齟齬と杭は使いよう――「アンデッドガール・マーダーファルス」2話レビュー&感想

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

欧州謎解き行の「アンデッドガール・マーダーファルス」。2話では吸血鬼の城で殺人事件が起きる。道具の価値は実用性とは限らない。

 

 

アンデッドガール・マーダーファルス 第2話「吸血鬼」

怪物専門の探偵<鳥籠使い>一行として名を馳せるようになった鴉夜、津軽、静句の3人。
彼らのもとに新しい事件の調査依頼が舞い込んでくる。それは、フランス東部で起きた人類親和派の吸血鬼が殺されたというもので―――。

公式サイトあらすじより)

 

 

1.違和感は失策にあらず

人類親和派の吸血鬼ゴダール卿の妻が何者かに銀の杭で殺された。吸血鬼への忌避感から非協力的な警察に業を煮やしたゴダール卿は”鳥籠使い”と呼ばれる怪物専門の探偵を招聘する。その一行こそは、体を取り返すために前回欧州行きを決めた鴉夜、津軽、そして静句の3人であった。

 

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

鴉夜「ご回復じゃあないが、もうすぐ着くというなら我慢しよう。それによくよく考えれば、私は吐きたくても吐きようがないしな」
津軽「おっと、こりゃ一本取られました」

 

生首探偵と鬼殺し、そしてメイドの奇妙なミステリーを描く「アンデッドガール・マーダーファルス」。2話では我々が見る初めての事件であるフランスでの吸血鬼殺人事件が描かれるが、今回は描写に違和感を覚えた人が少なくないのではないだろうか。主人公の鴉夜が頭しかない生首探偵であることは前回既に明かされているが、彼女を初めて見る劇中の登場人物はもちろん演出もまるでまだそのことが明かされていないかのように描かれている。その齟齬が私達に違和感を抱かせるのである。

 

tariho10281.hatenablog.com

 

怪奇とミステリーに堪能なタリホーさんの1話感想によれば前回の話は原作では本編では断片的に挿入されていたのをまとめたものだそうだから、本来は鴉夜とその助手・津軽の会話を薄気味悪く聞いた御者のマルクの反応や鴉夜が生首と知った吸血鬼ゴダール卿達の驚きは読者とシンクロするものだったのだろう。では、これは無思慮に話の順番を入れ替えたために生じた失策なのか? 否、おそらくそうではない。

 

2.活用される齟齬

1話が2話になったことによる違和感に意味はあるのか。その謎解きのためにまず振り返りたいのは、2話冒頭のゴダール卿の夜の鹿狩りの場面だ。

 

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

ゴダール卿「それにこういう道具を使うのはよいアピールになる。人類に歩み寄っているというな」

 

ゴダール卿は当初は猟銃で鹿を狩ろうとしたが、何発か撃っても当たらないことに業を煮やして素手で鹿を狩ってしまう。人間より高い身体能力を持つ吸血鬼にとってみれば直接狩る方がずっと効率的なわけだが、にも関わらず彼が猟銃を使ったのはそれが市長から送られたものだったからだ。吸血鬼の中でも人類親和派と呼ばれる派閥に属するゴダール卿は、同じ道具を使えば自分達が人間に歩み寄っているアピールになると考えこの齟齬を利用したのである。

 

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

鴉夜「御者くん落ち着いて考え給え。それでは君が往復分の代金を損することになるぞ」
マルク「……旦那?」
津軽「いひひひ……」

 

齟齬は時に有効活用できる道具になる。そう考えると見えてくるのは、先の2話なのに1話のような違和感を鴉夜や津軽が有効活用していることだ。鴉夜、津軽、そして鴉夜のメイドの静句はゴダール卿の城へ向かうのに馬車を使ったが、御者のマルクは津軽の屁理屈に加えてどこから聞こえてくるのか分からない鴉夜の声に怯えて馬車の乗り賃の値切りに応じてしまった*1

 

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

またゴダール卿の息子のクロードやラウールは探偵がやってくると聞いてもあまり信用できないといった様子であったが、静句が鴉夜だと勘違いした後で鴉夜の生首を見せられれば流石に度肝を抜かれてしまっていた。乗り賃は結局ゴダール卿に払わせているからお遊びのようなものだが、依頼人からの信用については鴉夜もまたよくよく上手く齟齬を利用したと言えるだろう。

 

3.齟齬と杭は使いよう

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

アニー「それは、親和派の吸血鬼に対する社会的差別ということでしょうか?」
ゴダール卿「その通りだ、ゴダール卿は警察の対応に憤慨していると記事に書いておいてくれ。非常に憤慨しているとな!」

 

齟齬は有効活用できる道具になる。ゴダール卿からあらましを聞き現場検証を行った鴉夜は、この事件でもそれを武器に不審な点を洗い出していく。卿の妻ハンナが殺害されたこの事件は、周囲の誰もが外部の人間による犯行と信じて疑わないものだった。以前にも卿はハンター(吸血鬼退治人)に銀の杭で襲われたことがあったし、報道陣にも吸血鬼を嫌い犯人を無罪にしてやりたいと考える者すらいたほどだ。しかし鴉夜に言わせればこれが外部の犯行だというのは納得できないところがある。齟齬・・がある。

 

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

・ハンナは眠っていたところをそのまま殺されたようだが、感覚の鋭敏な吸血鬼が気付きもしないのはおかしい
・吸血鬼は昼には力が弱まるのに、なぜわざわざ夜に襲ったのか(倉庫の鍵をねじ切れるなら昼間の戸締まりの厳重さは問題にならない)
・現場には聖水の瓶が残されていたが、荷物にもならないのになぜそんなものを残しているのか
・銀の杭が倉庫に保管されていることやハンナの部屋、彼女が寝ている時間をなぜ犯人は知っていたのか
・なぜ犯人は銀の杭を抜き、わざわざ倉庫へ戻していったのか

 

7つあるという鴉夜の疑問は5つが明かされたのみだが、これらを指摘された際のゴダール卿の反応は不可思議だ。奇妙に視線を背けたり、時には目が泳いでいる場面すらある。この齟齬からすれば、彼が何かしらの秘密をまだ明かしていないのは間違いないだろう。いやそもそもで言えば、鴉夜達が城を訪れた際にクロードとラウールが目を合わせていたり、普段は手をポケットに入れているラウールが鴉夜の生首を見た驚きで出したそれをすぐしまう描写などにもその場では理解しがたい違和感が――齟齬がある。鴉夜はおそらく、これらを鍵に事件の真相を既に頭の中で組み立てているはずだ。

 

© 青崎有吾・講談社/鳥籠使い一行

この2話は最後、鴉夜の言う7つの疑問を片手と舌と足で数えようとした津軽ゴダールの末娘シャルロッテを怖がらせてしまい、呆れた鴉夜にもういいと言われて足を下ろすところで幕を閉じる。場面としては全く終わりらしくなく唐突にも思えるが、一方で津軽の足音は拍子木のようで区切りにふさわしいものだ。すなわちここでもまた、齟齬はファルス<笑劇>のための武器となっている。あるいはこの事件そのものもまた、報道陣に見られるような世間の反応の齟齬を想定して行われたものではあるまいか。
すり合わせばかりが世の理想とは限らない。時には、行き違いの齟齬や吸血鬼殺しの杭も当人達の益に繋がることがあるのだ。

 

感想

というわけでアンファルの2話レビューでした。齟齬が鍵になりそうだなというのはボンヤリ浮かんだのですが、それを2話なのに1話みたいな演出意図と繋げる発想がなかなか浮かばずなかなかまとまりませんでした。鴉夜と津軽が非常に楽しそう、というかイチャイチャしてすらいる感じで見ているこちらも非常に楽しいです。御者の八っつぁんもといマルクには同情しますが。さてさて、事件の真相はどんなものなのでしょうね。

 

 

<いいねやコメント等、反応いただけるととても嬉しいです>

*1:3フランが2フランに値切られたのは、乗せたのが2人ではなく3人だと結局マルクが気付けなかったことと符合する