惚れたが負け――「機動戦士ガンダム 水星の魔女」3話レビュー&感想

© 創通・サンライズMBS
色ボケの「機動戦士ガンダム 水星の魔女」。3話ではスレッタとグエルの再戦が行われる。その決着はMSでつくとは限らない。
 
 

機動戦士ガンダム 水星の魔女 第3話「グエルのプライド」

決闘の再試合を強いられるスレッタ。エアリアルの廃棄処分を取り消すため、ミオリネの退学を回避するため、二人は協力関係を結ぶ。一方、対戦相手のグエルにとっても、この決闘は、絶対に負けられない戦いだった。
 

1.平等じゃないのはどちらも同じ

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水星からやってきた少女スレッタと、ベネリットグループ御三家の御曹司であるグエルのMSによる決闘が再び行われる「機動戦士ガンダム 水星の魔女」3話。スレッタのガンダムエアリアルとグエルのダリルバルデの激闘も見どころだが、今回は登場人物の一人エラン・ケレスが印象的な台詞を残している。
 

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エラン「決闘は平等じゃないよ。その生徒のバック次第で用意できるMSもサポートメンバーも違ってくる。この偶然が例え仕組まれたものだとしても、それを含めて彼の力だよ」
 
グエルの父ヴィムはグループを牛耳る野望のためダリルバルデや決闘場に細工を仕込んでおり、ひょんなことからスレッタと運命共同体と言える立場になった少女ミオリネが抗議した際の返答がこの台詞だ。1話のスレッタとグエルの勝負が無効にされたことから既に明らかであるように、決闘の平等さは見せかけのものに過ぎない。ヴィムの工作が無かったとしてもスレッタとグエルは平等ではない。……ただ、この裁定に多くの視聴者が感じるであろう理不尽さは多分にスレッタが劣勢である状況に依存している。
 

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プロスペラ「審問会ではお力添え、ありがとうございました」
ヴィム「人を脅しておいて白々しいな」

 

「強力なバックを持っている」のは実際はグエルだけではない。スレッタの乗機エアリアルには禁忌の技術とされるGUNDフォーマットの使用疑惑があり、また彼女の母にしてエアリアルの開発責任者であるプロスペラはヴィムの弱みを握ってその疑惑をもみ消す協力を強いたりもしている。この決闘にしてもベネリットグループ総裁の娘であるミオリネの奮闘によって実現したものであり、スレッタはけしてバックのない身一つでこの場に立っているわけではないのだ。そしてもっとも「平等でない」のは、エアリアルの特徴的な武装であるビット(群体遠隔操作兵器システム)の存在であろう。
 

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1話の決闘はグエルの敗北に終わったが、これは何よりもビットが彼の想定しない代物であったことが大きい。機体の各部が分離して多数の砲台になるこの兵装は手持ちの武器での戦いで勝ち上がってきたグエルの意表を突くものであり、気付いた時には彼は既に挽回不能に陥っていた。知らなかったからあんなにも呆気なく負けたのだ。知識の有無もまた不平等の一つであり*1、平等でない恩恵を受けている(あるいは恩を着せられている)のはグエルだけではなく、実はスレッタの方も同様であった。
 
 

2.平等の価値

決闘は平等でなく、そしてその不平等さは決闘に限らない。しかしかといって平等さが全く無意味かと言えばそれも誤りだ。例として挙げられるのは、1話の決闘に対するグエルの認識であろう。
 

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グエル「俺は負けん。……前回のはまぐれだからな」
スレッタ「まぐれじゃないです」
グエル「油断さえなければ俺が勝つ」
スレッタ「……つまり負けたんですよね?」

 

決闘を無効にするヴィムの裁定に憤る一方、グエルは自分が負けたとは思っていない。いや、彼はこれが記録の上での敗北であることは理解しているのだ。ただその一方で彼の中にあるのは、ビットを事前に知っていれば――"平等"であれば――あんな不用意な突撃はしなかったという不満である。試合には負けたが、パイロットとしての腕では勝っているはずだという自負があるのだ。再戦では彼は自機やビットを囮にするスレッタの戦法を的確に見抜いており、この自負は単なる強がりではないことが伺える。
 

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スレッタ「逃げずに進んだら、逃げなかった自分とか、経験とか、認められたりとか……逃げるよりいっぱい手に入るんです」
 
大抵の場合、平等とは見せかけのものに過ぎない。しかし平等だと感じられる・・・・・ことには大きな意味がある。押し付けられない選択ができた時、人は初めて自分の意思を示せるからだ。
自分の意思を示すことで人が得られるものは何か? それは納得である。納得さえできれば人は負けてもそこから前に進めるし、逆に納得できなければ勝っていても本当はどこにも進めていない。勝ち馬に乗る人間は勝ち馬に揺られているに過ぎない。
 

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グエル「あんな分かりやすい囮に引っかかりやがって!」
 
グエルのダリルバルデは当初こそ意思拡張AIによる自動操縦や排熱システムが起こすスコールによるエアリアルのビーム兵器の減衰で戦いを有利に進めるが、後者が意図的なものと気付いたミオリネがそれを無効化すると一転して劣勢に追い込まれる。勝ち馬は、もはや勝ち馬でなくなってしまう。しかし一方でこれは、グエルが見かけ上だけでなく進むための機会でもあった。
 

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グエル「これは俺の戦いだ! 俺の、俺だけの!」
 
自分の腕を信用してくれず、子と親の不平等を押し付けるヴィムへ不満をぶちまけたグエルは意思拡張AIを強制停止させダリルバルデの操縦権を取り戻す。自分だけの決闘であることを取り戻す。これによる動きの変化がスレッタをして瞠目させるのは、そこには何よりもグエルの意思が示されているからであろう。だから彼女の方もまた、何よりも自分のやりたいこと叫んで対峙する。自分の意思を以て対峙する。
 

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スレッタ「わたしとエアリアルは負けません! だって、だって、「やりたいことリスト」、全然埋まってない!」
 
友達を作りたい、あだ名で呼びたい、デートをしてみたいといった彼女の夢はとても幼いが、一方で間違いなく彼女の意思だ。スレッタとグエルの誰に背負わされたものでもない思いがぶつかりあったこの瞬間こそは、"平等に感じられる"決闘が遂に成立した瞬間であった。1話の決闘は不正だと思っていた観客の学生達が今回はスレッタに祝福のメッセージを送るのも、それを感じ取ったからこそなのだろう。
 
 

3.惚れたが負け

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"平等に感じられる"決闘は、スレッタのエアリアルの勝利に終わった。この結果はグエルにとって反論の余地のないものだ。彼は望まない下駄を履かされ知らぬ内に相手を罠にかけ、それでも負けた。恥じ入ることはあってももはや食い下がることなどできはせず、故にMSから降りた彼はスレッタにどんな顔をしていいか分からない。笑われることも覚悟したつもりであったろう。しかし、エアリアルの手から再び地に降り立ったスレッタの言葉は意外なものであった。
 

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スレッタ「あ、あの……その……ごめんなさい! あなたのこと見くびってました。あ、あなたはその、とっても強かった……です」
 
スレッタが口にしたのは嘲笑でも勝利の誇示でもなく、意外にも謝罪の言葉であった。決闘の相手が再びグエルだと知った際に彼女は一度勝った相手だからと安心していたが、その認識が誤っていたことを彼女は詫びたのだ。勝者であるにも関わらず、である。
 

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勝者と敗者は、見ようによってはこの世で一番平等から遠い関係である。勝った者は得て負けた者は失うのが常であり、勝者は特に勝敗だけで相手の全てを否定することが少なくない。けれど実際は勝者が誤っていることは少なくないし、敗者の側に真実があることも珍しくない*2
スレッタはある意味平等な目線で自分とグエルを見たのであり、また彼女の言葉は勝敗が全てを決める場所で生きることを強いられてきたグエルの世界を大きく広げてくれる啓示だったとも言える。それは彼にとって以前の訳も分からぬ内の敗北より、自分なりに全てを出し切った結果である先程の敗北よりも巨大な一撃となって彼の心に響いたはずだ。だから彼は求婚という形でスレッタに膝を屈する。心の底の底から彼女に対する負けを認める。平等な決闘がただMSでぶつかれば成立するわけではないように、決着もまたただアンテナが折れただけで決まるものではなかった。
 

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グエル「スレッタ・マーキュリー……俺と結婚してくれ」
 
スレッタの言葉はグエルに格の違いを見せつけるものであり、この瞬間にこそ本当の決着はついた。「惚れたが負け」という言葉もあるように、グエルは平等の果てに真の敗北を得たのである。
 
 

感想

というわけで水星の魔女の3話レビューでした。スパスタより放送時間が2時間早いので、日曜の内に視聴を繰り返しやすいのは助かるなあ。「惚れたが負け」がポンと浮かんだので、そこまでがどういう理路になるのか考えながらレビューを書きました。
グエルは今後素敵な感じで動くキャラになりそうですね。スレッタがホルダーなのに競われる側になりそうなもの「逆流」に数えられるかしらん。今後の彼女達の日常の様子がますます楽しみです。
 
なお2話のレビューについて、「玖足手帖」のグダちんさんに引用いただきました。ありあとあす!
 
 

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*1:故に、行政組織が情報を非公開にすることは民衆の判断を不平等なものにする

*2:と書くと、皆さんはこの勝者敗者に何を当てはめるのだろう?