虹ヶ咲空港発あの空行き――「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」2期9話レビュー&感想

飛び立つための「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」。2期9話では遂に新たな同好会が形になる。この話から見えてくるのは、それがどんな場所かということだ。
 
 

ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」2期 第9話「The Sky I Can't Reach」

無事にフィナーレを迎えた第2回スクールアイドルフェスティバル。そんな矢先、ランジュから、スクールアイドルをやめて帰国するという連絡が入る。理由を問い詰めるミアだったが、全てをやりきったというランジュはどこか冷めた表情で軽く聞き流すだけだった。自分の目的のため、ランジュに歌い続けさせたいミアは最高の曲を作ると啖呵を切る。同好会メンバーが見守る中、完成した曲を手に走り出すミア。曲の完成度に勝利を確信するが、ランジュはその曲に納得しなかった。渾身の一曲を否定されたと感じたミアは腹を立て、その場を立ち去ってしまう。

公式サイトあらすじより)

 

 

1.嵐珠の苦しみの正体

ミア「これは君の曲じゃない。ボクもずっと、手を伸ばせずにいた夢があった。でも諦めるのはもうおしまいにする、君と違ってね」
 
本ブログではこれまで主に「鏡」になぞらえて各話を考えてきた。侑と嵐珠を皮切りに、個人と集団、自由と制約、自分と他人などなど……今回の話で鏡の関係にあるのは誰かと言えば、それはもちろん鐘嵐珠とミア・テイラーの留学生2人になるだろう。スクールアイドルを辞め帰国すると決めた嵐珠を引き留めようとミアが作った曲は嵐珠の曲たりえず、むしろミアが自分のために作った曲が嵐珠の心を強く揺さぶる……対照性が自分を見つめ直す鏡になる事例としては非常に分かりやすい。ただこれは、描写量としてはさほど大きくない。
 
嵐珠「そうじゃないわ。ただ……」
 
嵐珠「責めてないわ、違うの。アタシもライブとかで忙しかったから……」
 
描写量を考えるなら、今回もっとも多いのは勘違いやすれ違いといった気持ちの通じ合わなさだ。ミアが曲を作ろうと決めたきっかけは嵐珠が同好会に感じた敗北感が自分の曲の至らなさによるものと勘違いしたせいだし、スクールアイドルへの憧れを隠していたことが嵐珠を傷つけたという幼なじみの栞子の誤解を嵐珠は上手く解けない。もっぱら嵐珠絡みなあたり、後半の告白にあるように気がつくと一人になってしまうその性質がよく現れているが――つまるところ鐘嵐珠とは、何気ない言動が自然と誰かの"鏡"になってしまう少女なのだろう。嵐珠が自分に感じた不足はミアに自分の不足を感じさせ、嵐珠が感じた傷つきは栞子を傷つけてしまった。
 
鏡は自分を見つめ直すために大切な道具だが、四六時中己の姿を見せられるのはあまり気持ちのいいものではない。だから嵐珠の周囲からは気がつけば人が離れていき、また鏡にしかなれない以上彼女は誰かの隣に並べない。ソロアイドルならできる=他の人と並べるのではと期待した虹ヶ咲学園でも、彼女が目にしたのはむしろソロだからこそ誰かの隣に並び、あるいは鏡になる同好会の自在さであった。ならば孤高の形でしか歌えない自分はやはり同好会の鏡にしかなれず、役割が終われば去るしかない。
 
嵐珠「『いくら手を伸ばしても、やっぱりあそこには届かない』って思い知らされちゃったわ」
 
帰国の理由をミアに問われた時、嵐珠は彼方の空へと手を伸ばしそこに届かない諦めを語った。彼女にとって、彼方の空は鏡の向こうにある。彼女が思い知ったのは、鏡の向こう側に行きたい希望はけして叶えられないのだという絶望であった。
 
 

2.ミアの悩みの正体

ミア「嵐珠は帰さない、このミア・テイラーがね!」
 
嵐珠の抱えた悩みとは、鏡にしかなれない自分への絶望だった。そして本作において鏡が重要なキーワードになり得る以上、彼女の悩みの開示もまた鏡となって別のものを映し出している。そう、もちろんそれは先に述べたミア・テイラーの悩みだ。
 
ミア「間違いなく今までで一番のクオリティだった。嵐珠の求めるもの、方向性にもぴったり合っていたのに……なんで!?」
 
音楽一家テイラー家の娘であり高い作曲能力を持つミアはこれまで(嵐珠の外面同様に)ある種の完璧な存在として描かれてきたが、この2期9話ではその仮面は脆くも剥がれ落ちる。嵐珠の傾向や求めるものを完璧に反映させたと自負する一曲は彼女に自分の曲ではないと否定され、その帰国を翻心させることができなかったのだ。しかし、これはけして彼女にとって初めての出来事ではなかった。
 
ミア「何千という眼が新しいディーヴァの誕生を待ち望んでいた。ただ歌が好きで、楽しむことしか考えてなかった自分がそれに応えられるのか……」
 
動揺を心配し気遣う同好会の璃奈に、ミアは自分の過去を明かす。幼い頃の彼女は歌うことが大好きで、家族も彼女の実力を認めステージに立たせようとした。けれどミアは名門テイラー家の娘のデビューを見んとする人々の多さに恐怖し、歌うことができなかった――観客の期待に応えられる"鏡"になれなかったのである。
 
ミア「求められるものに忠実に応えるのが音楽さ。相手が先生なら、教わったことを守ればなんとかなるよ」
 
思い返せばミアは、求められたものに忠実に応えるのが音楽だと語ってきた。皆のために作るのは間違いではないとも言っていた。今にしてみればそれらは全て、かつての挫折を払拭すべく彼女が自分に言い聞かせてきた言葉だったのだろう。嵐珠とは逆に、けして鏡になれない自分に対する苦しみこそがミアの悩みであった。
 
嵐珠「スクールアイドルでやりたかったこと、やれることに全力で取り組んできたわ。そして歌もパフォーマンスも全てやりきった。だから辞めるの。アタシ達のパートナーシップも解消しましょ」
 
鏡になりたいミアと、逆に鏡以外になりたい嵐珠。共に完璧に見えた二人は実はそれこそ鏡のように対照的で、ここに彼女達のパートナーシップの所以はあった。よって嵐珠が鏡以外になるのを諦めてしまえば関係は崩壊し、ミアは鏡になれない苦しみを一人抱える他なくなってしまう。一対の向き合った鏡が抱えるこの限界に突破口を示したのが璃奈を始めとした同好会の面々、そして嵐珠の幼なじみである栞子だった。
 
 

3.虹ヶ咲空港発あの空行き

栞子「もう一度、ここから始めませんか? 私達、もっと仲良くなれると思うんです」
 
今回の話は、けして嵐珠とミアだけでは成立しない話だ。行き詰まったミアの話を聞き手を差し伸べたのは璃奈であったし、栞子に至ってはラストで嵐珠やミアと一緒に同好会に入るかのような空気を醸し出している*1。あまりシンプルな構造ではない。……だが、嵐珠とミアにもたらされる救いはこの複雑さあってのことだ。
 
璃奈「ミア・テイラーじゃなくて『ミアちゃん』の歌が聞きたいな」
ミア「え?」
璃奈テイラー家がどんなものかわたしは知らない。でも、歌が好きならその気持ちをなかったことにしないでほしい」

 

ミアは鏡になれない苦悩にもがき続けてきたが、璃奈はそこに別の視点から手を差し伸べた。テイラー家がどんなものか知らずその苦しみを本当には理解できない彼女はしかし、鏡としてではなく元からある自分の気持ちを大切にしてほしいと助言した。結果、ミアが嵐珠ではなく自分が再び歌うために作り直した曲が逆に嵐珠の完璧な鏡となったのは最初に述べた通り。
 
ミア「ここにいる皆が誰のために来たと思ってるんだ? ボクが頼んだだけじゃ、こんなに集まるわけないだろう」
 
栞子は、嵐珠が帰国しようとする空港で彼女と一緒にスクールアイドルをやりたいと――並びたい気持ちを伝えることができたが、かつてたった一人の友達の気持ちも分からなかったことは嵐珠に深い諦念を刻み込んでいた。けれど同好会の皆も一緒に空港に来たことは、人を遠ざける嵐珠の鋭敏な言葉が自分達の可能性や問題に目を向けるきっかけになったことへの侑達の感謝は、嵐珠が一面では普通よりずっと人の気持ちが分かることも意味していた。
 
嵐珠「昔からそうなの。仲良くなりたいと思うのに、どうしても上手くいかない……」
 
嵐珠はこれまでの8話、同好会に参加するつもりがないのではなくしたくともできない事情があることをずっと匂わせてきた。けれど明かされてみればそれは家庭の事情だとか過去の壮絶な挫折といった強烈なものではなく、多くの人が身に覚えのある平凡な悩みでしかなかった。平凡であるとは、つまり他の人と並んでいるということだ。鏡にしかなれない、特別にしかなれない嵐珠の悩みはしかし、本当は既に解決していた。
 
一対一の関係はシンプルで力強いが、一方で可能性に乏しい。両者の間には一本の線しか引けない。けれど、3人以上いればそこには面を作ることができる。鏡になることも、鏡以外になることもそこでは可能だ。嵐珠とミアと栞子が三角形を作る時、彼女達を結ぶ線は対照的であって対照的でなく、鏡かそうでないかの関係性を超越している。複数の人間が集う場所とか集団とかいったものの力とは、そういうところにこそある。
 
今回の話では、璃奈もミアも"ここ"を特別な場所として提示していた。嵐珠達3人が同好会に入る前からそれを形作る一員として機能していたように、場所というのは明示的なものよりもう少しあいまいで幅広いものを指している。そしてそういう場所を得られたら、人は自分だけでは手の届かなかった所へ行くことができる。鏡の向こうの世界へ、彼方の空へも手を伸ばすことができる。
この2期9話が最後、空港を舞台としているのはけして偶然ではない。本作にある"場所"とは、そこにいる、あるいはそれを見る者を彼方の空へ導く空港なのである。
 
 

感想

というわけでニジガク、アニガサキ2期9話のレビューでした。前回のレビューから相楽さんが色々考えてくれて、その中に「場所」という概念への気付きがありこれを自分なりに膨らませてみたのが今回のレビューになります。前回はかなりざっくりやってしまった部分があったのですが、そこを軌道修正するきっかけをいただけました。ありがとうございます。
 
(該当部からなので6ページ目です)
 
ミアと嵐珠の鏡の関係だけだと読み取りとして層が浅すぎないかなとか、嵐珠の悩みが思ったほど重大でないなとか初期は色々戸惑いが大きかったのですが、自分なりに説明付けることができました。代わりに当初の想像よりずいぶん複雑になり、レビュー1段ごとに軽く力尽きては息抜きして……と軽く長距離走的なペース配分も求められることに。もともと走り方が上手い人間ではなく最近はオーバーペースになりがちだったので、今回もいつもの調子でやってたらと思うとちょっと怖くなります。さてさて、残り4話はいったいどんな話になるんでしょう。
 
 

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*1:文化祭終了後まで栞子の正式加入を引き伸ばし、また今回の時点では一緒に練習する様子が描かれないのはおそらくこれを意図したものだろう