神様が死んだ日――「プラネテス」22話レビュー&感想

絶対が消える「プラネテス」。22話は主人公ハチマキの師匠、ギガルトが臨終の時を迎えようとする場面で幕を開ける。ハチマキにとって偉大な存在であるこの男の死は、彼一人の死ではない。
 
 

プラネテス 第22話「暴露」

デブリ課は月支部に異動になった。同じく月で、ハチマキはフォン・ブラウン号での事件の取り調べを受ける。クレアも取り調べを受けるのを知り驚くハチマキ。市街で偶然ラビィ達に会ったハチマキは、ギガルトが月の病院にいるのを知り見舞いに行くのだが…。その頃、月ステーションでは地球外で初めての連合評議会が開かれようとしていた。
 

1.ひっくり返る天地

ハチマキは月にいた。同じくフォン・ブラウン号の乗組員試験の受験生にして実はテロリストだったハキムがタンデムミラーエンジンを爆破する場面に居合わせ、警察から聴取を求められたためだ。半年間はフォン・ブラウン号の中に籠もり切りと決まっていたはずの生活はあっけなく一時中断を余儀なくされてしまった。そして、このように決まっていはずのことがひっくり返されているのはハチマキだけではない。彼の同期にして友人だったチェンシンも同様だ。
 
クレア「知らなかったでしょ? 私あなたのこと大嫌いだったの」
 
チェンシンは荒れていた。彼の仕事であるシャトルの操縦は往復同じクルーで行うのが原則だったが、それを破ってまで操縦を行わないよう船長に言い渡されてしまったほどだ。一次試験でハチマキに甘さを指摘されて以来、彼はすっかり心の平衡を崩してしまっていた。そして、たまたま出会った同期のクレアに柄にもなくハチマキへの呪詛の言葉を吐いていた彼は更に自分の中の「原則」をひっくり返される。クレアはチェンシンのそんな態度を「いい顔」と言い、これまでの善良そのものだった姿に嫌悪感を抱いていたことを打ち明けたのだ。
 
チェンシンにとってクレアの言葉は衝撃的なものであったろう。完璧な人間だなどとうぬぼれてはいなかったにせよ、自分が他人に嫌われるような振る舞いをしているなどとは彼は思っても見なかったからだ。善良であろうとしてむしろ醜悪に見られていた事実は、それまでの価値観からすれば天地がひっくり返るような――いや、例えるなら自分の信仰に対して真っ向から矛盾を突き付けられるに等しい痛撃であった。そしてハキムやクレアが前回ハチマキとタナベに甘さを指摘したように、これはけして"世の中を知らないエリートのボンボン"に限った話ではない。
 
 

2.神様が死んだ日

ハチマキ「俺のEVAの先生なんだ。殺しても死なないような人なんだけど、歳かねえ入院なんてさ」
 
最初に書いたように、今回はギガルトが臨終を迎えようとする場面から始まっている。彼は一言で言って立派な男だった。筋骨隆々とした体躯に豊富な経験、厳しい一方で包容力も深く、人に的確なあだ名をつける洞察力も持ち合わせている。教え子であるハチマキは彼をEVAの先生と言っているが、これは正しくとも十分な表現ではないだろう。ハチマキにとってギガルト・ガンガラガッシュは人生の先生だった。殺しても死なないような絶対的な人間、揺るぎない価値観の持ち主……彼がギガルトに抱いていた思いには「信仰」の形容こそが相応しい。極めて日本人的な宗教観の持ち主であろうハチマキにとって、神がいるとすればそれはギガルトだったのである。
 
ギガルト「お前がこいつを見てるってことは多分……俺は死んでるな」
 
放射線の影響で癌に冒されようと、ギガルトはけして判断力を失わなかった。恋人であるタナベを顧みずフォン・ブラウン号の乗組員試験に臨むハチマキを懸念し、彼は病院で知り合ったルナリアンの少女・ノノにビデオメッセージを託していたのだ。自分の死を想定しハチマキへの遺言を残していた彼は、一見するとやはり神の如く全てを見通す眼力の持ち主だったようにも思える。だが、本当にそうだろうか?
 
ギガルトは自分の教え子であるハキムがテロ組織・宇宙防衛戦戦の一員であることに全く気付いていなかった。本質を見抜けなかったが故に、彼にあだ名をつけられずにいた。けして全てを見通せてはいなかったのだ。そして、ギガルトが万能でない証拠はもう一つある。それはハチマキとタナベの関係への配慮の不足だ。
 
ハチマキ「知ってて黙ってたのか、俺に……」
 
ハチマキはギガルトのいた病院でタナベと再会したが、彼女がギガルトの病を知りながら自分には黙っていた事に激怒し絶望した。一人で生きるのは間違いだと言っていたはずのタナベが、自分を一人事実から爪弾きにしていたと感じればそうなるのは当然だろう。だが、ギガルトは本来これを想定しておくべきだったしそれは不可能ではなかった。タナベのハチマキへの好意を知っていたなら、病をタナベに口止めさせたことが両者に亀裂を生む可能性を考慮しておくべきだったのだ。彼女をハチマキという船にとっての港に例えすらしながら、ギガルトはそこまで思い至ることができなかった。大切だからこそ病を隠しておきたいという"ワガママ"に付き合わせた結果、彼はハチマキとタナベの関係を修復するどころか破壊してしまったのだ。
 
ギガルト(どうして……どうして浮かばなかったのかな。あいつのあだ名)
 
ギガルトの配慮不足は、ハチマキとタナベの仲を修復するどころかいっそう隔絶したものに変えてしまった。だが、非難めいた書き方をしたが彼を責めるのは酷というものだろう。ビデオメッセージを遺していた時点でギガルトは常人よりずっと先を見通していたと言えるし、彼が多くの人にとって尊敬に値する人間であることは何も変わらない。ただ、そうだとしてもギガルト・ガンガラガッシュはやはり人に過ぎなかった。殺しても死なないように思えても病魔に冒されれば呆気なく命を落とし、教え子の本質も自分のメッセージの不足も見抜けぬ彼はやはり神ではなかった。
 
ハチマキ「全部俺のもんだ! 孤独も、苦痛も、不安も!後悔も! もったいなくってなあ、てめえなんかにやれるかよ!」
 
揺るぎないもの、確かなものなど存在しない。それは価値観だけでなく、人の存在そのものがそうだ。ギガルトが肉体的に概念的にも限界を迎え、タナベの言葉を信じられなくなったことでハチマキの中にあった"揺るぎないもの"は更に崩壊していく。こんなことまでは揺るがないだろうと思っているものほど、本当は脆弱な基盤の上にかろうじて成立している程度のものに過ぎない。
一人の人間の"死"は、その人間に連なる者にも連鎖的な死をもたらす。ハチマキにとって、ギガルトの死を知ったこの日は"神様が死んだ日"なのである。
 
 

感想

というわけでアニメ版プラネテスの22話レビューでした。揺るぎないものなんてない、というのはさんざん劇中で言われてはきましたが、それでもここまで揺るがしにかかるとは思いもよらず。でも描かれてみると納得しかないし、ここまでやってこそだと思います。
 
さて、先週後番が11日からみたいと書きましたがすいません17日からみたいで勘違いしてました。そうすると、残り4話なので6/19,26,7/3,11の放送で足りることになりますね。一安心……
 
 

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