せつ菜は菜々を一人にしない――「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」2期6話レビュー&感想

一人と無数の「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」。2期6話は冒頭触れられるようにせつ菜の正体に迫る話だ。中川菜々のスクールアイドルとしての姿というだけでなく、優木せつ菜とはいったいどんな存在なのだろう?
 
 

ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会2期 第6話「“大好き”の選択を」

前夜祭に向けて映像研究部から密着取材の申込みを受ける同好会。しかし、未だに正体を明かしていないせつ菜に配慮し、密着を断る形で取材に対応することに。生徒会長とスクールアイドル、全く違う二つの大好きを、それぞれ続けるためにはこのままがよいとせつ菜は語る。しかし、学園中が開催日に向けて盛り上がるなか、些細なことから菜々がせつ菜であることが栞子に知られてしまう。その頃、合同文化祭でも新たな問題が起きていた。
 

1.鏡と引き写し

映像研の生徒「特に神出鬼没の謎アイドル、優木せつ菜ちゃんの正体にも迫っちゃいたいな!……なーんて」
せつ菜「それだけは絶対ダメです!」

 

ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」2期は、侑と嵐珠を皮切りに様々な対照的関係――鏡の関係を描いてきた。2,3話のかすみ達4人のユニット"QU4RTZ"による個人と集団、4話の愛と果林のユニット"DiverDiva"による論理と感情、前回のしずくの自由と制約など……鏡は同じものではなく正反対のものを映し、それを見て人は自分を再認識できるのだと描いてきた。そしてこの鏡の性質を念頭に置いた時、この2期6話の主役である優木せつ菜は本作を象徴し得るポテンシャルを秘めている。
 
せつ菜「生徒会長とスクールアイドルってぜんぜん違うものですから。どちらも大好きでやりたいわたしとしては、このままの方がいいと思うんです。」
 
1期で明かされているように、スクールアイドル・優木せつ菜の正体は虹ヶ咲学園の生徒会長・中川菜々だ。名前を変えているだけではなく、彼女はどちらの自分であるかでその性格も大きく変化している。中川菜々の時は品行方正にして他人を思いやれる眼鏡の似合う美少女であり、優木せつ菜の時はスクールアイドルとしての活動に情熱を燃やす感性メインのパワフルガール……同一人物とは思えないほど二人は対照的だ。しかしこれはどちらか片方が嘘というわけではなく、劇中で自身が語るように菜々とせつ菜は共に自分の"大好き"を追い求める対等な関係にある。鏡を見るように菜々がせつ菜を、せつ菜が菜々を見ることで彼女達は互いに自分に磨きをかけてきた。
 
少女「2学期で会長の任期は終わりですし、スクールアイドルと生徒会の職務を一緒にやれる機会なんてもう無いかもしれません!」
 
対照的な存在、鏡はこれまで他者に見つけるものだったが、今回それは一人の少女の心の中に最初から見出されている。そして学校⇔スクールアイドルの関係で考えた時、本作はもう一つ同じような関係を抱えている。そう、虹ヶ咲学園における文化祭とスクールアイドルフェスティバルの2大イベント合同開催だ。
どちらにも全力投球してきた少女(便宜上、菜々とせつ菜の境目が曖昧な部分を語る際はこの呼称を用いることとする)は合同開催を自分の集大成にしようと意気込んでいた。言ってみれば合同開催は彼女にとって"鏡"であった。ただ、彼女のこの考え方は一つの問題を抱えている。
 
侑「キャパオーバー!?」
 
これまでの話がそうであったように、鏡とは対照的なものを映す存在だった。対照的だからこそ人はそれを目にして自分を顧み、見つめ直すことができる。しかし中川菜々=文化祭、優木せつ菜=スクールアイドルフェスティバルの関係は対照ではなく、ただの引き写しに過ぎない。合同開催を鏡に少女が自分を見ようとしても、そこには左右も向きも全く同じものしか映らないから自分を顧みることができない。その行き詰まりを象徴するように、イベントは締切直前に参加希望者が殺到したことでキャパシティを超過し全ての催しを行うのが困難な状況に陥ってしまった。
 
菜々「それは……考えるまでもないことです。合同開催は白紙、例年通りの文化祭に戻す形で検討を始めましょう」
 
鏡は正反対のものを映すが、合同開催は少女をそっくりそのまま映しているが故に彼女の危機にもなる。キャパを超えているのは虹ヶ咲学園だけでなく、少女が一人で解決できる領分も同様なのだ。彼女は――いや、中川菜々はスクールアイドルフェスティバルは延期し合同開催を白紙に戻そうとする。それは彼女にとって優木せつ菜を、自分の鏡を破壊するに等しい苦しみに満ちた決断であった。
 
 

2.回る鏡

少女「いっぱい考えました。でも、わたしには何も思いつかなかったんです……」
 
鏡として見ようとしたものが鏡でなく、鏡であったものを壊さなければならない危機。合同開催不可という現実的な危機は同時に、一人の少女の心の危機でもある。しかしこれに対応するヒントは、実は前回既に示されている。
同じく同好会の一員であるしずくは2期5話でその自由な発想故に台本を決められない制約に縛られていたが、仲間が書きかけの台本という制約から自由な即興劇を生み出したのを見て壁を打ち破ることができた。自由と制約という対照的な関係が逆転、いや回転するものだと知ったからこそ彼女は型にはまらずに済んだのだ。なら、今回の危機にも同様に対処すればいい。鏡を鏡でなくし、鏡でないものを鏡にする・・・・・・・・・・・・・・・・・・・……簡単に言えば全く違うものに共通点を見出し、同じはずのものに差異を見つけ出せばいい。
 
少女にとって菜々とせつ菜は対照的な、鏡の関係にあるはずだった。だが自分ひとりで責任を負おうとして苦しむ彼女に、同好会の仲間はこう声をかける。
 
かすみ「まったく、どうしてそうなんでも抱え込もうとするんですかねえ」
 
果林「あなたのことだもの、役員の子達にもろくに相談してないんでしょ?」
 
かすみ達はこう言っているのだ。一人で悩んでしまうのは、菜々とせつ菜の"共通点"だと。二人は対照的かも知れないが、何から何まで正反対の鏡ではないのだと。
 
菜々「虹ヶ咲だけでなく他の学校の文化祭でもスクールアイドルフェスティバルを合同開催するんです!」
 
また、仲間のこの励ましを受けてフェス参加予定の他校のスクールアイドルとの相談に入った少女は他校の文化祭の開催日という"差異"に着目する。どの学校も同時期に文化祭を抱えているのは変わらない。しかし開催日が"違う"ならその全てで虹ヶ咲と"同じ"ようにスクールアイドルフェスティバルを合同開催すればキャパを拡大することができる。少女が思いついたのはしずくと同じ、いや合同開催を最初に思いついた1年の栞子とも同じ回転の発想であった。
 
 

3.せつ菜は菜々を一人にしない

違うことと同じこと、鏡であることとそうでないことの間には一見すると大きな開きがあるように思える。だが例えば戦争で人間とは思えない残虐な行為を働いた人間が妻や子に対して優しい人間であることは珍しくないし、進化と退化は別物のように思えるがどちらも変化の一形態に過ぎない。違うか同じかなどというのは、どこから物事を見るかによって変わる程度のものでしかないのだろう。少女だって別個の存在である自分とイベントを重ね合わせていたし、それは全くの間違いではなかった。彼女が一人ではなかったのと同様、スクールアイドルフェスティバルの舞台となれるのもけして一校だけではなかった。
 
少女「だから今ここで皆さんに生徒会長のわたしと一緒に、スクールアイドルのわたしも紹介しようと思います!」
 
迎えたイベント前夜祭、少女は自分の"大好き"を隠すことなく明かす。自分は虹ヶ咲学園生徒会長・中川菜々でありスクールアイドル同好会の優木せつ菜であると明かす。文化祭とスクールアイドルフェスティバルが手を取り合うこのイベントは同時に、菜々とせつ菜が手を取り合う記念すべきイベントともなった。
 
 
菜々とせつ菜が同一人物と明かされたことで何かが変わるか?と言えばそんなことはないだろう。中川菜々がスクールアイドルになるわけではないし、優木せつ菜が生徒会長になるわけでもない。けれどその変わらなさの中に、彼女をもっともっと前へ進ませてくれる大きな変化がある。このイベントが合同開催という形を維持したままより大規模なものになったように、そこには変化と不変の回転がある。
 
時に鏡のように正反対に。時に向きも左右も変わらぬ引き写しのように。他者の存在は、その両方であることを繰り返しながら私達に生きるヒントを与えてくれる。そしてこの世に一人しかいない私を孤独から解放してくれる他者は、自分の外にも内にも存在する。それは例えば一つの趣味で行き詰まった時、もう一つの趣味が気分転換になったりするのとさほど変わりないものだ。中川菜々として生を受けた少女にとって、優木せつ菜こそはその最たる例であった。
 
せつ菜「スクールアイドル同好会の、優木せつ菜です!」
 
人は一人だけど一人じゃない。中川菜々を一人ぼっちにしない一番身近な他人こそ、優木せつ菜の正体なのである。
 
 

感想

というわけでニジガク、アニガサキ2期6話レビューでした。弁証法的図式、正-反-合の関係は割と簡単に感じられたのですが、書き始めてみると合の部分が甘い(鏡であればよしというわけではない)のが分かり、考え直しというか潜り直しを余儀なくさせられました。前回から新たなステージに入ってると思います、この作品。
 
レビューでは省きましたが、嵐珠や栞子の行動ももちろん今回のテーマを見る上で大切な要素です。個人参加の嵐珠でも合同開催に参加する他校へのツテはあったりするし、栞子にとってこのイベントはスクールアイドルをやりたい自分の本心を託す対象になって(おそらく良くない意味も含めて)いる。本作が最後にはどこまでたどり着くのか、果てが見えなくなってきて楽しみです。
 
 

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