか?このロケットにはユーリも関わっているからだ。ユーリは九太郎を手助けしようと彼のパソコンにテクノーラ社の航行誘導システムをコピーしたが、この時点でロケットはユーリの分身としての性質も獲得しているのである。
 
2度目に発射されたロケットはハチマキに向かう前に九太郎やユーリ自身の方へ飛んでいったが、これには自分の進退に悩んでいたユーリの精神が色濃く反映されている。ユーリが手伝ったことによって、ロケットは九太郎のものかユーリのものかはっきりしない代物になった。境目・・のないものになった。それはつまり、壮年のユーリと少年の九太郎の悩みが実は大差ないという意外な事実を示唆している。
 
ユーリ「実を言うとね、この形見を見つけたらデブリ屋を辞めようと思っていたんです。これを見つけること以外で宇宙に居続ける理由がなかったから」
 
事故で亡くした妻の形見のコンパスを6年かけて見つけたユーリだったが、それは彼に踏ん切りをつけさせると同時に足かせにもなっていた。デブリ屋になったのはコンパス探しが理由だったのだから、見つけてしまえばもはやこの仕事を続ける理由がない。デブリ屋を続けた先に向かう場所がユーリにはない。だから彼が航行誘導システムを提供してもロケットはまっすぐ飛ばない。
 
九太郎「舐めんな、てめえみてえなスチャラカ宇宙飛行士に負けるかってんだ!」
 
一方で九太郎のロケットがまっすぐ飛ばなかったのは、既に書いたようにそれが常にハチマキに向かっていたからだ。自分より早く生まれて既に宇宙に行った、否が応でも自分の向かう先として意識せずにはおられない存在。一方でぶつかった壁をいつまでも突破できずに足踏みしている、見ていて腹の立つ存在。壁にぶつかったハチマキを追いかけて飛ばす限り、九太郎のロケットもまた壁を越えられず曲がらざるを得ない。
 
 
ユーリと九太郎の悩みは全く別物のようで、しかし実はとてもよく似ている。それは道標となっているはずのものがかえってメチャクチャな場所を指し、自分達をまっすぐ飛ばせてくれないことだ。だがそうした悩みを自分一人で解決することは難しく、むしろよく似た他者の介在によってこそ人は物事を"まっすぐ"見ることができるようになったりする。ユーリにとっての九太郎、九太郎にとってのユーリとはそういう存在であった。
 
ユーリ「宇宙とか地球とか道標とか、あまり関係ないみたいです。……だから、コンパス壊してくれてありがとうね」
 
2度目の発射実験の失敗の際ユーリの妻の形見のコンパスは壊れてしまい、それによってユーリは自分がコンパスにむしろ囚われていたことに気がついた。だがもし手放すべきだと彼が考えたとして、実際にそんなことができただろうか?できるわけがない。愛する妻の形見を手放すなどということができるわけはない。他人である九太郎の起こした事故による破壊だからこそ、ユーリはコンパスに別れを告げることができた。自分と他人の境目・・なきところにこそ道はあった。だからこそユーリは九太郎に、コンパスを壊してくれてありがとうと感謝を告げるのである。
 
 

4.境目を越える方法

かくてユーリを導き縛ったコンパスは彼の手を離れた。しかしその役目はまだ終わっていない。コンパスが最後に導くのはユーリではなく、それを託された九太郎である。
 
ハチマキ「ありゃー、やりやがったアイツ!」
タナベ「すごいじゃないですか九太郎くん!」

 

既に述べたように、九太郎のロケットはハチマキに向かうが故にまっすぐ飛ばなかった。ハチマキこそ彼にとってのコンパスであり、故に導かれもすれば縛られもした。そしてそれならば、コンパスさえ変えれば彼のロケットはまっすぐ飛び得るのだ。九太郎のロケットに新たに積まれたコンパス、それこそはユーリから託された彼の妻の形見、壊れたコンパスだった。
 
ユーリ「……あれのフェアリングにな、俺のコンパスが入ってるんだ」
 
当然と言えば当然だが、壊れたコンパスは方角を示さない。しかしそれ故、向かう方向をロケットに強制もしない。壊れたコンパスが指し示すのはつまり、特定の方向へ軌道をねじ曲げてしまうような束縛からの解放だ。
ユーリから託されたコンパスを載せたロケットを飛ばす目的を得たことで、九太郎はハチマキにがむしゃらに突っ込まずとも飛んでいく先をようやく見つけることができた。それはつまり「エネルギーの使い道」を……まっすぐな使い道を彼がようやく(コンパスを託したユーリも)見つけられた証でもあった。
 
ようやく飛んだ九太郎のロケットはどこまでもまっすぐ飛んでいき、見上げる彼は「すぐに追い着くさ」と呟く。小さかったその背丈は煙の中でぐんぐんと伸びていく。これは本来はありえないことかもしれないが必然だ。九太郎のロケットは彼の分身であって分身でなく、同時に彼はロケットの分身であって分身でない。境目がない。ロケットがまっすぐ飛んだこの時、彼の心と身体もようやくまっすぐなエネルギーの使い道を得たのである。
 
地球と宇宙、自分と他人、心と体、論理と感情。別個に見えるそれらが分かれていないと気付いた時、人は新たな一歩を踏み出せる。
境目などないと知った時こそ、人は境目を越えることができるのだ
 
 

感想

というわけでアニメ版プラネテスの13話レビューでした。結論はポンと出たんですがどうもそこまで行く理路がなかなか見つからず、ユーリと九太郎の悩みが同質のものなんだと考えてようやく整理がつきました。九太郎の背が伸びるラストが本当に爽やかで、何度見返しても飽きることない心地よい視聴感の回だったと思います。ハチマキとタナベのやりとりは学生かお前ら!みたいな感じだったのでぶち壊しにされて正解だったんでしょう、たぶん。
 
さて、次回から舞台は再び宇宙へ。テーマ的にも新たなステージに変わるのかな。ナレーションは今回から2076年になっていたし、楽しみです。
 
 

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*1:九太郎が「負けてられっか!」と闘志を燃やす近くの大学の実験ロケットはかつてハチマキに宇宙飛行士を目指させたものであり、つまりこちらはハチマキの分身だ