堕天の船――「プラネテス」24話レビュー&感想

天から堕ちる「プラネテス」。24話ではフォン・ブラウン号乗っ取り事件の決着と続く窮地が描かれる。堕ちようとするのは木星往還船だけではない。
 
 

プラネテス 第24話「愛」

宇宙防衛戦線のテロはフォン・ブラウン号にも及んでいた。テロに巻き込まれたタナベはフォン・ブラウン号の船内で傷ついたクレアを見つける。救命艇で脱出した2人は月に着陸するが、降りた所は何もない月の砂漠だった。タナベは傷ついたクレアを背負い、有人施設を目指して歩き始める。ところが、クレアは自分を置いていくように言うのだった。
(公式サイトあらすじより)
 

1.知られざる戦争

フィー「フォン・ブラウンが……」
チェンシン「上昇していく……」

 

テロ組織・宇宙防衛戦線によるフォン・ブラウン号を乗っ取って月面都市(静かの海市)に落とす恐ろしい計画が進行していたここ数話だが、事件は呆気ない結末を迎える。脅迫された連合が要求を飲んで宇宙資源の分配を出資額ではなく人口ベースで行うことを決め、宇宙防衛戦線上層部の目的が果たされたためだ。フォン・ブラウン号は軌道復帰限界点ギリギリでエンジンの再始動を許され、12万もの人々の命を奪う凶行は未然に防がれることとなった。マスコミに脅迫の事実は明かされず、ルナリアンのノノを始め市民も何も知ることなく終わったこの騒動を、フォン・ブラウン号の設計者であるロックスミスはこう評する。
 
ロックスミス「うーん、つまりさあ……私達の知らないところで始まって、私達の知らないところで終わったんだよこの戦争は」
 
知らないところで始まり、知らないところで終わった戦争。これは言い得て妙だろう。連合のクリフォード議長は宇宙防衛戦線のスポンサーと連絡を取り、資源配分で譲る代わりに「例の島」の領有権を獲得していた。宇宙防衛戦線の末端の構成員はシンプルに宇宙開発の抑制こそが組織の原点と考えていたが、実際は彼らの知らないところにこそこの組織の始まりはあったのだ。哀れなことに、静かの海市で聖戦に殉じるつもりだったテロリストは見捨てられ捕縛されるに至った。
 
始まりや終わりが、私達の知っているところで起きるとは限らない。このことは主人公であるハチマキやヒロインであるタナベにおいても変わらない。事件の終わりは、けして彼らの戦いの始まりや終わりとイコールではなかった。
 
 

2.堕天の船

ハキム「命にどんな違いがある! あそこにあるのは膨大なる犠牲の上に成り立った命だ。我々の命はどうでもよくて、自分達の命だけは惜しむのか!」
 
フォン・ブラウン号内部、主不在のロックスミスの部屋でハチマキとテロリストのハキムは戦っていた。ワガママに宇宙を目指すハチマキと見捨てられた人々の代弁者たろうとするハキムの争いは、事件の解決など関係ないかのように続く。いや、実際ないのだろう。彼らがしているのは共に自分の主義主張の、意地のぶつけ合いであって事件の成否に左右されるものではない。
 
ハキム「その引き金を引けば君は完全に生まれ変わる。先へ進むことしか知らない、ブレーキの壊れた生き物に……!」
 
戦いの中、ハキムは様々な枠組みを破壊していく。フォン・ブラウン号の落下で静かの海市12万人の命が消し飛ぶというが、昨年世界では500万もの人々が餓死していると。ワクチンを接種できず更に1,000万、マナンガの紛争だけでも85万人が死んでいると。彼にとってみれば、テロで死ぬことと先進国の強欲で死ぬことの間には境界線・・・などないのだ。そして自分を退け眉間にレーザーサイトを突きつけたハチマキに対し、ハキムはその眼が人を殺せる人間の眼になっていることを指摘する。ハエを潰すのと同じ感覚で邪魔者を排除できる、自分と他人に境界線を引ける存在になろうとしていると告げる。
 
タナベ「今から平均時速4.5kmで休まず歩けば、酸素がなくなる前にたどり着けます」
 
また、負傷している同じデブリ課のクレアを見つけたタナベは彼女を治療しようと救命カプセルに入るが、ブロックごと排除されてしまい月面への降下を余儀なくされる。更にカプセルの通信装置の故障で待っていても救出される可能性は極めて低下し、酸素量を計算したタナベはクレーターの有人施設に向けてクレアを背負っての長距離異動をせざるを得なくなってしまった。ここでもまた、事件そのものの終わりは関係がなくなってしまったのだ。
 
クレア「浮いてるだけの宇宙と一緒にしないで! ここには重力があるのよ!?」
 
1/6の重力しか無い月面とはいえ、人間一人を背負って時速4.5kmで10時間近く歩き続けようというタナベの行動は無謀極まりない。クレアは自分を置いて一人でいくように言う。自分は宇宙防衛戦線に参加したテロリストであり、タナベにとって大切な人達を殺したかもしれないと。それは死を覚悟してやったことであり、自分には生きる価値が無いと。
 
タナベはクレアの言葉を必死で否定する。命に生きる価値があるかないか境界線を引くことを必死で否定する。そして、そんな彼女の言葉はいつしかクレアに向けた言葉ではなくなっていった。これまで何度も耳にした自分の「愛」への否定に返す言葉になっていった。
他者に返しているのか、世界に返しているのか、自分に返しているのか? タナベの見ているものから境目は消えていく。そして、自分の愛が他の誰でもないハチマキを――「愛する人」を救えていなかった気付きに至った時、彼女の足はとうとう止まってしまった。
 
タナベ「この……空気があれば助かる……!」
 
動けなくなったタナベの耳に酸素切れ間近のアラートが無情に響き、彼女は取り乱す。叫べども世界は沈黙したままで、残り僅かな酸素は更にかき消えていく。気絶したクレアの宇宙服に残された酸素を使えば自分一人なら助かるという誘惑が、彼女の頭の中いっぱいに広がっていく。それはけして責められることではない。今回の事件で生き延びるために不慣れな銃を手に取り戦った、タナベの同期であるリュシーと何も変わりはしない。
……そう、クレアを犠牲に生き延びれば、タナベは薄っぺらでもなんでも「愛」を叫ぶ無茶苦茶なパワーの持ち主ではなく普通の人間と変わらなくなる。両者の間の境界線は失われる。それはハキムに銃口を突きつけているハチマキが陥っているのと、何も変わりはしない状況だ。
 
多くの人の知らないところで始まり知らないところで終わったフォン・ブラウン号の戦争のように、人数も把握されず死んでいく人々のように、ハチマキとタナベの戦争も人知れぬ場所で結末を迎えようとしている。それはたったひとりの中の極めて小さな、しかし故にかけがえのないものの終わりの時だ。
 
酸素の完全なる欠乏を示すエラー音は、ハチマキとタナベが"軌道復帰限界点"に達した音だ。一人の人間の小さな船が二隻、人知れず地に堕ちようとしている音なのである。
 
 

感想

というわけでアニメ版プラネテスの24話レビューでした。ちょっとタナベの心情を掴みきれていないのですが、力学的にはこんな感じのお話かなあ……と。副題と予告からこんな展開になるとは予想もせず。
タナベに対しても信じられるものを壊すだけ壊して、そこからどう答えを出していくのか。予告で彼女とハチマキを一切映さないのがまた待ち遠しい気持ちにさせられます。残り2話、どんな感じの内容になるんでしょうか。
 
 

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