割り切れない「境界戦機」。17話ではアモウの抱える苦しみが明かされる。雌伏の時を余儀なくされる中、彼は反攻の時を待っていたが――"その時"を私達は選べない。
境界戦機 第17話「トライヴェクタ」
1.覚悟をしても、成長しても
八咫烏合流後もどこか仲間との接触を避け、殻に閉じこもるようだったアモウ。彼がそのようになってしまった理由とは、トライヴェクタでの事件がきっかけだった。研究施設が襲撃された際に目にした人死にや、恐怖にかられて敵を殺した結果慕ってくれていた子供達から怯えた眼差しを向けられたことがアモウの心にこびりついて消えてくれなかったのである。
アモウ「分かってるよ。だけど銃弾を受けて死んでいった人の顔とか、怯えた目でこっちを見ている子供達の顔とか、浮かんでくるんだ……」
アモウのこの経験は、それ自体は視聴者に驚きをもたらすようなものではない。こういった作品に慣れた人なら「今更こんなことに悩むのか」と呆れているかもしれない。しかしここで気に留めたいのは、事件前のアモウはけして戦いに後ろ向きではなかったことだ。
アモウ「鉄塚とか、皆が頑張ってる。俺も早く戻らないと……」
姿を消した8ヶ月の間、アモウは積極的だった。トライヴェクタの施設職員の子供の世話をするだけでなく、警備を務める民間軍事会社の訓練への参加を志願し望んで自らを鍛えようとする。1期最終回で掲げた「知らない誰かを守りたい」という理想に負けることなく、アモウは成長を遂げていたと言っていい。ガイとの会話からも伺えるように、新たなケンブと共にヒーロー然としてガシン達のところへ戻れる日を彼は夢見て――空想して――いたはずだ。
ガイ「そん時が来たらバーって行ってガーって現れて、あいつらを驚かせてやろうぜ!新生ガイアモコンビの爆誕だ!」アモウ「うん!」
空想の中では人はどれだけでも勇敢に、格好良くなれる。「学校に現れたテロリストを撃退する自分」はちょっとした記事が作られるくらいには定番の妄想だし、ドラマや漫画の中の臆病者は人間のクズとして受け止められることが少なくない。現実でも酷いものになると、不正に加担させられたのを苦に命を絶った公務員を「なぜ告発しなかったのか?」と意気地なしのように蔑む人すらいる。
だが実際のところ、そうした危機に対して空想通りに対応できる人間はまずいない。なぜか?危機というのは想像とは違う時、違う内容で嵐のように襲いかかってくるものだからだ。腹を据えてかかること自体を許さないものだからだ。
人は空想の中では覚悟を決めて一線を、つまり境界線を越える自分を想像できる。冷静に論理的に、今までの自分のまま"その時"を迎える自分を想像できる。だが現実にはそんな都合のいい"その時"は訪れない。もし空想通りのことができるとすれば、それは撃墜王だとか生来そういったことに適した資質を持つ限られた人間だけであろう。アモウはもちろん、そんな人間ではない。
成長しても、覚悟を決めても、訓練をしても、アモウは冷静に人を殺せる人間にはなれなかった(戦線に復帰した今だって、顔色一つ変えないようでも隠れて嘔吐しうなされている)。彼はただ恐怖にかられて襲撃者を撃ち殺し、そこには何の格好良さも成長もなかった。ひたすらに弱い、惨めで臆病な自分だけがそこにあった。一線自体は越えてしまったのに、だ。人間は意識してではなくいつの間にか、望みもしない一線を越えてしまうことの方が実際はずっと多いのだろう。そしてこれはもちろん、アモウに限った話ではない。
2.選べない"その時"
ブラッド「政治の真似事は面倒だ。交渉、根回し、腹芸……私の領分ではないよ」
今回はアモウの過去が明かされるだけではなく、北米同盟のブラッド・ワット大尉が危地に踏み込んでいく姿が描かれる回でもある。前回ゴースト搭載の新型機で圧倒的な戦闘力を見せつけた彼だが、2期では戦闘だけではなく自律思考型AIの開発予算獲得のための意見陳述なども行っている。劇中でブラッド自身が愚痴るようにこれは本来の彼の領分の外、つまり一線の向こう側の仕事だ。
ブラッド「あまり勝手に動くな。我々の首を絞めることになる」
協力者であるジェルマンが政治のコツの伝授を提案した際、ブラッドはそれを断り必要になったら頼むと言う。優秀なビジネスパートナーと認めてはいても、彼はジェルマンの人間性まで信用しているわけではない。やり口を学んでしまえば自分も彼の同類になってしまうと、自分たちの間の窓枠のような一線を越えてしまうとブラッドは警戒している。だが、この警戒だけでは境界線としては不十分だ。
ロイ「私を脅すつもりか?」ブラッド「とんでもない。ただ最近のニュースメディアや正義の記者を謳う素人も目が早い。我々は良い協力関係が築けるのではないかと思いまして……」
ブラッドは予算減を主張する議員のスキャンダルをジェルマンに集めさせ、それを材料に交渉を進めようとする。けして脅迫の形は取らず、その語り口は非常にビジネスライクだ。「我々は良い協力関係が築けるのではないかと思いまして」などという口ぶりはジェルマンの言い草そのものであり、コツの伝授を断ってもブラッドは否応なしにジェルマンとの間の一線を越え始めている。
ジェルマン「いかがいたしますか。いざとなれば彼を切る選択をしなければなりませんが、それでよろしいですか?スピアーズ副司令」スピアーズ「ああ、構わんよ。全ては我が軍と我が同盟発展のためだ」
またブラッドはジェルマンの海外での破壊工作について北米同盟に自分以外のスポンサーがいるのではと探りを入れるが、まさかその正体が自分の養父ジョウ・スピアーズ極東方面軍副司令だとは考えてもいない。場合によっては自分を切り捨てる選択を、彼がこともなげに承認したことも知りもしない。ブラッドは自分でも知らぬ内に、越えてはならぬ一線を越えてしまっていた。
宇堂「まさか君から連絡が来るとは。よほど困ったことが起きたようだね、ユウセイ」
14話でガシンが述べたように、境界線は日々動いている。だから人間は自分が望む形で境界線を越えることも、あるいは越えたくない境界線を守ることもできない。いや、境界線に触れる"その時"を選ぶことができない。北米同盟以外の経済圏、そして自治区を運営するユウセイなどの動きは、果たしてその境界線にどんな揺らぎをもたらすのだろうか?
感想
というわけで境界戦機17話のレビューでした。アモウはあさはかな憧れを許さないキャラだなあ、と思います。自分の意志と関係なく引き金を引く動作を反復するようになった指とか、全体はともかくいやーなところで妙なリアリティがある。
オリバーきみそんな髪型だったんだ、とか改めてオセアニアの影の薄さを感じましたが(確かレイキの初陣でボコられた人の副官だったよな、くらいのことは覚えてたが)、そんな人物を引っ張り出してどんな展開にするのかは気になるところ。ジェルマンとスピアーズの繋がりの発覚も含め、最終的にこの物語はどこに落ち着くんでしょうね。
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選べない"その時"――「境界戦機」17話レビュー&感想https://t.co/xQCsCOQgKO
— 闇鍋はにわ (@livewire891) May 3, 2022
ヒーローになれない自分を突き付けられるアモウと、いつの間にか越えてしまう一線について書きました。#kk_senki#境界戦機#アニメとおどろう